第5話 市場の屋台
一日中不動産屋を回ったが、結局いい条件の物件は見つからなかった。
「そう簡単に見つかるものではないからな。こればかりは地道に探すしかない」
私は帰りがてら、今朝の路地へ足を運んだ。
騒動があった屋台で、年配男性が片付けている。
今朝の主人だ。
「ご主人、大丈夫でしたか?」
「おお、あなたは今朝の! ありがとうございました! 騎士団の聴取も終わりました」
「お怪我はありませんか?」
「おかげさまで何ともありません。それより騎士の方に聞きましたよ。あなたも騎士だったと。どうりで強いわけだ。はは」
「いえ、私なんて定年退職した騎士ですから。ご主人に怪我がなくてよかったです」
屋台には野菜が並べられている。
主人はそれらの野菜を籠に移していた。
「この野菜は、ご主人が育てたものですか?」
「ええ、家内と一緒に作ってね。ここで五十年、野菜を売っています」
「五十年も! それは凄いですね」
「ありがとうございます。実はこの屋台は家内が担当していまして、私は畑で野菜を作っておりました。ですが……」
主人の表情が僅かに曇った。
眉間にシワを寄せている。
「先日家内が怪我をして、今は畑作業と屋台を私一人でやっているのです」
「そ、それは大変ですね」
主人が屋台の柱に触れた。
「私は……この場所を売ろうと思いましてね」
「え? 売るのですか?」
「はい。実はこの場所は五十年前に、役所が小さな区画に分けて販売した土地なんです」
「確か、屋台を出すことが条件でしたよね」
「そうです。ここに市場を作ることが目的でした。実際、最盛期はここがヴァルシアで最も栄えた市場でしたからね」
主人は屋台の野菜を、全て籠に移し終えた。
「ご主人。もしかして、今朝のあの男の目的は……」
「はい。どこから話を聞きつけたのか分かりませんが、数日前から土地を売れと脅してきたのです」
「明らかに普通ではない連中でしたね」
「そうなんです。あんなのに売ったら、この市場はなくなってしまう。ですから、ここで商売を続けてくれる人に売りたいのです」
主人がいくつかの野菜を取り出し、紙袋に入れた。
「騎士様、こんなもので申し訳ないのですが、気持ちばかりのお礼です。本当にありがとうございました」
「え? い、いただけません」
「ぜひ受け取ってください。自慢の野菜ですから。はは」
「そうですか。……それでは、ありがたく頂戴します」
私は野菜を受け取り、自宅へ戻った。
***
「先生、お帰りなさい!」
「サ、サーシャ!」
弟子のサーシャが家の前で待っていた。
「サーシャ、なぜ君がここにいるんだい? グランツォと王都へ帰らなかったのかい?」
サーシャは将軍として、騎士団総帥のグランツォとともに王都スヴェリッドを守護する騎士団のエースだ。
「せっかくヴァルシアに来たことですし、ルディからの依頼もあり、ヴァルシア支部の騎士たちに稽古をつけているのです。期間は一週間、グランツォ総帥も許可しております」
「そうだったのか。君の稽古だと……厳しそうだね」
「もちろんです。ルディから、特に見習いを徹底的に鍛えるように依頼されました。配属されたばかりで現場を舐めているとのことでしたので、血反吐を吐くまでやりました。先生の剣を教えるのですからね」
サーシャは絶対に手を抜かない。
他人に対しても、自分自身に対してもだ。
突然の来訪に驚いたが、せっかく愛弟子が訪ねてくれたし、滅多に会えないのだから歓迎しよう。
「来てくれて嬉しいよ。ははは」
満面の笑みを浮かべるサーシャ。
美しさと同時に、可愛らしさも垣間見える。
「先生、聞きましたよ」
「何をだい?」
「今朝のご活躍です」
「ああ、偶然目撃してね」
「騎士団でも噂になっていました。うふふ」
「カミッロ君は大丈夫だったかい? 私の事情聴取を免除してくれたんだ」
「ええ、問題ございません。むしろ、もし先生の時間を奪ったのなら、私が制裁を加えていましたから」
「せ、制裁って……」
サーシャが冷酷な笑みを浮かべていた。




