第25話 串焼き弁当4
私と入れ替わるように、クララが舞台に姿を見せた。
すでに落ち着きを取り戻したような表情だ。
「みなさん、大変お騒がせしました! 私は無事です! 歌を続けますね!」
客席から歓声が上がると、クララは腕を上げて静まるように促した。
そして、客席の最後方にいる私を指差す。
「みなさん! 私を助けてくださったのは、五番街の裏路地の串焼きルマートさんです! 美味しいのでぜひ食べてくださいね!」
「お、おいおい……」
先ほどよりも大きな歓声が上がる。
大観衆が私を振り返っていた。
顔から火が出るほど恥ずかしいとはこのことだろう。
「や、やめなさい……」
クララは私を見て、悪戯な笑みを浮かべていた。
公演が再開された。
クララの歌は本当に素晴らしく、あの騒動なんてなかったかのように、私はクララの世界に引き込まれていった。
曲を重ねる度に、クララの歌声が魂に刻まれていく。
歌声で、これほどまでに魂が揺さぶられたことはなかった。
気づいたら公演は終了していたほどだ。
「あの、ルマートさん。握手してください」
「私も!」
終演後、私はなぜかたくさんの観客から握手を求められてしまった。
クララが余計なことを言ったせいだ。
だが、素晴らしい歌を聴かせてくれたので帳消しにしよう。
「ルマートさんですか?」
「はい、そうです」
「クララの控室まで、お越しいただけませんか?」
「分かりました」
係の者に呼ばれた私は、クララの控室に案内された。
扉を開けた瞬間、満面の笑みを浮かべたクララが私に抱きつく。
「ルマートさん!」
舞台が終わったばかりで気持ちが高ぶっているのだろう。
騒動の安堵感もあると思われる。
「ルマートさん! 本当にありがとう!」
「クララが無事でよかったよ」
私はクララの肩にそっと手を乗せ、離れるように促した。
クララが私の顔を見上げる。
「ルマートさんって強いんだね。ビックリしちゃった」
「強いというか、私は元騎士だからね。ああいう現場は慣れているんだ」
「え?」
クララが瞳を大きく見開いた。
「ええー! ルマートさんってスヴェロイ騎士団の人だったの!」
「一応ね。引退したばかりだから、まだなんとか身体が動いたよ。ははは」
「ね、ねえ、そんな凄い人が、なんで屋台なんてやってるの?」
「串焼き屋を開くのが夢だったんだよ。ははは」
「そっか。夢を叶えたんだね。凄いなあ。ふふ」
「クララのほうが凄いよ。圧巻だった。歌のことは分からないけど、本当に感動したよ」
私はクララに感想を伝えた。
歌だけで人の心を動かすなんて、私には奇跡としか思えなかった。
「それにしても、ルマートさんの声量って凄いね。私より出てたもん」
「そんなことないさ。クララの歌声にはとても敵わないよ。本当に素晴らしい歌声だった」
「本当に?」
「ああ、感動したよ」
「惚れちゃった?」
「そうだね。ははは」
「もう! 嘘ばっかり!」
クララが頬を膨らませている。
舞台の上で見たあの神々しい歌姫とは違い、とても可愛らしい仕草だ。
「ねえ、ルマートさん。私にあの発声を教えてよ」
私の声の大きさには理由がある。
戦場では声が届かないと死ぬ場面が山ほどあったからだ。
クララのような美しい芸術とは正反対で、私の発声は血なまぐさい。
クララが触れるべき世界じゃない。
「私なんかより、もっと素晴らしい先生はいるさ」
「えーそうかな。ルマートさんよりも凄い発声をする人なんて見たことないよ?」
「たくさんいるよ。それに、私はただの串焼き屋のおじいちゃんだよ」
「ふーん……」
クララが目を細めて私を見つめている。
私の言葉を全く信用していないようだ。
「まいっか。ねえ、またお弁当を頼んでもいい?」
「それは大歓迎だよ」
「やったね! 屋台にも行くね。歌の練習がある時は、あの道を通るからね」
「なるほど。それでいつも急いでいたのか」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、今度は時間に余裕を持って来るようにね」
「うるさいな!」
頬を膨らませるクララと握手を交わし、私は会場をあとにした。
***
クララの舞台から数日が経過したが、私の耳には未だにクララの歌声が残っている。
それを思い出しながら、串焼きを焼く。
「ルマート様、聞きましたよ!」
「いらっしゃい、ルディ」
ルディが屋台に顔を出してくれた。
ベンチに座り、妙に嬉しそうな表情で私を見つめている。
嫌な予感しかしない。
「ルマート様、歌手クララの舞台に出たんですよね?」
「ち、違っ! 出てはないっ!」
「偶然にも非番の団員が会場にいたそうで、ルマート様の登場は大歓声が上がったと言っていましたよ」
「な、なんだって⁉︎」
あれを騎士に見られていたとは……。
恥ずかしいなんてものじゃない……。
「私はたまたま会場にいてね。暴漢がクララに襲いかかったから、取り押さえたんだよ」
「そう、その暴漢ですが、騎士団に身柄を引き渡されたので取り調べをしました」
焼き台に並べた肉から白煙が上がる。
同時に香ばしい匂いが広がった。
騎士団が介入しているのであれば、問題ないだろう。
「どうやら雇われていたようですね。クララを傷つけるというより、恥をかかせて舞台を台無しにするつもりだったようです」
「雇われた?」
「はい。雇ったのはエリアットという女歌手です。クララが台頭するまえまでは、歌姫と呼ばれていたそうですね」
「なるほどね。逆恨みというわけか」
「そうです。自分の実力を磨けばいいのに、他人のせいにして蹴落とそうとする。醜い嫉妬ですね」
ルディの言う通り、他人を蹴落とすのではなく、自分の実力を上げればいい。
とはいえ、なかなかできないものだ。
人間とは欲深い生き物だから。
「それにしても、ルマート様が円形劇場へ歌を聴きに行くとは驚きました」
「クララはお客さんでね。弁当を注文してくれたから、会場まで届けたんだ。そこでせっかくだからと舞台を見せてくれたんだよ」
「え? 弁当を始めたんですか?」
「そうだよ。串焼き弁当だ。美味しいよ」
「その弁当は騎士団でも注文できますか?」
「一人で作るからたくさんは難しいけど、注文は受け付けるよ」
「今度お願いしてもよろしいですか?」
「もちろんだよ」
焼き上がった串焼きを皿に乗せ、ルディに手渡した。
ルディは旨そうに頬張っている。
「あの、ルマート様。質問してもよろしいですか?」
「なんだい?」
「クララのような女性が好みなんですか?」
「なっ、何を言っている!」
突拍子もないことを言い出すルディ。
「孫のような年齢じゃないか。好みも何もないよ」
「そうなんですね。ですが、一応サーシャさんには黙っておきますね」
「べ、別に悪いことはしてないよ」
ルディの背後に人影が見えた。
私の知っている気配なのだが……。
「ルディ、先生を困らせたら怒るわよ?」
「サ、サーシャ!」
「先生、私もお弁当を注文したいです。毎日千個お願いします」
いきなり無茶を言うサーシャ。
ここは聞かなかったことにして受け流そう。
「なぜサーシャがいるんだい?」
「先生に会いに来ましたの」
氷の彫刻のように、美しく神秘的な笑みを浮かべるサーシャ。
サーシャは騎士団の女神と呼ばれ、絶世の美女として知られている。
ルディが小さく溜め息をついた。
「違いますよ。将軍会議です」
「ルディ、余計なことを言うと怒るわよ?」
「はいはい」
ルディはやれやれといった感じで、呆れながら串焼きを頬張る。
サーシャがその隣に座った。
「ところで先生。私以外に女がいるのですか?」
「い、いないよ」
「安心しました」
「そもそも、『私以外』ということも――」
「なんですか?」
首を傾けながら、満面の笑みを浮かべるサーシャ。
無言の圧力というか殺気を感じる。
これ以上は……何も言えない。
「女の嫉妬って嫌ですねえ」
「ルディ、殺すわよ?」
ルディは全く意に介さない。
旨そうに串焼きを頬張る。
「サ、サーシャ。串焼き食べるかい?」
「はい。愛情込めてくださいね」
「い、いや」
「愛情込めてくださいね」
「わ、分かったよ」
「嬉しいです。うふふ」
サーシャの剣は理詰めで相手をとことん追い込む。
私は剣なら受け流すことができるが、サーシャの言葉は受け流すことができなかった……。




