第30話 突然の来客
「ここがルマートの店か?」
「いらっしゃ――」
若い男性が来店したのだが、その顔を見て私は言葉に詰まった。
私はすぐさま周囲を確認した。
表通りの方向に四人、裏通りの方向に四人、屋台の正面に二人、合計十人の近衛騎士が私服で控えている。
私以外には気配を悟らせない見事な配置だ。
周囲に通行人がいないことを確認して、私は跪いた。
お忍びでの来店だからだ。
「顔を上げろ。礼式は不要だ。普通に接しろ」
「はっ、殿下」
スヴェロイ王国の第三王子、ハルバルト・フォン・スヴェロイ殿下だ。
殿下は二十二歳と若く、剣士として戦場にも立つことから国民からの人気は高い。
「言葉遣いもだ。今は屋台の親父なんだろ?」
「かしこま……。ええ、そうですね」
私はいつもの口調に戻した。
殿下が仰る通り、屋台なんかで最高敬語を使うほうがおかしい。
周囲に違和感を与えないためにも、普通に接するべきだろう。
私は大きく息を吐き出し、気持ちを切り替えた。
「なぜ、いらしたのですか?」
「我が師の出店だ。祝うに決まっておるだろう」
私は殿下に剣を教えた。
四騎士とまではいかないまでも、殿下の腕も相当高い。
戦場で数々の武勲を上げている。
「ありがとうございます」
この屋台に来るためだけに、殿下が王都を離れるわけがない。
理由があるはずだ。
だが、私はもう騎士ではない。
理由を聞くのは無礼だ。
「座ってよいのか?」
「失礼しました。どうぞ」
殿下がベンチに座る。
背後に二人の近衛騎士がさりげなく立つ。
「串焼きというのか。初めて食べるな」
「え? 食べるのですか?」
「当たり前だろう。屋台なのだろ?」
殿下が食事を口にする際は、必ず毒味が行われる。
もちろん、私が仕込んだ食材だから毒の混入などはない。
しかし形式上、毒味を外すことはできない。
「お主の考えていることは分かる。いらんよ」
「そうは言っても――」
「いらぬ」
「かしこまりました」
私は高級肉の黒毛牛を三本焼き台に置いた。
白煙が上がり、香ばしさが広がる。
「ほほう、これはいい香りだ。食欲をそそる」
温かい麦茶を出すと、殿下は珍しそうに飲んでいた。
「ルマート。退団式に顔を出せず、申し訳なかったな」
「とんでもないです」
「グランツォから密かに話は聞いておったのだが、公務が重なっておった。それに、お主に関しては元老院がうるさいのだ。私からも何度も忠告したのだがな」
「ありがとうございます。しかし、今となっては気にしておりませんよ。後進に騎士の道を作ることができましたし、こうして夢である串焼き屋を開店できました」
焼き上がった串焼きを皿に乗せ、殿下にお出しした。
「串を掴んで直接食べてください」
殿下にとっては下品な食べ方になってしまうが、これが串焼きだ。
殿下は串を手に取り、少しの間肉を眺めていた。
「これが串焼きか」
そう呟き、一切れかぶりついた。
「むっ、これは」
二切れ、三切れと勢いよく口にする殿下。
見ていて気持ちいいほどだ。
「ふむ、これは驚いた。素材で勝負か。宮殿では食えぬ味だ。旨いぞ。うん、旨い」
「ありがとうございます」
「宮殿の料理は過剰に味付けされていてな。こういったシンプルな味が食べたくなることもあるのだ」
殿下が二本目の串を手に取った。
「他にも種類はあるのか?」
「はい。今日の肉は大角鹿、巻角羊、赤羽鶏で、海鮮は短剣海老です」
「全て二本ずつ焼け」
「多くないですか?」
「構わぬ。どうせこの後何も食わんからな」
殿下は外出先で何も口にしない。
パーティーに出席しても、食事や飲み物には一切手をつけない。
きっとこの後、そういった予定が入っているのだろう。
殿下は全ての串焼きを平らげた。
「旨かったぞ。これはまた食べたい味だ」
「ありがとうございます。そう簡単には来られないでしょうが、またいつかいらしてください」
「ふむ、そうだな。そうなるように努力しよう」
殿下が手を挙げると、近衛騎士の一人がカウンターに革袋を置いた。
「祝いも含めてだ。旨かったぞ」
「ありがとうございます」
置いた時の音で分かったが、相当な量の金貨が入っている。
だが、断ることは無礼だ。
ありがたく頂戴する。
「ルマート、また剣を教えてほしい」
「グランツォ総帥がおります」
「グランツォが言っておったぞ。師にはまだ到底敵わぬとな。わははは」
現在は、私の弟子であるグランツォが殿下に剣を教えている。
今の騎士団にグランツォ以上の剣士はいない。
「かしこまりました。もしその機会があれば」
「うむ、あればな、あれば。わははは」
殿下が表通りに向かって歩いていった。
きっと馬車が用意されているに違いない。
「久しぶりだったが、お元気そうで何よりだ」
私は殿下が座ったカウンターを片付けた。




