第7話 交渉
翌日、私とサーシャは朝から裏路地の市場へ向かった。
騎士団が見回りを強化したことで、昨日の喧騒が嘘のように静かだ。
主人が屋台の準備を始めていた。
「ご主人、昨日の野菜は美味しかったです。ありがとうございました」
「おお、騎士様。さっそく食べてくださったのですね」
棚に野菜を並べる主人。
その動きには、正直疲労が見えた。
無理しているのだろう。
「ご主人、突然で申し訳ないのですが、昨日お話しされていた土地の売却についてお伺いしてもよろしいですか?」
「売却の話ですか?」
「はい。この土地を私に譲っていただきたいのです」
「え? 騎士様にですか?」
手を止めて、目を見開いている主人。
そういえば、名前を伝えていなかった。
「申し遅れました。私は先日ロルト騎士団を退団したルマートと申します」
「こ、これはご丁寧に。私はフヴィオと申します」
改めてフヴィオと挨拶を交わした。
「ルマート様――」
「ルマートで結構ですよ」
「では、ルマートさん。この土地は屋台を出す必要があります。ルマートさんは商売のご経験はありますか?」
「いえ、初めてです。ですが、チャレンジしたいと思っております」
「内容は決めていらっしゃいますか?」
「串焼き屋を始めようと思っています。実はそのために、先日から物件を探していたのです」
「そうだったのですね……」
フヴィオが考え込んでいる。
それは当然だ。
昨日初めて会った相手に、大切な土地を売れるわけがない。
その気持ちはよく分かる。
「ご主人、問題ありませんわ」
突然サーシャが話に割り込んできた。
フヴィオが驚いた表情を浮かべている。
「こちらは? お若い方ですが、ルマートさんのお嬢さんですか?」
「違います。妻です。主人がいつもお世話になっております」
サーシャが丁寧に頭を下げた。
「やめなさい! オホン、失礼。こちらは私の……」
私は言葉に詰まった。
弟子なんて紹介で言うことではないし、元上司と言えばサーシャが怒る。
同僚でもない。
どうしたものか。
私の困惑に気づいたサーシャが、小さく微笑んだ。
「フヴィオさん。私は騎士団に所属しているサーシャと申します」
「騎士団のサーシャ様……。え! ま、まさか!」
フヴィオの動きが止まった。
「し、失礼ですが、四騎士の氷剣サーシャ将軍でいらっしゃいますか?」
「ええ、そのように呼ばれることもあります。うふふ」
サーシャは右手を口に当て、上品に笑う。
「この方の保証人は私です。もし何かあったら、私が全ての責任を持ちます。それでも足りなければ、この街の将軍ルディも保証人としますし、なんなら総帥のグランツォも保証人にしますわ。うふふ」
「な、なんですと!」
サーシャがとんでもないことを言い出した。
「ま、待ちなさい、サーシャ」
「いいではないですか、先生。弟子の名前を存分に使ってください。私たちはそれが喜びなのです」
サーシャの言葉にフヴィオが反応した。
首を左右に振りながら、何度も私とサーシャを見返している。
「え? お弟子様ですか?」
「はい、そうです。四騎士は全員、ルマート先生の弟子です」
「ええぇぇ!」
フヴィオの叫び声が朝の市場に響いた。
四騎士の名は、王国内で広く知られている。
彼らの活躍は民衆の楽しみでもあった。
「ル、ルマートさん。一旦妻と相談させてください」
「もちろんです」
その後、フヴィオと話し合いの日を決めて、私たちは市場を後にした。




