第24話 串焼き弁当3
イベント当日を迎え、早朝から五十個の弁当を作った。
手配した運搬用の馬車に弁当を積み込み、指定された場所へ向かう。
場所は街で最も大きい円形劇場だ。
私は過去、騎士の試合でこの劇場に立ったことがある。
「懐かしいな。それにしてもイベントとは何だろう。演劇か何かか?」
会場に入ると、スムーズに引き渡しが終わった。
クララがいるのか分からないが、舞台裏は非常に忙しないので邪魔になってしまう。
私はすぐに帰ろうと、出口に向かって廊下を進んだ。
「ルマートさん!」
廊下の奥からクララの声が聞こえた。
振り返ると……。
「え?」
「時間通りだね。ありがとう、ルマートさん」
「き、君は……、クララかい?」
「どこをどう見たって私でしょ?」
いつもの黒縁メガネに寝癖がついた三つ編み姿ではない。
水色の長髪は輝くほどの艶があり、まるで流れる水のようだ。
メガネを外し化粧をした姿は、神話の女神と見紛う。
「まだ着替える前だけど、メイクは終わったよ。どう? 惚れちゃった?」
「い、いや……」
「いや?」
見違えるほど綺麗になっている。
だが今考えると、化粧をする前からクララは綺麗な顔立ちだった。
「驚いたよ。まさか寝癖の娘がこれほど美人だったとはね。はは」
「一言余計なんですけど?」
「す、すまない。もしかして、クララは舞台に立つのかい?」
「立つも何も、私が主役なんですけど?」
「え?」
「ねえ、歌姫クララって聞いたことない?」
「え、えーと……。ははは」
正直、芸能関係は全く知らない。
クララが少しだけ呆れたような表情を浮かべていた。
「自分で言うのは凄く恥ずかしいんだけど……。私歌手なの。人気あるんだから」
「そ、そうだったのか。でも、今の姿を見ると確かに姫君そのものだよ」
「その言い方、本物を見たことあるみたいだね」
「昔、ちょっとね。はは」
私は騎士の任務で王族の護衛をしたことがあった。
もちろんその時に、王女のお姿を拝見している。
「ルマートさん。私の魅力に気づいたでしょ?」
「そうだね。本当に綺麗で驚いたよ。あの寝癖からは想像もできなかったな」
「だーかーらー! 一言余計なんですけど!」
クララが頬を膨らませる。
綺麗な化粧をしても、クララはクララだった。
「ねえ、ルマートさん。今日は時間ある? 私の歌を聴いていってほしいな」
「え? いいのかい?」
「うん。観ていってよ。それで私に惚れちゃってね」
「あはは、そうさせてもらうよ」
「もう、なんか大人の余裕って感じ。全部流されちゃうんだけど」
「本気じゃない言葉だからね。それに年寄りだから動じないのさ。はは」
「ふーん。じゃあ、今度本気で言ってみるね」
本気ではない言葉は軽く受け流すことができる。
それに、これはどう考えてもクララの冗談だ。
場の空気を和ませてくれているのだろう。
優しい娘だ。
「ははは。待ってるよ」
「本気にしちゃうぞ?」
「はは、老人をからかうんじゃないよ。では、客席へ行かせてもらうよ。頑張って」
「うん、ありがとう」
私は客席へ移動した。
会場は超満員だ。
弁当を運んだだけなのに舞台を見させてもらえるなんて、申し訳ない気持ちになってしまう。
しばらくすると、大歓声に迎えられてクララが登場した。
十人の楽団を従え美声を披露するクララ。
「す、凄い……」
私は圧倒された。
クララの美声とその声量は神がかっている。
「声だけで、これほど心を揺さぶられるとは……」
周囲の観客に目を向けると、涙を流す者が続出していた。
その気持ちはとてもよく分かる。
クララの歌声は、魂に直接語りかけてくるような圧倒的な力を持っていた。
◇◇◇
「さて、暴れんぞ」
「あの女も今頃どこかで見てんだろ?」
「ステージを荒らしたら、すぐに逃げるぞ」
「おし、行くぞ!」
四人の男が舞台へ走った。
◇◇◇
「ん? あれは?」
客席の通路から舞台へ走る人影が見えた。
四人の男だ。
もしかしたら、クララが襲われるのかもしれない。
私はすぐに舞台へ走った。
異変に気づき、客席がざわつく。
さすがにクララも歌を止めた。
「え? な、なに?」
男たちは制止する警備員を突き飛ばして、上手から舞台に上がっていく。
そして、クララに向かって何かを投げつけた。
「クララ! 危ない!」
反対側の下手から走った私は、叫びながら舞台用の木の棒を拾い、急いで舞台に上がった。
投げつけられた物体が、クララに向かって弧を描く。
見極めると、どうやら腸詰めの液体のようだ。
このままだとクララが液体を浴びてしまう。
中身が分からない以上、放置はできない。
「クララ!」
私はクララの前に出て、木の棒を剣のように構えた。
そして、木の棒で腸詰めを受け止める。
受け流しの応用だ。
腸詰めが破れないように衝撃を吸収し、そっと床に下ろした。
「ル、ルマートさん!」
「クララ、下がれ! 危険だ!」
「は、はい」
クララに指示を出し、私は男たちに身体を向けた。
「おいおい! なんかジジイが出てきたぞ!」
「構わねえ! ぶん殴れ!」
「腸詰めはあと一個しかねえ! クララを汚して早く逃げるぞ!」
「おい、クララが下がっちまう!」
ステージ下手に走るクララを追って、男たちが舞台を走る。
私は息を大きく吸い込んだ。
「止まれっっっっ!」
腹の底から声を発した。
さすがは劇場だ。
私自身も驚くほどの音量で、声が反響していった。
「ひぃぃぃぃ!」
私の声に驚いた男たちは、その場で静止した。
私はすかさず棒を振り、四人の足を刈り取る。
男たちはその場で横転し、激しく背中を床に打ちつけた。
「大人しくしろ。動けば容赦しない」
「ぐぅぅ」
倒れている四人に対し、私は木の棒を向けて制圧した。
殺気を込めたので、本物の剣に見えていることだろう。
「つ、捕まえろ!」
警備員たちが舞台に上がり、男たちを拘束した。
「ふうう、クララは無事だったようだな」
邪魔は入ったが、幸いにも怪我人はいないようだ。
私は舞台を降りようと下手に向かう。
すると、客席から大歓声が上がった。
「い、いや、見せ物ではないのだが……」
もしかして、演出だと思われたのだろうか。
あまりの恥ずかしさに、私は早足で客席の一番後ろへ移動した。




