六十話 帝國とナイトシフト、最後の戦い!
帝都ウーケンに向け、荒野を北上する死霊使いヴィルマーンとドラゴンゾンビ。
夜明けとともに、そこに奇襲をかけたのは帝國の英雄サーラターナだった。
「見つけたぞ、死霊使いヴィルマーン」
見つけたぞ、と言っておきながら、発見したのは今ではない。
聖属性の結界が太陽と共にわずかとはいえ効果を高めるように、闇属性の死霊使いは夜と共に力を強める。
決して大きな差ではないが、死霊使いの力を少しでも弱めておこう、と夜明けを待っていたのだ。
帝國騎士団団長サーラターナ、食えない男である。
「まさか、帝國の英雄殿がこんな場所に出張るとはな。皇帝の護衛はどうした?」
「貴様とパルティマスが帝都にいないなら、私が護衛しなくとも良いだろう?」
「くっくっ、確かに」
計算通りにはいかないものだ、とヴィルマーンは笑い出した。
「互いに同じマスター職。英雄殿と面と向かってやり合えば、私の方が分は悪いかもしれぬ。何の準備もしていなければ、だがな」
ヴィルマーンとて元S級冒険者、剣をとっても並の一流に劣るつもりはない。
しかし相手は剣匠。
剣匠と死霊使い、何の策も無しに戦えば、前衛職が有利なのは明らかだ。
ヴィルマーンは、サーラターナとだけは戦うつもりはなかったのだ。
ある意味、外れくじを引いたといってもいい。
皇帝の護衛、サーラターナが取るであろう道は二つあった。
皇帝と共に帝都に座し、魍魎バッタに食い殺されるか。
それとも、皇帝と共に帝都を脱するか。
「護衛を離れるとは、驚かせてくれる」
ヴィルマーンを倒したところで、帝都の命運が変わるわけではない。
理屈に合わぬ行動だが、それだけ恨みを買ったということだろう。
できれば魍魎バッタに始末して欲しかったのだが、さすがにそこまで上手くは進まないらしい、とヴィルマーンは顔を歪める。
とはいえ、帝國に挑むと決めたときから、当然、帝國最強の戦士への対策は考えている。
蝗害が弟パルティマスの功であるだけに、死霊使いヴィルマーンの名声を轟かすのに、帝國の英雄を打ち破ったという実績は得がたいものとなるであろう。
ヴィルマーンの自信に応えて、ドラゴンゾンビが咆吼する。
「魔竜か……」
「これは魔大陸で倒した、魔竜の魔石を使ったドラゴンゾンビだ。こちらの大陸では中々お目見えできない大物だぞ」
パルティマスが十年かけて用意した、一億もの魍魎バッタ、とまではいかないが、ヴィルマーンにもドラゴンゾンビという鬼札がある。
「帝國と事を構えるのに、帝國騎士団を勘定に入れぬわけがない。魍魎バッタ以外にも用意はしてあるさ。これに挑んだ帝國騎士は何も出来なかったぞ。もっとも英雄殿と比べるような腕前ではなかったがな」
ピクリ、とサーラターナの眉が動いた。
マクシミリアンは技量だけなら、帝國騎士には届かなかったかもしれない。
しかし騎士としての在り方、任務への姿勢は、若手に手本として欲しいと、常々サーラターナは高く評価していた。
「……もったいないものだ。大陸広しといえども、お前ほどの剣士は聖国の剣聖くらいのものだろう。古い時代に殉ずるよりも、我々が築く新たな時代に生きてみる気は無いか?」
「さすがに犯罪者に落ちぶれる気は無い」
「犯罪者? 何を言っている」
ヴィルマーンは心底意外そうに両手を広げる。
「犯罪? 法とは何だ? 帝國貴族が罪を犯しても黙認されているのは何故だ? 正義か悪かは誰が決める? ……支配者だ」
ヴィルマーンは世界のありようを嘲笑する。
嘲笑に足る実例は、数えるまでもなく幾らでもある。
ヴィルマーンとパルティマスですら例外ではない。
彼ら兄弟は駆け出し冒険者の頃、帝國貴族に契約と尊厳を踏みにじられたことがある。
死霊使いと魔蟲使い。侮蔑と共に打ち捨てられた、苦い過去だ。
名をあげるにつれ、彼らのことを蔑む者はいなくなったが、それでも忌避の視線はついてまわった。
もしも、彼らが普通の戦士や魔法使いだったなら。
自らの手で世界を変えようとするまでもなく、ヴィルマーンとパルティマスは民を支配する側に回っていたことだろう。
「ガルマイン帝國は我らの手により傾き、我々が新たな時代を造る。そこに残るのは我々の正義だ。百年後には帝國という悪い国がありました、となっているやもしれんぞ」
「正義? そんなもののために剣を振るうつもりはない。私は、私の意思で剣を取る。人を殺す責任を取るのも、私自身となるだろう。……いや、上司にも責任は押しつけられるな。皇帝陛下にも責任を取っていただくとしよう」
ヴィルマーンは鼻白み、嘆息した。
「惜しいな。私利私欲で剣を振るうにも、帝國の犬となるにも、あまりにも惜しい」
「何をはき違えているテロリスト。正義がいつ人の命を求めた。正義がいつその責任を取った。私は寡聞にして知らんな」
サーラターナは当てこするように、口の端をつり上げる。
「私が知っているのは、正義などという誰の手にも余るモノを、免罪符のように掲げる恥知らずにまともな人間はいない、ということだけだ」
皮肉というにはあまりにも痛烈な揶揄を返し、サーラターナは帝國の英雄が受け継いできた、黒剣ハルペルをヴィルマーンに向け、続ける。
「犬畜生の正義を聞かされた、まともな人間はこう思うだろうよ。『お前の正義が否定してるのは、お前の存在そのものだろう』とな!」
同時に、恐ろしく攻撃的な剣気が膨れあがった。
膨れあがった剥き出しの剣気は、サーラターナではなく、横合いから牙をむいた。
岩陰に潜み回り込んでいたロロが、引き絞った弓から放たれる矢のごとく、跳ぶ。
ロロの手にした剣は、まばゆく輝き、剣身はおろか、柄からも闘気があふれだす。
「帝國十字剣!」
十字に輝く、強烈な大上段の一撃が、ドラゴンゾンビの首筋にたたき込まれた。
不意を突かれたドラゴンゾンビの巨体は、ただ一撃で首を折られ、大地に沈む。
「もう一人いたのか、……謀ったな?」
「誰のモノでもない正義にすがる、その姿、滑稽だったぞヴィルマーン!」
サーラターナがわざわざ言葉遊びにつきあっていたのは、ロロの奇襲を成功させるためだ。
相手が騎士なら、正々堂々の勝負もやぶさかではない。
だが、目の前にいる相手はそんな上等な相手では、決してない。
ロロが冒険者上がりでなかったら、騎士としての技量しか磨いていなかったら、ヴィルマーンに気配を感づかれていただろう。
冒険者というのも、中々に器用なものだ。
サーラターナは一連の騒動が片付いたら、冒険者のスカウトに力を入れようかと思い立った。
もちろん、実行するのはルミナリオだ。
「ふん、甘く見られたものだ」
ヴィルマーンは口元を歪めた。
今の一撃で滅びるような存在を、死霊使いヴィルマーンが切り札として用意するわけがない。
地に伏せたドラゴンゾンビの目に灯る、妖しい光は消えていなかった。
砕けた頸骨が修復され、何事もなかったかのように大きな頭を持ち上げる。
ドラゴンの生命力は、死霊となってすら健在だった。




