第3話 達人の指導
私はつい先日、四十五年間勤め上げた騎士団を定年退職した。
一般騎士の階級ではあるが、退職金も支払われている。
これも私が訴えた待遇の一つだ。
とはいえ、自分のために訴えたわけではない。
それに一般騎士ということで、貰える金額は最低ラインだった。
ただ、それはあくまでも私の場合であり、定年退職するほど永き年数を勤めれば、通常は必ず管理職に上がる。
私以外の騎士が定年退職する場合は、満足いく金額が支給されるだろう。
「いただけるだけありがたい。これを資金の一部にできる」
引退したら、一つだけやってみたいことがあった。
それは食堂だ。
騎士を引退したら自分の店を持ちたいと思っていた。
騎士一筋だった私の唯一の趣味は料理だ。
無事に帰還し、自宅で自分のために食事を作る。
これからは、その料理を人に味わってもらう。
それが第二の人生の夢だ。
それに、私が住むアルジェの街は、ロルト王国の第三都市という大都市でありながら、山と海に囲まれその恵みを享受する。
食材が豊富で、グルメの街としても有名だ。
「さあ、行ってくるか」
これから不動産屋を回って物件探しだ。
年甲斐にもなく胸が踊る。
第二の人生に希望を抱きながら家を出た。
***
広大なアルジェの街には、いくつもの繁華街がある。
少し離れた地区へ行くつもりなので、近道のために裏路地へ入った。
「や、やめてください!」
路地の市場通りに入ると叫び声が聞こえた。
この市場は、ここ最近急激に治安が悪化している。
騎士団も見回りしているが、常に来られるわけではない。
「てめー! 分かってんのか! 殺すぞ!」
「や、やめてください……」
屋台で野菜を売る年配の男性に、若い男が怒鳴っていた。
老人は恐怖で萎縮している。
若い男は屋台を何度も蹴ったようで、壁板が何枚か割れていた。
「やめないか」
私は男の腕を掴んだ。
「んだ! このジジイ! 殺すぞ!」
男は私の腕を振り払い、即座に身構えた。
どうやら戦い慣れしているようだ。
男は即座にナイフを抜いた。
「どうしたんすか!」
「あ? 揉め事か!?」
「何だこのジジイ」
路地から数人の男たちが姿を見せた。
仲間だろう。
「このジジイがいきなり腕を掴んできたんだよ」
「おいおい、暴力はいかんよ?」
「帰って茶でも飲んでろって、ジジイ」
「余計な首を突っ込みやがって。マジで殺すぞ?」
最初の男を含めて全部で四人。
一人はすでにナイフを抜いている。
ナイフ使いは厄介だ。
至近距離なら最強の武器と言える。
達人であればの話だが。
「ナイフをしまいなさい。今ならそう大きな罪にはならない」
男たちは目を見開き、私の顔を見つめた。
「「「「ぎゃはははは!」」」」
四人がバカにした笑い声を上げる。
「罪ってなんなんだよ! バカか、ジジイ! 怖いのか? あ? 怖いんだろ!」
男が私に向かってナイフを大げさに振る。
威嚇のつもりだろう。
だが、私はその手をあえて掴み、背負いながら男を背中から石畳に叩きつける。
同時に肘からボキッと鈍い音が聞こえた。
曲がらないはずの方向に、関節が折れ曲がっている。
「ぎゃああああ!」
私は肘の関節をへし折った。
「騎士に刃物を向けたのだ。死んでもおかしくないのだぞ?」
「て、てめえ!」
残りの三人が剣を抜いた。
今の私は丸腰だ。
しかし、この程度なら全く問題ない。
剣の抜き方で、すでに力量を判別している。
私は左右の手を振り上げ、二人の手首に手刀を叩き込んだ。
二人の男は同時に剣を地面に落とす。
「握りが甘い。柄はしっかりと握りなさい」
「「ぐああああ!」」
腕を押さえながら、地面にうずくまる二人の男。
「こ、このジジイが!」
最後の一人が叫びながら、私に向かって剣を振り上げた。
「もっと脇を締めなさい」
振り下ろされる剣よりも速く、私は男の喉に手刀を振り抜いた。
抜剣術の応用だ。
「ぐぼぉぉっ!」
男は泡を吹いてその場に倒れた。
「現行犯で拘束す――」
自然と出た言葉だが、自分の発言の誤りに気づいた。




