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伝説の老騎士、定年退職して裏路地で屋台を始める  作者: 犬斗


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第22話 串焼き弁当1

「急に冷え込んできたな」


 昼までは快晴だったが、午後から急激に天候が崩れた。

 私は屋台から顔を出す。

 上空を見上げると、厚い雲に覆われていた。


「おっと、降ってきたか。今日はもう店じまいだな」


 雨が降ると客足は遠のく。

 屋台の宿命だ。

 雨の影響で肌寒さを感じるが、串焼きの炭火が身体を温めてくれる。

 私は屋台の片付けを始めた。


「あれ? もう閉めちゃうの?」


 一人の娘が声をかけてきた。

 黒縁のメガネをかけており、水色の長い髪を一本の三つ編みにしている。

 薄緑のロングスカートのワンピースは、今どきの若者にしては地味かもしれない。


「雨が降ってきたからね。今日はもう閉店するよ」

「ねえ、おじさん。最近開店したばかりでしょ? 前は野菜を売っていたと思うんだけど」

「おじさん? もうおじいさんだよ。はは」

「えー、おじさんにしか見えないけどなあ。って、そんなことはどうでもよくてっ!」


 頬を膨らませて、不満げな表情を浮かべている。

 まだ十代後半くらいの子供だろう。


「すまんすまん。一か月前にこの店を出したんだ。串焼き屋だよ」

「そう! いつもいい匂いがしてたから食べたいと思ってたけど、お店閉めるの早いんだって!」

「え? 日没までは営業しているよ」

「だーかーらー! この路地で串焼き屋なんて、夜が本番でしょう!」

「え!?」

「ええ!」


 私の反応に対し、娘はメガネの奥で瞳を大きく見開いていた。


「おじさん! もしかして、そんなことも知らなかったの! この先は酒場が多いから、夜が儲かるんだって!」

「そ、そうかもしれないがね……」


 もちろん私だって酒場が多いことや、串焼きは夜の営業のほうが儲かるであろうことも知っている。

 だが私は四十五年間、特殊任務以外は早寝早起きをしてきたことで、夜遅くまで起きられない。

 そのため、昼前に営業を開始して日没で店を閉めている。

 それに店を閉めてからも、やることは山ほどあるのだ。


「ははーん。分かったぞ。おじさんもしかして、夜眠くなっちゃうの?」

「そ、そんなこと……」


 急に恥ずかしくなり否定しようと思ったが、眠くなるのは事実だ。

 六十にもなって、こんな若い娘に恥ずかしがる必要もない。


「いや、そうなんだよ。もう歳だから、眠くなってしまうんだよ。ははは」

「やっぱりー。私、この時間はいつも仕事前だから食べられないし、帰りはもう閉まってるから一度も食べられないんだよ! 串焼きめっちゃ食べてみたいのに!」

「それは申し訳ない。今から焼こうか?」

「だから時間ないって言ってるじゃん!」

「そ、そうか」

「あ、もう行かなきゃ! じゃあね、おじさん!」


 娘のメガネに水滴がつく。

 雨はこれから本降りになりそうだ。


「待ちなさい!」

「なに!?」

「これを持っていきなさい」


 私は娘に傘を手渡した。


「え? いいの!」

「ああ、私はもう帰るだけだからね」

「ありがとう! 今度返すねー!」


 娘は傘を持ったまま、慌ただしく走っていった。


「傘、ささないのか」


 私は娘の後ろ姿をしばらく見つめた後、片付けを終わらせ帰宅した。


 ***


「ふう、今日はここまでかな」


 日没と同時に店の看板を外す。

 片付けを始めると、背中をポンポンと二回叩かれた。


「おじさん!」


 振り返ると、笑顔を浮かべている黒メガネの娘が立っていた。

 先日のあの娘だ。


「今日ももう終わっちゃうの?」

「ああ、そうだよ」

「もう! また食べられなかった!」

「はは、なんとなく今日は来ると思ってね。一本用意してあるんだよ」


 実はあの日以来、毎日営業終了時に一本だけ串焼きを焼いていた。

 食べたいと言ってくれたことが嬉しかったなんて本人には言えないが、私は待っていた。


「そろそろ焼けるよ。食べてみるかい?」

「え! いいの!」

「もちろんさ」

「仕事前はどうしても時間がなくてねー。女の支度は時間がかかるんだもん」

「支度?」


 ボサボサの頭で、メガネの奥は化粧をしていると思えないが、ここは触れるべきではないだろう。


「おじさんの考えてること、分かるんですけど?」

「な、なんのことかな」


 私はとぼけながら、炭火台へ移動した。

 すでに用意していた串焼きから白煙が上がっている。

 鶏皮からフツフツと脂が湧き始めると同時に、塩胡椒と特製ハーブをまぶす。

 香ばしさが一気に広がった。


「串焼きは赤羽鶏(ポローレ)だけど大丈夫かい?」

「やった! 赤羽鶏(ポローレ)大好き!」


 表面には食欲をそそる焦げ目がついており、肉汁が滴る。


「はい、できたよ」

「やったー!」


 娘に手渡すと、息を吹きかけ冷ましながら口へ運んだ。

 目を閉じて味わっている。


「これ……」

「ど、どうした?」


 瞳をカッと見開くと、涙が溢れそうなほど潤んでいた。


「めっちゃ、美味しい! なにこれ! ヤバいよ! 本当に美味しい!」


 そこまで喜んでもらえるとは思っていなかった。

 

「うわー。この鶏皮の香ばしさと、パリッとした歯ざわりが癖になりそう。でも肉は柔らかくてジューシー。爽やかなハーブのおかげでサッパリしている」


 串には切り分けた肉が四つ刺さっている。

 娘は二口食べたところで、串焼きを見つめた。


「おじさん。この串焼きって、本当に考えられているんだね。凄いなあ。めっちゃ美味しいよ。感動しちゃった」

「そこまで喜んでもらえて嬉しいよ。ありがとう。はは」

「もう一本食べたい! でも時間が! ああ、行かなきゃ! おじさん、いくら!」


 娘の表情は明らかに葛藤していた。

 本気で食べたいと思ってくれているようだ。


「え? お代は構わないよ。味わってほしかっただけだからね」

「ダメダメ! ここでそんな商売したら、すぐに潰れちゃうよ!」


 娘が勢いよく、カウンターに硬貨を置いた。


「これで足りる?」

「いや、多いって。今日のお代はいいから、また来た時にでも――」

「あ!」

「ど、どうしたんだい?」

「借りた傘忘れちゃった!」

「それは別にいつでもいいよ」

「じゃ、行くね! またね、おじさん!」


 金を返す前に、娘は裏路地を走っていった。

 小さくなっていく娘の背中を眺めながら、ふとアイデアが浮かんだ。


「持ち帰りで、しっかり食べてもらえるようにしたらどうだろうか……」


 私の串焼きは、焼き立てをすぐに食べるスタイルだ。

 冷めると味が落ちる。

 しかし、工夫してみる価値はあるだろう。


「串焼き弁当を作ってみるか……」


 営業時間を変えずに売り上げを伸ばしたいと思っていたので、いいアイデアかもしれない。


「うん。やるだけやってみよう」


 私は急いで片付けて、自宅へ帰った。

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