11.友達の友達
温泉パスポートについてもっとドヤりたいが、時間がない。
「いいか、物を送る機能は、片足スクワットをしている間だけだ! 気合いを入れよう」
ベルンハルトはアンとオーグに呼びかけた。
スクワットの中でも高難度と言われる片足で体を支える片足スクワットの最中のみ、物を送る機能が解放されるらしい。
スゴイけど、大変!
「行くぞ」
ベルンハルトの合図でオーグとアンは片足スクワットを始める。
「うわっ」
「きついわねぇ」
オーグとアンは悲鳴を上げた。
「カチュア、早くして!」
「分かったわ」
合図を受けてカチュアは慎重かつ手早く、鏡の中に瓶を突っ込んだ。
当のカチュアも半信半疑だったが、瓶は何の抵抗もなく、鏡の中に飲み込まれていく。
「ナリスさん、受け取って」
「よし!」
鏡の向こうで誰かが瓶を掴むような感触がして、カチュアは瓶から手を離す。
「受け取ったぞ、ガンマチーム君!」
ナリスは無事に瓶を受け取ったようだ。
「やった!」
「うん!」
リックとローラが歓声を上げる。
「皆、もう片足スクワットじゃなくてもいいわ!」
カチュアはあわてて三人を振り返った。
三人は普通のスクワットに戻ったが、さすがのオーグ達も限界だ。
カチュアはナリスに呼びかけた。
「ナリスさーん、詳しい説明は後でいい? 明日の昼、十二時にまた鏡の前にいてくれる?」
「ああ、い……」
「あ、もう、駄目」
「すみません、俺も」
ナリスの返事を聞く間もなく、アンとオーグが脱落し、鏡は普通の鏡に戻ってしまった。
***
結局、その日のリックとオーク、アンが筋肉痛に襲われたため、ダンジョン探索は諦めざるを得なかった。
そこでガンマチームは計画を変更し、翌日にダンジョンに向かい、午前中は探索にいそしんだ。
ただし、昼に備えてあまり体力を使い過ぎないように注意する。
何故なら昼には再びナリスと話すという大事な用事があるからだ。
そして昼、約束の時間に、カチュア達は『ニュー素敵な手鏡』を使用した。
「ふんふん」
昨日と同じようにリック、オーグ、ベルンハルトがスクワットをする中、カチュアは手鏡に語りかけた。
「ナリスさーん」
「来たか」
ナリスは既に鏡の前に立ち、ガンマチーム達が接触してくるのを待っていたようだ。
「鏡で繋がっているとは、本当に驚くべき現象だな」
ナリスは鏡をしげしげと見つめ、感心している。
「それより、ナリスさん、これでうさみの蘇生は引き受けてくれるのね」
アンはナリスに問いかけた。
「それなんだが、無理だ」
「えっ、どうして?」
カチュアは驚いてナリスに尋ねる。
「……ご神水が役に立たなかったの?」
ローラの質問に対し、ナリスは「いいや」と否定した。
「それならなんで?」
「ご神水には一時的に呪いを押さえる効果はあるが、眠りの魔法はまだ彼に取り憑いたままだ。このままではいずれ、彼は悪夢に取り込まれてしまう。根本的な解決には『あるモンスター』の力が必要なんだ」
アンはじっとりと目を据えてナリスを睨む。
「アナタ、アタシ達を試したってこと?」
ナリスはあっさり白状した。
「悪いが、その通りだ。どうせ駄目だと諦めていたが、君達は私の予想に反しご神水を既に手に入れていた。君達ならやれるはずだ。ロアダンジョンのどこかにいるという『バク』という魔物を連れてきてくれないか?」
「ちょっと待って。またそれもアタシ達を試してるんじゃないでしょうね?」
アンは疑り深くナリスに尋ねた。
「疑うのは当然だろう。だが、君達には本当に感謝している。ここのところほとんど寝ていなかったが、ご神水のおかけで昨日はゆっくりと眠れた」
ナリスは晴れ晴れとした表情だ。
よく見ると、昨日見た深い隈が消えて、今日は少し顔色がいい。
「あの、ナリスさんはそこで何のお仕事をしているの?」
カチュアの問いかけにナリスは「ふむ」と顎に手を当てて少し考えるような仕草をした。すぐに顔を上げ、大きく頷く。
「そうだな、君達には話していいだろう。私は今、とある貴族――彼については『バク』が見つかった後で話そう――の邸宅にいる。この邸宅の主が悪夢に取り憑かれてしまったのだ」
「えっ、悪夢?」
「そうなんだ、『夢』とは睡眠中に経験する観念や意識体験のことだが……」
「かんねんやいしきたいけん」
カチュアは思わず復唱した。
「難しく考えないでいい、要は夢には『ただの夢』と『そうでない夢』が存在するということだ。『ただの夢』なら問題ない。個人個人の心の中にある過去の記憶が組み合わさった害のないものだよ。だが、『そうでない夢』もある。それは、外部からの干渉されて見るもの。神々のお告げや悪魔の仕業だ。彼は夢の世界に住むモンスター、夢魔が見せる悪夢に取り憑かれてしまった」
「そんなことが……」
夢がそんな危険なものだったとはまさに『夢にも思わない』カチュアはだった。
「ああ、本来夢魔に取り憑かれても大抵の者が『お目覚めガム』で目覚めさせることが出来るんだが、彼には効かなかった」
「お目覚めガム?」
話の途中だが、カチュアは驚いて声を上げた。
「お目覚めガムを知っているか? あれはほとんどの悪夢から目を覚ますことが出来るとても貴重な品なんだ」
「そうなの……」
「ああ、ダンジョンの奥に生えているという精神の木の樹液と荒行をくぐり抜けた屈強な修行僧達の汗、覚醒水を練り合わせて作ったのが『お目覚めガム』だ」
「……」
思わぬところでお目覚めガムの製造方法を知ってしまった。
カチュアがモンスターポイントカードで貰ったお目覚めガム(100枚)はエドにあげてしまった。よく寝坊してしまう友達に使っているというので役に立って何よりだが。
「食べてお腹壊さなかったかしら?」
今更心配になるカチュアだった。
「あのー、そろそろ、話、まとめてほしいです」
後ろからリックが苦しそうな声を上げる。
それを聞いてナリスが早口で言った。
「では一気に話すぞ。彼に取り憑いた敵の正体は人に悪夢を見せるという『夢馬マレ』だ。精神に作用する夢魔達の中でも、かなり厄介なモンスターで、マレに取り憑かれると二度と目覚めることが出来ず、そのまま死んでしまう」
前にもチラッと聞いたが、恐ろしいモンスターだ。
「それは、大変ね」
「ああ、浄化魔法で魔を祓い、数時間だけなんとか覚醒させているが、次第に眠っている時間が長くなっている。君達がご神水をくれたおかげでもう少しは持ちそうだが、根本的な解決にはならない。マレを倒すにはマレの天敵という悪夢を食べるモンスター、『バク』を連れてくるしかない。バクはロアダンジョンのどこかにいるらしいが、居場所を知っているのは同じモンスターだけだそうだ」
ナリスが早回しでそう言い終わった時、鏡の中の姿が歪み始める。
「ナリスさん、じゃあ一週間後の同じ時間にまた連絡するわ、待ってて」
カチュアがあわてて声を掛け、ナリスが「分かった」と返事をした直後に鏡は元の姿に戻ってしまった。
***
ガンマチームは早速頭を突き合わせて相談した。ナリスの話では、夢馬マレを倒すには悪夢を食べるモンスター、バクを探すしかないようだ。
「マレもバクもあまり聞いたことがないモンスターね」
カチュア達はもちろん、経験豊富なベルンハルトやアンも今まで遭遇したことがないモンスターだ。
「モンスターなら、この本に載ってるかもしれないですね」
リックが腰バックの中から携帯用のミニモンスター図鑑を取り出した。
すごく用意がいい!
早速リックは図鑑のページをめくる。
ミニモンスター図鑑は冒険者用の実用書なので、階層ごとに出現するモンスター順で書かれている。
「あ、ここに夢馬マレが載ってます」
とリックが指さしたのは、図鑑の中でも後半部分だった。
階層的には八十階あたりだろう。
【夢馬マレ】:夢魔属 馬形モンスター。
夢魔ナイトメアの最上位モンスターで人間に取り憑き、衰弱死させる。ダンジョン内で確認された例はない。
ダンジョン内には出没しないせいか、記述はシンプルだ。
だが。
「ナイトメアの最上位モンスターか、それは厄介ね」
アンが低い声で呟いた。
ガンマチームはロアダンジョンの十八階でナイトメアと戦ったことがある。
ナイトメアは動きが素早く、即死攻撃を仕掛けてくる危険なモンスターだった。
「リック、バクはその本に載ってないのか?」
オーグはリックに聞く。
「えーと」とリックは図鑑をめくり、「ないみたいだ」と答えた。
「なんでモンスター図鑑に載ってないのかしら」
「戦わないモンスターだからじゃない? モンスター図鑑は戦闘を有利に運ぶための本だもの」
とアンが言った。
「アンはバクがいそうなところを知ってる?」
カチュアの質問にアンは肩をすくめる。
「悪いけどまったく分からないわ」
「バクの居場所ってどうやったら分かるんでしょうね?」
リックが首を傾げ、ローラは閃いた。
「ダンジョンの情報屋に聞く」
「あ、それはいいわね」
ダンジョンの情報屋はダンジョンのことなら何でも知っているとチラシに書いてあった。彼ならバクの居場所を知っているかも知れない。
カチュアはこのダンジョンの情報屋を呼ぶ笛を持っている。しかも充填済みだ!
「じゃあ、早速笛を吹いてみる?」
カチュアがそう言うと、
「いや、待ってよ」
とアンが止めた。
「アン?」
「バクの居場所を知っているのは同じモンスターだってあのナリスって人が言ってたじゃない。カチュアとローラはモンスターの友達がいるでしょう?」
「えっ?」
「誰?」
そう言われてもカチュアとローラは心当たりがない。
「スフィンクスよ」
「あー、あの人」
スフィンクスは邪神スレッドベインを倒した時に一緒に戦ったモンスターだ。
「確かにスフィンクスさんなら教えてくれるかも。行ってみましょう」
「あいつ、素直に教えてくれますかね」
リックは蜘蛛に操られていたとはいえ、スフィンクスが目の前でカチュアとローラを攫った時のことを覚えている。
あまり気が進まない様子だ。
「そうね」
アンも完全にはスフィンクスを信用していない。だが。
「大丈夫とは言い切れないけど、どうせもう一度スフィンクスには会いに行かねばならないわ。ついでにバクの居場所を聞くくらいならいいんじゃない?」
「そうね」
カチュア達はスフィンクスのいる五十四階の迷路エリアにクイズのクエスト報酬であるメビウスの紐を置いてきてしまった。
それを受け取りに行くついでにスフィンクスに会いに行くことにした。
スフィンクスは
「来たのか?」
とちょっとつまらそうに言った。
だがネコ科の生き物が喜んでいる時によく見せるあの仕草。
しっぽぴょこぴょこをしている。
歓迎しているようだ。
「あのー、スフィンクスさん、この間はありがとう。今日は質問があってきたの。スフィンクスさんはモンスター仲間のバクさんの居所を知っている?」
「バクか? あいつはたまにくるが居所は知らない」
「そう」
カチュアはガッカリした。
ナリスの話では猶予はあまりないらしいし、カチュア達も早くうさみを復活させたい。
そんなカチュアにスフィンクスは言った。
「バクに会いたいのか?」
「ええ、そうなの」
「それなら簡単だ。バクは悪い夢が好物だ。とびきり悪い夢を見れば、向こうから会いに来る」
「なるほどねぇ」
アンは感心した。
「一つ上の階のホラーエリアに恐怖の館という館がある。そこに行ってみろ」
「えっ、恐怖の館……」
怖いの嫌いなカチュアはギクッと体を強張らせた。嫌な予感しかしない。
「そうだ。恐怖の館には、『悪夢の素』がある。それを飲めばとっておきの悪夢が見られるはずだ」










