第11話 リーナの話
毒を盛ることにした。
計画は単純だった。朝食の粥に、少量の毒草の汁を混ぜる。致死量である必要はない。まず体調を崩させる。弱った隙に次の手を——
問題は、毒草だった。
魔族の親子が家に来てから5日が経つ。母親の体が回復してきたので、リーナが毎朝薬草を持ってくる。台所の棚に薬草が増えた。私はその中に毒性のあるものが混じっていないか3日かけて確認した。
なかった。
全部、治癒か鎮静の効果を持つものだった。毒草を育てる趣味が薬師にあるわけがなかった。当たり前のことに3日かけた。
では別の手だ。
朝、アレンが畑に出た隙に、私は台所を調べた。棚の中、引き出しの中、床下の収納。何か使えるものがあるかもしれない。引き出しを1つずつ開けた。麦、豆、干した果物、塩の袋、アレンの手袋、蝋燭の束、針と糸——
「何してるの?」
振り返ると、魔族の上の子が立っていた。
青みがかった肌に、頭の小さな角が2本。5歳前後の目が、私の手元をまっすぐ見ていた。
「……調べている」
「なにを?」
「備蓄の確認だ」
「ふうん」
上の子は3秒考えてから「いっしょにやる」と言って、隣の引き出しを開けた。中に木べらが5本入っていた。上の子がそれを1本ずつ取り出して、床に並べ始めた。
「……何をしている?」
「かくにん」
返す言葉がなかった。私は引き出しを閉めた。
結局、使えるものは何も見つからなかった。
上の子が木べらを並べ終えて「かくにんおわり!」と言い、元に戻し始めた。私はそれを横目で見ながら、次の手を考えた。
魔族の親子がいる間は動きにくかった。母親の目がある。子供たちの目がある。何より、リーナが頻繁に来る。
今日も、昼前にリーナが来た。
魔族の子供の手当てが一段落したとき、リーナと2人になった。
母親が子供2人を連れて外に出た。アレンはまだ畑にいた。台所にリーナと私だけが残った。
リーナが棚を整理しながら言った。
「あなた、さっきあの子の手、握ってあげてたわね?」
「触れただけだ」
「同じでしょ」
「違う」
リーナは棚に向かったまま、少し間を置いた。
「嫌いじゃないのね。魔族が」
「好きでもない」
「そう」
それだけだった。リーナが棚の整理を続けた。瓶が当たる音が規則正しく続いた。
私は椅子に座って、リーナの背中を見ていた。毒舌が来るかと思った。来なかった。
リーナが急ぎでもない手つきで瓶を動かしながら、ぽつりと言った。
「アレンがね」
続きが少し遅かった。
「戦争から帰ってきたとき、3日間ごはん食べなかったの」
私は黙っていた。
「何も言わなくてさ。私も何も聞けなくて。ただそこにいるだけで」リーナの手が止まった。「あのとき、アレンがどこか遠くに行ってしまったような気がして——戻ってこないんじゃないかって」
瓶が棚に戻された。
「だから、あなたが来たとき。正直、よかったと思った」
「……なぜ?」
リーナが振り返った。笑っていた。毒舌の顔ではなかった。
「あなたがいると、アレンがごはん食べるから」
私は返せなかった。
よかった、という言葉の意味を、処理しようとした。処理できなかった。リーナが私のことをよかったと思う理由が、アレンのごはんだった。それは、私が何かをしたわけではなかった。私がそこにいるから、アレンが食べる。それだけのことだった。
それだけのことが、なぜか——
「ディア」
外から声がした。
上の子だった。縁側の向こうから顔を出していた。
「てつだって」
「何を?」
「おかあさんが、草をとりたいんだって。でもぼくひとりじゃよくわからなくて」
私は立ち上がった。
リーナが「行ってきなさい」と言った。私は返事をしないで外に出た。
母親が庭の端にしゃがんでいた。雑草を抜こうとしているらしかった。下の子が母親の背中にくっついていた。
上の子が私の手を引いた。
「ここ、これがいい草?それともわるい草?」
私はしゃがんで草を見た。
「食べられるものだ。抜かない方がいい」
「じゃあこっちは?」
「それも抜くな。虫が来る」
「じゃあどれを——」
下の子が、母親の背中から離れて、私の隣にしゃがんだ。そのまま、私の手を両手で握った。
「……来るな」
「あったかい」
「そういう問題ではない」
上の子が「ぼくもー」と反対側から手を握ってきた。
私は両側から手を握られたまま、しゃがんでいた。抜くべき草の説明をしようとしていたが、手が使えなかった。母親が顔を上げて、こちらを見て、小さく頭を下げた。
私は前を向いた。
(これは、戦略的な信頼構築だ)
草が風で揺れた。下の子の手が温かかった。




