五八話 悪役令嬢の微笑!
帝都で小聖女シルフィが結界を張り、南に死霊使いヴィルマーンが現れ、西でスライム使いマルコがエリクシールスライムをグビグビ飲みながら無双していた頃。
帝都の北では、住民の不満が噴出していた。
青空から降り注ぐ陽射しが道に照りつけ、馬車が駆け抜けるたびに、砂埃と小石が乱雑な音を立て舞い散る。
常なら怒号が飛びそうなものだが、馬車が人をかすめるように通り過ぎるのも、もう日常の光景となりつつあった。
蝗害から避難した人々の中には、北都ノーケンを目指さずに、帝都に近いこの街に留まる者も多い。
急激に人が増え、それも気の立った者が多い、となると当然のことながら治安は悪化する。
街の住民と避難民の軋轢は、誰もが不幸になっているからこそ、誰にも抑えることは出来なかった。
家の中で、よそ者の来ない入り組んだ街角で、顔を寄せ合い街の住民はいう。
「儂は生まれてからずっとこの街で暮らしてきたが、こんなことは初めてじゃ……」
「よそ者だっていうのに、配慮されて当然って顔しやがって!」
「虫に怯えて避難させるって、お偉いさんはどういうつもりなんだか」
「このままじゃ俺たちが暮らしていけねえよ! 皇帝は何を考えてるんだ!」
神殿で、炊き出しの場で、帝都からの避難民は不満を口にする。
「なんで、私たちがこんな目に遭わなきゃいけないのよ!?」
「帝都の城壁をバッタが越えられるわけないのに……」
「ウーケンに残った人たちのほうが正解だったかしら」
「はっ、上の連中は別荘でもどこへでも逃げられるからいいさ」
不満は日に日に積もる。
雲行きの怪しくなる街の、広場に面した喫茶店では、俳優のような優男が休憩していた。
銀髪の美男子は、優雅な仕草で話し手に頷く。
「なるほど、帝都に店を構えたばかりでこの状況とは、……可哀想に」
「そうでしょう、そうでしょう。ようやく帝都に家を建てた矢先にこれですから。いやー参りましたよもう」
商人の男は少し大げさな様子で、優男の同情を誘う。
この貴公子は羽振りの良さそうな貴族。
それも珍しく平民の生活に興味を示す、話のわかる貴族だ、と商人の目には映っていた。
不幸中の幸い、この変事に貴族との縁故をもてるのなら、災害も捨てたものではない。
いや、転んでもただでは起きないのが商魂というものだ。
商人は貴人の気を引こうと、様々な話題を振りまく。
貴公子の望むままに、話題を提供していることには気づかずに。
この銀髪の貴公子はたしかに貴族ではある。
貴族ではあるが、黒い鎧に身を包めば一転して、帝國騎士団に号令を掛ける身でもあった。
貴公子の正体は帝國騎士団副団長ルミナリオ。
北都ノーケンへと発った皇女ヘルミナの護衛を離れ、ルミナリオはこの街に残っていた。
命令違反の帝國騎士はロロだけではなかったのだ。
よりにもよって副団長である。
「この街に残りたい?」
先日。
街の外に設営された陣幕で、ルミナリオがそう申し出た時、皇女ヘルミナは首を傾げてみせた。
赤い縦巻きロールが、ぶらんと揺れる。
柔らかい仕草とは裏腹に、詰問の色を帯びたルビーの瞳は、しっかりとルミナリオを見据えていた。
「何を考えていますの?」
ここは帝都から伸びる北への大街道、最初の街。
オキアとジュリアスが、そうとは知らずにヴィルマーンを目撃した街だ。
蝗害の予想範囲からは外れているが、それでもヘルミナたちは北へと向かわなければならない。
大量の避難民が留まれば、この街が潰れてしまう。
留まったところで、避難民を受け入れる容量が圧倒的に足りない。
蝗害が過ぎたらすぐに帝都へ戻ろうと、近くの街に留まろうとする者も多い。
しかし、帝都が崩壊したならば、再建するには膨大な資金と物資が必要となる。
無秩序に人だけ戻ってもらっても困るのだ。
人手と共に物資を計画的に運ぶためにも、避難民は一旦、北都と南都で収容する予定である。
現状、避難民の多くは生活の当てがないため、そのほとんどが帝國軍の誘導に従っている。
だというのに、帝國騎士団の副団長がこの街に残るという。
ヘルミナの問い詰める視線は、獅子を思わせる父帝とは異なるものの、やはり統治者の鋭さを含んでいた。
「理由を聞きましょう」
「ゴミ掃除が必要になるかもしれません」
ルミナリオの一言で、ヘルミナは察した。
この蝗害がただの天災であるならば、まだ良い。
しかし、魔蟲使いパルティマスの手によるものならば、これで終わりなはずがない。
ナイトシフトは混乱に乗じて、何らかの動きを見せるはずだ。
「……皇太子たる兄上ではなく、わたくしと共に北へ行くのを選んだのは、それが理由ですのね」
ナイトシフトが動くとしたら、かねてより争乱の種をまいていた帝國北東部ノーステリア平原周辺か、混乱のただ中にある帝都ウーケンのどちらかだろう。
ルミナリオが南ではなく北を選んだのは、ナイトシフトの動きを掴むためであった。
実のところ帝都で武威を示し、帝國北東部で独立を宣言するのがナイトシフトの計画なのだが、それを知らずともルミナリオは帝國の諜報部を使い、この街で怪しげな動きを見せる集団を捕捉していた。
帝國は頼りにならない、と吹聴しながら、食料を配り歩く集団。
救世団体パークスを自称する彼らは、明らかに手練れであり、その手は人に差し伸べてきた手ではない。
人殺しの道具を握りしめてきた手だ。
このタイミングで、そんな集団がどこからともなく、忽然と現れた違和感。
ルミナリオの余計なことまで背負いがちな計算高い頭脳が、パークスから目を離すべきではない、と警鐘を鳴らしていた。
ヘルミナは冷徹な視線はそのままに、艶然と微笑んだ。
「わたくしの護衛任務を放棄する、というのですわね」
「よくよく考えてみると、失礼な話ですね」
皇女殿下の性格を知っているルミナリオは悪びれない。
ないがしろにされてヘルミナ悲しい、などというタマではないのだ。
「まったくですわ」
ふぅ、とヘルミナの口からため息が漏れる。
次の瞬間、浮かべたのは、人の上に立つ者の厳粛な微笑。
帝國騎士団は皇帝直属。命令できるのは皇帝オズカートただ一人。
それでも、ヘルミナは命令を下す。
「許可します。良い民草をはぐくむためには、悪さをする雑草は余計ですもの。帝國の剣として、我らに仇為す者を刈り取りなさい」




