第28話 海老の串焼き3
翌日、私たちは港の近くにある砂浜に集合した。
ベルガーとハンスと挨拶を交わす。
「ベルガーさん。もし、心配でしたら途中で止めていただいても構いません。ただし、訓練は中止します。騎士の夢は諦めたほうがいいでしょう」
「わ、分かりました」
私はハンスに木剣を手渡した。
「ハンス、脅すわけじゃないが辛いぞ? ついてこれるか?」
「はい!」
先日までの悩んでいた子供の表情ではない。
何かを決意した男の顔だ。
「ハンスは剣を握ったことはあるのか?」
「ありません!」
私は剣の握り方を教えた。
なかなか筋がいい。
もしかしたら、釣り竿を握る要領に似ているのかもしれない。
「よし、ひとまず形になったな。では準備運動として素振りをしよう」
「はい!」
「まずは軽く千回だ!」
「は、はい!」
ハンスが素振りを始めた。
もちろん私も隣で木剣を振る。
「腕の振りが甘い! 力を抜くな!」
「はい!」
「数をこなそうとするな! 一振り一振りに自分の命、仲間の命、市民の命が懸かっていると思え!」
「は、はい!」
◇◇◇
「いきなり千回って……」
「先生だもの。当然よ」
砂浜に二人の男女が姿を現した。
二人はベルガーに近づく。
「お父様ですか?」
「はい……、そうです……」
「私はスヴェロイ騎士団のサーシャと申します」
「騎士団のサーシャ様……。サーシャ……。え! 氷剣サーシャ様!」
ベルガーは姿勢を正し、深くお辞儀をした。
「ハンスの父、ベルガーと申します」
続いてサーシャの隣に立つ男が頭を下げた。
「スヴェロイ騎士団のルディです」
「ル、ルディ将軍!」
ルディはこの都市、ヴァルシアの将軍だ。
ベルガーはルディを何度も見かけたことがある。
騎士団の伝説たる四騎士が二人もいることに、驚きを隠せないベルガーだった。
「ベルガーさん、先生の訓練は厳しいです。ですが、先生が仰っていたように、これでついていけないようであれば、騎士は諦めたほうがいいでしょう」
「先生……ですか?」
「はい。ルマート先生は私たちの師匠ですわ。おほほ」
サーシャが右手で口を押さえ、上品に笑う。
「え! だ、だって、屋台の……」
ベルガーはルマートが元騎士だということは知っていた。
だがルマートは一つも勲章がなく、一般騎士として定年退職した無名の騎士だ。
当然ながら、四騎士の師匠なんて知る由もない。
「先生は騎士団を定年退職されて、夢だった串焼き屋を始めたのです」
「ルマートさんが、四騎士の師匠……」
驚愕の表情を浮かべながらも、ベルガーは訓練している二人に視線を向けた。
遠目で見ても分かるほど、ハンスは手から血を流している。
早くも手の皮が剥けていた。
ルマートの素振りは、一回たりとも手を抜くことを許さない。
二十回も振れば腕は上がらなくなり、三十回で手の皮が剥ける。
五十回ももたずに、泣きながらやめる者が続出する。
ハンスは必死についていった。
もはや素振りとはいえないが、それでも必死に剣を握り続ける。
その隣でルマートは全力で剣を振る。
「ハンス! 頑張れ!」
「は、はい……」
涙を流し、嘔吐しながら、ハンスはようやく千回を振り終えた。
「ハンス、ここからが訓練の本番だ。どうする?」
「や゛り゛ま゛す゛」
「いいぞ! 絶対に諦めるな! 今は辛くとも必ず結果がついてくる! 諦めないことが重要なんだ!」
「は゛い゛」
ルマートは訓練を続けた。
「ベルガーさん、お止めになりますか?」
サーシャがベルガーに問いかけた。
ベルガーは涙を流し、拳を握りしめながら息子の姿を見つめている。
「い、いえ……。あの子が自分で諦めるまでは……。私からは絶対に止めません……」
サーシャの口元が僅かに緩んだ。
近い将来、ハンスは自分の部下になるかもしれない。
そう思うと嬉しさが込み上げてきた。
◇◇◇
夕焼けを迎える頃、訓練は終了した。
それと同時に、砂浜に倒れ込むハンス。
私はすぐにハンスの治療を開始した。
「ハンス、よくついてきたな」
「はあ、はあ」
騎士団でも使用する回復薬を傷口にかけ、包帯を巻いた。
「二、三日でよくなるよ」
「あ、ありがと……ござ……ます……」
「ハンス、騎士を目指すならアドバイスするという言葉を覚えているかい?」
「覚えて……います……」
「もう今日教えたよ」
「え?」
「諦めない心、これがあれば大丈夫だ」
ハンスの元に近づくベルガーに、私はお辞儀をした。
「ベルガーさん。ハンスの気持ちは本物です」
「はい……」
「あとはお二人で決めてください」
「ルマートさん、ありがとうございました」
私と入れ替わるように、ベルガーがハンスの背中を支えた。
私はサーシャとルディの元へ歩く。
二人が来ていたことは気づいていた。
「先生、お疲れ様でした」
「なぜ君たちがいるのだ?」
サーシャは将軍会議でヴァルシアに滞在している。
そのため、毎日屋台に顔を出していた。
昨日も来たため、今日の訓練のことを少しだけ話したのだが、まさかルディと一緒に来るとは思わなかった。
「未来の騎士を見に来ただけです」
「そうか。君たちの目にはどう映った?」
「背中を預ける仲間に……なれればいいですね。うふふ」
騎士団で最も厳しいサーシャのこの言葉は、最大級の賛辞だろう。
隣ではルディが懐かしそうな表情を浮かべていた。
「昔の自分を見ているようです」
「そうね。ルディはいつも泣いていたものね。泣き虫ルディ。ふふ」
「サーシャさんこそ、血の涙を流していたではありませんか」
「殺すわよ?」
私は二人の肩に手を置いた。
「数日後に漁は再開できるそうだ。また短剣海老の串焼きを食べに来なさい」
「「はい!」」
私は愛弟子たちと砂浜を後にした。
◇◇◇
ヴァルシア市街地の馬車駅に、父子の姿があった。
「父さん、ごめん」
「何を謝る。お前は自分の夢を叶えろ」
「うん」
夢を叶えると決意した息子だが、そのことで父の期待を裏切ることが心苦しかった。
父親はその気持ちを察している。
「お前がいなくても問題ない。俺はあと三十年は現役だ。ルマートさんを見ろ。あの人はあの年でも現役なんだぞ」
「そうだね。少しでもルマート先生に近づけるように頑張るよ」
父親が息子の肩に手を置いた。
「これを持っていけ」
「これは?」
「ヴァルシア漁師に伝わる伝統のお守りだ。騎士を目指しても漁師の心は忘れるな」
「はい! いってきます!」
馬車に乗り込む息子。
御者が手綱を握ると、ゆっくりと車輪が動き始めた。
息子は窓から顔を出し、大きく手を振る。
「父さん! ありがとう!」
「頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!」
馬車が見えなくなった。
それでも父親は、馬車が消えた方角を見つめて叫んでいた。
「頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!」
◇◇◇




