10.聖人ナリス
「……あの人、気付いたみたい」
「あ、ホント。あのー、すみません、私達、迷宮都市ロアで冒険者をやっているガンマチームっていいます。こんにちは」
とカチュアはナリスに自己紹介した。
「よろしく」
「……こんにちは」
とアンとローラがぺこりと頭を下げ、
「「「ちわー」」」
と背後で三人も挨拶した。
「あ、ああ……」
ナリスはまだちょっと呆然としている。
「早速なんですけど、あなたにお願いがあるんです。あ、私達、神父様からあなたのこと教えて貰ったの」
「神父様から?」
ナリスは驚いた。
とある貴族の依頼を受け、ナリスがここにいることは教会でもごくわずかな人間しか知らない。
貴族は些細な噂話が醜聞になりかねない。特に健康状態については極力隠す。
神父もそうした事情はよく分かっているので、普段なら依頼中に別の依頼を頼むことはない。
アンがチームを代表して話し出した。
「ちょっと時間がないから、悪いけど手短に話すわね。アタシ達は『リザレクション・サクリファイス』で死んでしまったうさぎのぬいぐるみを復活させたいの。協力してくれない?」
「ふむ、『リザレクション・サクリファイス』か」
ナリスは顎をさする。
思い詰めた様子のローラがナリスが話しかける。
「……神父様から『リザレクション・サクリファイス』の蘇生はあなたのような特別な力を持つ聖人か聖女しか出来ないって聞きました。お願いです。うさみを助けてください」
そう言うと、ローラはナリスに向かって頭を下げた。
人見知りのローラにとって、知らない人に話しかけるのは、とても勇気がいる行為だ。
「お願いします!」
とカチュアも頭を下げた。
カチュア達がドキドキしながら、彼の返事を待っていると、
「協力しよう」
ナリスはあっさりと頷いた。
「えっ、いいの?」
神父の話を聞くと、聖人や聖女は非常に気難しそうなイメージだったので、カチュアは驚いた。
「私の蘇生のお布施はかなり高額なのですが、あなた達に払えますか?」
「そっ、それはもちろん支払わせてもらいます!」
ガンマチームメンバー全員で話し合って、チームの予算を全ツッコミする覚悟を決めていた。
「じゃあ、アタシ達の依頼を引き受けてくれるのね」
アンが用心深くナリスに尋ねた。
ナリスはアンの問いに「ああ」と頷いた後、疲れ切った様子でため息をつく。
「だが、今の依頼を無事に終わらせてからでないと私はここから離れることが出来ない。つまり、当分無理だ」
「あの、ナリスさんはそこで何をしているの? あ、守秘義務があるとかなら無理に聞かないけど……」
カチュアはおそるおそる聞いてみた。
「構わんよ。私はここで重病人の治療をしている。病状はとても重篤でおそらく私が目を離したらすぐに永遠の眠りが彼を黄泉の国まで誘うだろう」
「えっ、それって、死んじゃうってこと?」
カチュアは驚いた。
確かにそれは大変だ。
よくよく観察してみると、ナリスはかなり疲れた表情だ。彼は彼の患者とは真逆に何日も眠っていないように見える。
ナリスは深々ため息をついた。
「正直に言って、私一人では手に負えなくてね。ここで迷宮都市ロアの冒険者に会ったのは、神のお導きかも知れない。それもこんな見たことも聞いたこともない魔法具を使っているということは、君達はかなり腕の立つ冒険者チームだろう。一度人をやって『あれ』を探させるつもりだった。ガンマチーム君とやら、一つ、頼まれてくれないか?」
「何かしら?」
カチュア達は冒険者チームだ。それでうさみを助けられるのなら、なんとしても手に入れよう!
「ダンジョンに行き、『あるアイテム』を手に入れて欲しい。私にはそれがどうしても必要だ。ただ、本当に一筋縄ではいかないから、時間を無駄にするだけかも知れない。断ってくれても構わないよ」
ナリスはどこか投げやりにそう言った。
ガンマチームがその『アイテム』を手に入れることを、期待してない口ぶりだ。
「で、アイテムって何よ」とアンが先を急かす。
「ダンジョンには人間を襲うモンスターだけではなく、人間と敵対しないモンスターがいることは知っているね」
「ええ、ランタンかえるのようなモンスターよね」
カチュアはカチュアの家にいる光るかえるのケロちゃんを思い出しながら、答えた。
「そうだ。私が探しているのもかえるだ。ダンジョンのどこかに温泉がえるが営む温泉宿があるという。その温泉の更に奥。秘密の泉から採れるご神水を手に入れて欲しいのだ」
「えっ、そんなっ!」
カチュアは二の句が継げない。
驚くカチュアに対して、ナリスは重々しく頷く。
「君達も分かっただろう。温泉がえる達の温泉は秘湯と呼ばれてダンジョンの中でもどこにあるのか分からない。それにその泉は秘湯中の秘湯。かえる達の聖地で、滅多なことではご神水を分けてはもらえないそうだ……」
ナリスはの話はまだまだ続くが、リックのスクワットがそろそろ限界だ。
「あのー、ナリスさん」
とカチュアは話を遮った。
「そのご神水には何の効果があるの?」
「呪いに効果がある。一時的なものだが、少し時間が稼げるはずだ」
「やっぱり『アレ』に間違いないわね。ご神水を届けに行くわ。今いるお宅の詳しい住所を教えて?」
とカチュアはメモを取り出したが、
「何?」
そんなカチュアをナリスはじろりとにらみつけた。
その時。
「代わるわ」
「すっ、すみません」
とスクワット要員が、リックからアンに代わった。
動力不足で鏡の画像が乱れる。
再開した画像の中では、ナリスは怖い顔でこちらを睨んでいた。
「ご婦人方、そのアイテムは、そんな簡単に見つかるものではない。いい加減な気持ちで引き受けないでくれ。こちらはとても困っているのだ」
ナリスはきつい声でカチュアに物申す。
「おーい、カチュアさん、この『ニュー素敵な手鏡』は、物を送ることも出来るんだ」
ベルンハルトは後ろからそう声を掛けてきた。
「あら、便利。じゃあ、今から送りまーす」
「はっ? 今から? 送る? 大体、君達はご神水をどうやって手に入れる気だ?」
鏡の向こう側のナリスは矢継ぎ早に疑問を投げかけたが、カチュア達は返事している余裕はない。
カチュアはリュックを取り出し、中を探る。
「えっと、ご神水、ご神水は……、あ、あったわ」
何かあった時のためにご神水はちゃんとリュックの中に入れてあるのだ。
カチュアはご神水入りの瓶を取り出した。デトックス温泉郷の湯主ガマは、ご神水を大きな瓶いっぱいに詰めてくれたが、手鏡が送れるのは、鏡の幅まで。
貰った瓶のままでは鏡を通すことは出来ないので、そしてポーション用の小瓶にご神水を移す。
「よいしょっと」
とカチュアとローラは協力してご神水の小瓶を作る。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。君達、何故ご神水を持っているんだ?」
予想外の展開に、ナリスはあわてた。
「私達、デトックス温泉郷の無期限パスポート券を持ってるの」
ナリスの問いかけに、カチュアは自慢げに温泉がえるのあめ吉から貰ったパスポートをかざした。










