第32話 串焼き屋への依頼2
晩餐会は半分を過ぎただろうか。
フロアの中心でダンスが始まっている。
楽団の演奏が一息ついたところで殿下が立ち上がると、来賓たちが一斉に礼をした。
これで殿下は退席だ。
ルディとラウルを引き連れ、大広間を後にした。
ヴァルシア公も立ち上がる。
どうやら退席するようだ。
さらにヴァルシア公を追うように、ハルファド大使が配下を引き連れて大広間の北口を出て行った。
城内の見取り図は頭に入っている。
あの方向は地下階段だ。
主賓が出ていったことで、料理人たちは片付けを開始した。
調理器具が少ない私は早々に片付けを終え、監視員に気づかれないように数本の串を袖に忍ばせる。
「トイレに行きます」
トイレは監視員も同行する。
これほど警備が厳しいと、それはもう自ら怪しいと言っているようなものだ。
監視員の先導で、使用人のトイレへ向かう。
トイレは運良く誰もいなかった。
私は監視員の背後から、首筋に手刀を打ち込む。
「ぐっ!」
気絶した監視員を用具入れに押し込み、服を脱がし着用した。
この服であれば、多少の時間稼ぎはできるだろう。
僅かな隙を作ることができればいい。
「さて、潜入の開始だ」
私はトイレを出て、地下階段に向かって廊下を進む。
しばらくすると背後に気配を感じた。
「おい、貴様の配置はどこだ?」
ヴァルシア公の私兵だ。
周囲を確認した私は、兵士に近づき手刀を叩き込む。
気絶した兵士を柱の影に隠し、改めて廊下を進んだ。
地下階段の入り口に到着すると、二人の兵士が立っていた。
ここまで来ると、もう隠れることは不可能だ。
私は堂々と廊下を進む。
「ご苦労様です!」
敬礼しながら何食わぬ顔で、二人の兵士の間を抜けて階段へ進む。
「ま、待――」
呼び止められた瞬間、超高速の手刀で二人を気絶させた。
ここからは時間との勝負だ。
スピード重視でいく。
気配を消しながらも、階段を一気に駆け降りる。
地下の廊下に出るとさらに二人の兵士が立っていたが、それも気絶させた。
そのまま廊下を進むと、僅かに人の気配を察知した。
この気配の消し方は相当な達人だ。
「貴様、どうやって入った?」
暗闇からスッと姿を現した男。
外国人の容姿で、明らかに雰囲気が違う。
人殺し特有の空気を纏い、血の臭いを放つ。
間違いなくハルファドの殺し屋だ。
「がはっ!」
「悠長に話しているなんて、気の長い殺し屋だな」
私は殺し屋に向かって、喉と胸に串を投げつけていた。
廊下に倒れ込む殺し屋の腰から剣を抜く。
「ふむ、カトラスか。この廊下にはちょうどいい。武器の選択は正しいぞ」
カトラスは船上で使われることが多い片刃の曲剣だ。
比較的短めの剣身は混戦に向いている。
私はカトラスを片手に、廊下の奥にある部屋へ向かった。
◇◇◇
地下の部屋で、ヴァルシア公とハルファド大使が密談している。
「我が皇帝陛下は、閣下の戴冠を望まれております」
「ふむ、儂もそのつもりじゃ。しかし資金が足りなくてのう」
「もちろんご用意しております」
大使の配下が木箱を用意した。
蓋を開けると大量のハルファド金貨が入っている。
これだけで小さな街の年間予算に匹敵するだろう。
「これをあと二箱運ばせております。もちろん追加もございます。そして閣下の即位の際には、皇女との婚姻もございます」
「ふむ、美人と評判の皇女じゃな。わははは」
ヴァルシア公は四十代だが、政略結婚に年齢は関係ない。
この婚姻が成立すれば、スヴェロイ王国はハルファド帝国の傀儡国家になるだろう。
それでも権力欲に塗れたヴァルシア公は、自身の戴冠さえ叶えばどうでもいいと思っている。
「ハルバルトの小僧はまだ数日ヴァルシアに滞在する。奴の継承権は第三位だ。少しでも削りたい」
「事故と見せかけて始末しましょう」
「うむ、頼むぞ」
二人はハルバルト王子暗殺に向けて、具体的な計画を練り始めた。
***
「侵入者だぞ!」
「殺せ!」
ハルファドの殺し屋たちは剣、投げナイフ、鉄鎖を巧みに使い、ルマートを追い込む――はずだった。
「くそっ!」
「なんなんだ!」
しかしルマートはカトラスを巧みに操り、殺し屋たちの数を減らしていく。
ルマートが進むと、廊下に死体が転がる。
この狭い廊下で小回りの利くカトラスを握るルマートは、ハルファドの殺し屋にとってまさに厄災だった。
剣を振り上げようが、ナイフを投げようが、鉄鎖を放とうが、全てルマートに弾かれる。
「あ、悪魔だ!」
そう声を発したと同時に、身体が両断される殺し屋。
十人いた殺し屋はすでに二人まで減っていた。
殺し屋の一人が、一つの噂を思い出す。
ヴァルシア駐屯の騎士の中に、絶対に手を出してはいけない化物がいるという噂だ。
だが、その化物は騎士を引退したという。
「こ、こいつ、まさか……」
「殺るぞ!」
「お、おう!」
残り二人となった殺し屋は、同時にルマートに斬りかかった。
そして、同時に身体を両断された。
◇◇◇




