表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

第11話 リーナの話

 毒を盛ることにした。


 計画は単純だった。朝食の粥に、少量の毒草の汁を混ぜる。致死量である必要はない。まず体調を崩させる。弱った隙に次の手を——


 問題は、毒草だった。


 魔族の親子が家に来てから5日が経つ。母親の体が回復してきたので、リーナが毎朝薬草を持ってくる。台所の棚に薬草が増えた。私はその中に毒性のあるものが混じっていないか3日かけて確認した。


 なかった。


 全部、治癒か鎮静の効果を持つものだった。毒草を育てる趣味が薬師にあるわけがなかった。当たり前のことに3日かけた。


 では別の手だ。


 朝、アレンが畑に出た隙に、私は台所を調べた。棚の中、引き出しの中、床下の収納。何か使えるものがあるかもしれない。引き出しを1つずつ開けた。麦、豆、干した果物、塩の袋、アレンの手袋なぜここに、蝋燭の束、針と糸——


「何してるの?」


 振り返ると、魔族の上の子が立っていた。


 青みがかった肌に、頭の小さな角が2本。5歳前後の目が、私の手元をまっすぐ見ていた。


「……調べている」


「なにを?」


「備蓄の確認だ」


「ふうん」


 上の子は3秒考えてから「いっしょにやる」と言って、隣の引き出しを開けた。中に木べらが5本入っていた。上の子がそれを1本ずつ取り出して、床に並べ始めた。


「……何をしている?」


「かくにん」


 返す言葉がなかった。私は引き出しを閉めた。



 結局、使えるものは何も見つからなかった。


 上の子が木べらを並べ終えて「かくにんおわり!」と言い、元に戻し始めた。私はそれを横目で見ながら、次の手を考えた。


 魔族の親子がいる間は動きにくかった。母親の目がある。子供たちの目がある。何より、リーナが頻繁に来る。


 今日も、昼前にリーナが来た。



 魔族の子供の手当てが一段落したとき、リーナと2人になった。


 母親が子供2人を連れて外に出た。アレンはまだ畑にいた。台所にリーナと私だけが残った。


 リーナが棚を整理しながら言った。


「あなた、さっきあの子の手、握ってあげてたわね?」


「触れただけだ」


「同じでしょ」


「違う」


 リーナは棚に向かったまま、少し間を置いた。


「嫌いじゃないのね。魔族が」


「好きでもない」


「そう」


 それだけだった。リーナが棚の整理を続けた。瓶が当たる音が規則正しく続いた。


 私は椅子に座って、リーナの背中を見ていた。毒舌が来るかと思った。来なかった。


 リーナが急ぎでもない手つきで瓶を動かしながら、ぽつりと言った。


「アレンがね」


 続きが少し遅かった。


「戦争から帰ってきたとき、3日間ごはん食べなかったの」


 私は黙っていた。


「何も言わなくてさ。私も何も聞けなくて。ただそこにいるだけで」リーナの手が止まった。「あのとき、アレンがどこか遠くに行ってしまったような気がして——戻ってこないんじゃないかって」


 瓶が棚に戻された。


「だから、あなたが来たとき。正直、よかったと思った」


「……なぜ?」


 リーナが振り返った。笑っていた。毒舌の顔ではなかった。


「あなたがいると、アレンがごはん食べるから」


 私は返せなかった。


 よかった、という言葉の意味を、処理しようとした。処理できなかった。リーナが私のことをよかったと思う理由が、アレンのごはんだった。それは、私が何かをしたわけではなかった。私がそこにいるから、アレンが食べる。それだけのことだった。


 それだけのことが、なぜか——


「ディア」


 外から声がした。


 上の子だった。縁側の向こうから顔を出していた。


「てつだって」


「何を?」


「おかあさんが、草をとりたいんだって。でもぼくひとりじゃよくわからなくて」


 私は立ち上がった。


 リーナが「行ってきなさい」と言った。私は返事をしないで外に出た。



 母親が庭の端にしゃがんでいた。雑草を抜こうとしているらしかった。下の子が母親の背中にくっついていた。


 上の子が私の手を引いた。


「ここ、これがいい草?それともわるい草?」


 私はしゃがんで草を見た。


「食べられるものだ。抜かない方がいい」


「じゃあこっちは?」


「それも抜くな。虫が来る」


「じゃあどれを——」


 下の子が、母親の背中から離れて、私の隣にしゃがんだ。そのまま、私の手を両手で握った。


「……来るな」


「あったかい」


「そういう問題ではない」


 上の子が「ぼくもー」と反対側から手を握ってきた。


 私は両側から手を握られたまま、しゃがんでいた。抜くべき草の説明をしようとしていたが、手が使えなかった。母親が顔を上げて、こちらを見て、小さく頭を下げた。


 私は前を向いた。


(これは、戦略的な信頼構築だ)


 草が風で揺れた。下の子の手が温かかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ