第6話 夢は串焼き屋
「ところで先生。その紙袋はなんですか?」
紙袋を見つめるサーシャ。
「ああ、これはね。屋台のご主人からいただいた野菜だ」
「あの、私も食材を買ってきたのです……」
サーシャも大きな紙袋を抱えていた。
「先生に食べていただこうと思って……」
「そうか、じゃあ、一緒に食べようか」
「はい!」
私は扉の鍵を開け、サーシャを招き入れた。
キッチンのテーブルに食材を並べる。
私がいただいた野菜と、サーシャが買ってきた肉がテーブルから落ちそうなほど積み重ねられていく。
「た、たくさん買ってきたね……」
「はい! 先生との食事ですから!」
私は剣を教えながら、食事の重要性も説いていた。
それを憶えてくれているのだろう。
年を取ると、小さなことでも感動する。
「サーシャ、私が教えたことを憶えていてくれたんだね。嬉しいよ」
「はい! 『食事は身体を作り、心を豊かにする』です! うふふ」
私がよく言っていた言葉だ。
並べられた食材を眺める。
せっかくこれほど食材があるのだから、サーシャに私の料理も味わってもらうとしよう。
「サーシャ、私も作ってもいいかな?」
「え? 先生が作るのですか?」
「ああ。店で出す料理を君に味わってほしいんだ」
私は肉の塊を手に取った。
この肉は黒毛牛だ。
最高級の牛肉として知られている。
「サーシャ。私はね、串焼き屋を始めようと思っているんだ」
「串焼きですか?」
「ああ、そうだよ。昔、戦地で補給線が崩された時があってね。現地で狩猟した肉を串焼きにしたんだ。これが本当に美味しくてね。騎士を引退したら、串焼き屋をやってみたいと思っていたんだ」
包丁で肉塊を一口サイズのブロック状に切り分け、鉄串に刺していく。
一本の串に肉は四つ。
多すぎず少なすぎず、ちょうどいい量だ。
炭火で肉を炙る。
肉の表面に焦げ目をつけてから、内部にじっくり火を通す。
両手で串を持ちながら、ゆっくりと回していく。
「わあ、いい匂いですね」
隣で肉が焼ける様子を見ているサーシャが、感激の声を上げた。
立ち上る白煙と共に香ばしさが広がり、滴る脂が小気味よい音を奏でながら蒸発していく。
「串焼きは肉が焼けるまでの間、目と耳と鼻を楽しませてくれるだろう? この時間がたまらなく好きなんだよ」
そして、最も大切な味付けだ。
岩塩と黒胡椒、私が配合した特製のハーブをまぶしていく。
串焼きを皿に並べていく。
完成した料理をテーブルに運ぶ。
パーティーかと思うほどの豪華な内容だ。
「いただきます」
サーシャが串を手に取った。
串焼きを食べるだけなのに、その所作はとても上品に見える。
「せ、先生……、これ……」
「どうだい?」
「美味しい! いや、美味しいなんてものではありません!」
すぐに二口目を口に運ぶサーシャ。
「外はカリッとしているけど、とても柔らかくて、噛むと肉汁が溢れ出します。でもハーブのおかげでサッパリしていて、味はしつこくない。何本でも食べられますね。うふふ」
すぐに一本を食べ終えたサーシャ。
頬を押さえ満面の笑みを浮かべている。
サーシャはすぐに二本目の串焼きを手に取った。
「んー、幸せです! この味なら、絶対に繁盛します!」
忖度なしでサーシャが美味しいと言ってくれるのであれば、串焼きは成功するだろう。
「はは、ありがとう」
私たちは心ゆくまで食事を楽しんだ。
***
食後のコーヒーを飲みながら、屋台の主人が話していたことをサーシャに伝えた。
「屋台の土地を売却するのですか?」
「ああ、そう仰っていたよ」
「では、先生が購入してみてはいかがですか?」
「え? 私が?」
「はい。屋台で串焼き屋なんて、最高じゃないですか」
「確かに……。屋台で串焼きか。うん、いいね」
一人で店を始めるつもりだからと、私は小さな物件を探していた。
だが、条件に合う店舗はなかなか見つからない。
屋台なら一人でも十分営業できるし、串焼きとの相性もいいはずだ。
屋台から出る煙と匂いで、集客もできるだろう。
「サーシャ、ありがとう。明日にでもご主人に話を聞いてみるよ」
「はい! 私も一緒に行きます!」
「いやいや、君は騎士団――」
「明日は休暇です!」
私の言葉にサーシャが被せてきた。
その速度と鋭さは、氷剣の異名通りだ。




