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五九話 帝國の逆襲!


 日が沈み、肌寒くなってきた中。

 救世団体パークスと名乗る男たちは、街中で荷車を引いていた。


 荷車に乗った空の大鍋を見て、民から感謝の声がかけられる。


 最初は不審がっていた人々もいたが、施しが続くと現金なもので、彼らを見る目は少なくとも表向きは好意的なものであった。


「なんで俺らがこんなことしてるんですかねえ? 本来は国の仕事でしょうに」

「そりゃ帝國が頼りないからだろ!」

「帝都から逃げ出してどうするんだろうな?」


 パークスは、仲間うちの会話を他人に聞こえるように触れ回る。

 食料を配るほどに、彼らの声は広がっていく。


 そのほとんどが蝗害への不安ではなく、帝國への不満の声であることに、注意深い者であれば気がついただろう。

 そういった人々の声はあまりにもか細く、無責任な噂にかき消されていた。


 パークスは善意の象徴となった大鍋をこれ見よがしに引きながら、アジトにしている店へと戻った。


 表に荷車を置いて、店に入る。

 がらんとして何もない店内は、彼らの出入りで薄汚れていた。

 かつてカウンターだった場所に、見張り役の男が一人、所在なげに佇んでいる。


「あぁ~」


 荷車を引いていた男が、肩を押さえて揉み出した。

 慣れぬ善行に、彼らは柄にもなく緊張を強いられていたのだ。


「まどろっこしいなぁ。もう普通に帝都占領しちまおうぜ」


 男の言葉を、ヴィルマーンとパルティマスのいない犯罪組織ナイトシフト、いや、救世団体パークスを預かる副頭領がたしなめる。


「馬鹿っすか。帝都を乗っ取ったところで、四方を帝國軍に囲まれて物量で叩き潰されるのがオチっすよ」

「ちっ、俺たちに帝國全土をまとめる力なんてねえしな」


 言ってみただけだ。さすがにこの男も戦力差くらいはわかっている。

 元々聖国の騎士だったこの男は、国家という巨大な力に抗えるのは例外だけだと思い知っている。


 たとえばS級冒険者のような。


 空の大鍋に水を入れ、荒々しく洗う元騎士の男に、副長は滔々と話す。


「ノーステリアを選んだのは背後に都市連合があるからっすよ。都市連合のいくつかは、うちらの(かしら)の力で抑えてあるっす。背後を確保できなきゃ、じり貧っすよ」

「わかってるって。あの二人の方針に逆らうなんて考えてねえよ。俺たちは頭領を信じてついていくだけだって」


 正直、帝國の国力を落とす必要はあれど、死霊使いヴィルマーンがわざわざ姿を見せ、マルスボルク城を落としてみせる必要性は低い。


 だが蝗害から避難した、ではなくナイトシフトに帝都を落とされた、と広まれば帝國の威信は地に堕ちる。

 となれば、聖国と王国は間違いなくその牙を帝國に向ける。


 帝國が恒常的に北東に力を向けられなくするためにも、その反対側、二大国を焚きつけておきたいのだ。

 建国してから外交で侮られないように、という思惑もある。


 全ては双頭、ヴィルマーンとパルティマスが決めたこと。

 彼らはそれに従うだけだ。


「副頭領、こっちは異常ありませんでしたよ」


 カウンターで留守番をしていた見張りの報告に頷き、彼らは見張り役をそのまま残して、店の奥へ進む。

 奥の戸を開け、埃の匂いがする暗い階段を降りる。


「しっかし、稼いだ金で施しなんてぞっとしねえな」

「違いねえ」

「先行投資って奴っすよ」


 軽口を叩いて笑いながら、農民から奪った(・・・)食料を山と積んだ、地下室の戸を開ける。


 地下室には、連日の炊き出しで半分ほどに減った食料の山の前に、仲間が揃っていた。


「ああ、これこれ。やっぱり手ぶらだと落ち着かねえからな」


 地下室に転がっていた自分の剣を手にし、男たちは本来の、ナイトシフトの顔を取り戻す。


「うちらが最後だったみたいっすね」


 副頭領が室内を見渡し、仲間の顔を確認していると、上から荒々しい物音がした。


 見張り役の男が、慌てて階段を駆け下りてくる。

 血相を変えた見張りが、泡を食って叫ぶ。


「副頭領っ!」

「何があったっすか――魔法放てっ!」


 駆け下りてきた仲間の背後に、死の象徴、黒い鎧を見て、副頭領はとっさに号令をかけた。


 一瞬の判断が生死を分ける。


 黒い鎧が現れた瞬間、ここはその現場になったのだ。


「サンダーアロー!」


 詠唱が短い初級魔法のうち、最も回避しづらいはずの雷撃が、侵入者めがけて宙を奔る。


「フッ!」


 地下室に足を踏み入れた帝國騎士の斬撃が、気合い一閃、衝撃波となって雷撃を切り裂き、雷撃を放った魔法使いごと両断した。


「魔法を切っただと!?」

「くそ、化け物が!」


 まさに力の象徴、帝國騎士にふさわしい斬撃。

 驚くべき反応速度、威力であった。


 副頭領はその一振りで、この帝國騎士が並の相手ではないことを悟る。


 この場に双頭がいれば感じなかったであろう、死の予兆を振り払うように声を張り上げる。


「囲むっす! 相手はたった二人っすよ!」

「上にもいるのだがね」


 真っ先に斬りかかってきた手練れの冒険者を一刀で切って捨て、帝國騎士、ルミナリオが副頭領の言葉を訂正した。


 侵入者はわずか二人と見て、襲いかかろうとしていた面々は、その言葉と強烈な斬撃に勢いを失う。


 ――副頭領は腕に自信があるわけではない。


 彼はナイトシフトに入る前、冒険者として新人を騙し、市民を騙し、時にはベテランの冒険者から金をくすねて生活してきた。


 今更、帝國騎士様と腕比べをするつもりなどない。


 口でなんとかしてきた男なのだ。


「うちらに手を出すと民衆が黙ってないっすよ!」

「世迷い言を!」

「うちらは食料を施してただけっす!」

「だけではないな。悪意を化粧した偽善など、偽善と呼ぶのも吐き気がする!」


 ルミナリオは副頭領の戯れ言を切り捨てながら、同時に襲いかかる敵をも的確に葬っていく。


 もう一人、地下に降りてきた帝國騎士は、上への階段を塞いだまま動こうとしない。


 戦っているのは、ルミナリオただ一人。


 だが、そのルミナリオ一人を止められない。


 黒い騎士が指揮棒を振るうかのように剣を踊らせ、銀の斬撃が宙を走るたびに、真っ赤な血煙が線を引き、犯罪者の命を刈っていった。






 帝都ウーケンの南。


 巨大な奇岩が転がる荒野を、死せる竜が北へ進んでいた。

 昇りはじめた太陽が、その巨躯を大地に長く伸ばす。


 腐り果てたドラゴンの頭蓋に立つのは死霊使いヴィルマーン。


「……っ!?」


 ヴィルマーンは、しびれるほどの鮮烈な剣気を感じて横へ飛んだ。


 刹那、ヴィルマーンの立っていた場所を、研ぎ澄まされたカミソリのような衝撃波が通り過ぎる。


 大地に降り立ったヴィルマーンの視線の先には、抜き身の黒い剣をぶら下げ、一人の男が立っていた。


 やる気のなさそうな青髪の男。


「……サーラターナか」


 帝國の英雄を前に、ヴィルマーンは眉間に皺を寄せた。

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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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