第23話 串焼き弁当2
自宅のキッチンで、弁当をいくつか作ってみた。
「弁当だから、冷めても旨い肉にしないとな」
高級肉の黒毛牛や大角鹿は極上の旨さなのだが、弁当としては高くなってしまう。
屋台の弁当なのに、レストランと同じ金額になってしまったら見向きもされないだろう。
「あの娘は赤羽鶏が好きだと言っていたな……」
弁当用の肉は赤羽鶏の胸肉を使うことにした。
畜産動物のため安定して入荷できるし、何より安価だ。
「時間が経つとパサパサしてしまう胸肉をジューシーにする方法か……」
知り合いの漁師が、海水に肉を漬けると柔らかくなると言っていた。
やってみる価値はありそうだ。
さっそく、いくつかの塩水を作り胸肉を漬けてみた。
「こ、これは……。想像以上に柔らかくなったぞ。漁師の知恵は凄いな」
肉の柔らかさとジューシーさは、安価な赤羽鶏とはとても思えない。
さらに、塩水に葡萄酒やハーブなどを加えて下味もつけてみると、高級感のある華やかな味へと変わっていった。
「手間はかかるが、これは旨い。これで弁当を作ってみよう」
それから仕事が終わると、自宅で試作を繰り返した。
***
「おじさん! 傘持ってきたよ! 返すね!」
「お嬢ちゃんか。一週間ぶりだね」
「私、クララっていうの。名前で呼んでよ」
いつものように黒縁メガネで三つ編み姿なのだが、髪が少し跳ねている。
寝癖だろうか。
「私はルマートだ。よろしく、クララ」
「串焼きルマート……。ルマートって、おじさんの名前だったんだ。あはは」
屋台の看板を見て笑うクララ。
何がおかしいのだろうか?
若い娘の考えていることは分からない。
「おじさん、今日は少しだけ時間があるから串焼き一本食べたいな。黒毛牛がいい」
「高いよ?」
「あー、私のこと貧乏だと思ったでしょ。見た目で判断しちゃダメだよ? 私お姫様なんだよ?」
自分のことを姫と言うなんて、なんとも可愛らしい。
付き合うことにしよう。
「それは失礼いたしました。クララ姫」
私はクララに対し、騎士の敬礼を披露した。
「わあ、ルマートさん騎士みたい! かっこいい!」
元騎士なのだが、いちいち言うことでもない。
私は高級肉の黒毛牛を焼き台に置いた。
「クララは今日も仕事なのかい?」
「そうだよ。でも、ようやく落ち着いてきたんだ」
「そうか。ほら、立ってないで座って待っていなさい」
「はーい! ルマートさんって、何だか学校の先生みたい。あはは」
クララと話していると、それこそ弟子たちと話しているような感覚になる。
クララは不思議と人を惹きつける魅力があった。
「焼けたよ」
「うわー、いい匂い!」
焼き上がった黒毛牛を頬張るクララ。
「うっわ! 何これ美味しい! 口の中で溶けた! え? 手品⁉︎」
これほど旨そうに食べてもらえると、こちらも嬉しくなる。
クララは頬を手で押さえ、瞳を閉じて味を堪能していた。
「あー、美味しかった。そろそろ行かなきゃ。また来るね」
「クララ。よかったら、これをあとで食べてもらえないかな?」
私は串焼きと一緒に、串焼き弁当用の肉も焼いていた。
「なにこれ?」
「串焼き弁当だよ。急いでるクララからヒントをもらって作ったんだ。冷えても美味しく食べられるよ」
「へえ、お弁当かあ。嬉しいかも。休憩中に食べるね」
クララがカウンターにお代を置いた。
「ん? 多いよ?」
「お弁当代もあるでしょ?」
「いやいや、これは感想を聞きたいからお代はいらないよ?」
「だーかーらー! ここでそんな商売してたら潰れちゃうの! いいからもらいなさい! 姫の命令よ!」
「そ、そうだったね……」
私は姿勢を正し、敬礼した。
「格別のご下賜にあずかり、謹んで御礼申し上げます」
「そうそう、それでいいのだ! 騎士ルマート!」
クララが威張った表情で、両手を腰に当て胸を張った。
「あはは、じゃあね! ルマートさん!」
笑いながら裏路地を走っていくクララ。
その手には、弁当と傘が握られていた。
「あ、傘……」
傘を返しに来たのに、クララはまた持っていってしまった。
***
数日後、クララが屋台に姿を見せた。
「もう! 何であの時言ってくれなかったの!」
クララは頬を大きく膨らませながら、傘を返してきた。
「いらっしゃい、クララ。元気がいいね。ははは」
「今日はちゃんと返すよ!」
傘を受け取ると、クララはベンチに座った。
ということは、今日も時間があるのだろう。
「ルマートさん。あのお弁当凄く美味しかったよ。美味しすぎて、すぐなくなっちゃったもん」
クララは詳しく感想を教えてくれた。
概ね好評だが、肉の大きさをもう少し小さくすることと、量を増やすことを提案してくれた。
その意見を元に、また改良しようと思う。
「ねえねえ、ルマートさん。お願いがあるんだけど、いいかな?」
「どうしたんだい?」
「来週、あのお弁当を五十個用意してもらいたいんだけど、大丈夫?」
「ご、五十個も? 一人でそんなに食べるのかい?」
「食べられるわけないでしょ! もう!」
クララが頬を膨らませた。
それでも可愛らしいから不思議だ。
「みんなの分なの。あのお弁当をつまんだ人が味に感動してね。イベントで食べたいって言い出したんだ」
「イベント?」
「うん。来週ちょっと大きなイベントがあってね。大丈夫かな?」
さすがに五十個は多いが、屋台はちょうど休みだ。
朝から作れば大丈夫だろう。
「ああ、問題ないよ。用意しよう」
「じゃあ、お金先に払うね」
「いいのかい?」
「むしろこの街で商売するなら、先にお金をもらわないとダメだよ?」
「わ、分かった。ありがとう」
クララは串焼きを一本食べて、金を置いていった。
◇◇◇
裏路地の酒場。
世間一般的に、場末の酒場と呼ばれるだろう。
そこには小さな舞台があった。
「いいぞ! 姉ちゃん!」
「もう一曲!」
女が歌い終えると、酔っ払いどもが歓声を上げた。
女は客のことなんてろくに見ず、乱暴な足取りで控え室へ下がっていく。
「なんでこの私が! こんなところで!」
女は叫びながら、脱いだ靴を壁に投げつけた。
激しい音を立てて床に転がる靴。
「全部あの女のせいだ! ぶっ潰してやる!」
着替えた女は顔を隠しながら、薄暗い店内のテーブルへ移動した。
四人の男がテーブルを囲んでいる。
女が呼び出した男たちだ。
「十万リアでどう?」
「おいおい、こっちだってリスクがあんだよ。三十万リアだ」
「ちっ、チンピラのくせに……」
女は苛つきを隠さず舌打ちをした。
そして、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「前金で十五万リア。終わったら残りを払うわ。それでいいでしょ?」
「いいだろう」
「これだけ払うんだから、めちゃくちゃにしてよね」
女はそう言い残し、金が入った革袋をテーブルに置き、荒々しい足取りで店を出た。
「おい、言わせっぱなしでいいのか?」
「あんなクソ女の言うことなんて、いちいち気にすんな」
「そうそう、強烈なライバルの出現で人気がなくなったんだとよ。かわいそうな女なんだよ」
「あの女じゃなあ。ライバルにすらならんだろ。わはは」
リーダー格の男がビールのジョッキを手に持った。
「女の嫉妬は怖いぜ。くくく」
◇◇◇




