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伝説の老騎士、定年退職して裏路地で屋台を始める  作者: 犬斗


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第20話 手作り串と弟子3

 ◇◇◇


 ルマートが訓練場の中心に立ち、久しぶりに自宅から持ち出した剣を抜く。

 その所作に、歴戦の騎士たちすら圧倒されていた。

 先ほどのルディの緊張感とは違う。

 剣を抜いただけなのに、全員がルマートと一対一で対峙しているような錯覚を受けていた。


 ルマートが騎士たちを見渡す。


「まずは剣のコントロールです。狙った位置を寸分の狂いなく斬るための訓練になります」


 木の台に、串の素材となる丸太が置かれている。

 本来は厚刃のナイフや鉈で切れ込みを入れて、ゆっくりと刃を叩きながら裂くように割って薄い板を作っていく。


 ルマートはそれを剣で一気に斬るつもりだ。

 それは剣先の僅かなブレも許さない。

 剣筋は美しい直線を描く必要がある。


「剣と腕と肩が全て一体化したイメージを持ちます。そのためには下半身の安定が重要です。大地に根付く大木のようにどっしりと構え――」


 ルマートが剣を振り上げると、そこで動きを止めた。

 本来はこの状態で止めてしまうと剣先がブレる。

 だがルマートには関係ない。


「狙った場所へ、一気に振り下ろします」


 そう言った直後、すでに剣は振り下ろされていた。

 丸太は斬られたことに気づかないが如く元の形状を保っている。

 ルマートが剣を僅かに斜めに傾けると、薄い板が一枚倒れた。


「丸太を板状に斬りましたが、ここで重要なのは土台を一切傷つけないことです。止めるべきところで止める。これが大切です」


 ルマートの剣は隊長クラスにしか見えていない。

 ほとんどの騎士にとっては、気づいたら剣が振り下ろされていただけだ。

 見習いたちに至っては、ルマートの言っている意味すら分からない。


「ルディ、見えたか?」

「はい。ですが、真似はできませんけどね。僕でも板の厚さが僅かに変わってしまいます」

「そうだな。俺は土台まで斬っちまうよ」


 ジルベールとルディは、背筋が凍る思いでルマートの剣を見つめていた。


 ルマートは構わず全員を見渡した。

 ルマートも騎士たちの理解度は把握している。

 だが、ここで分からなくても、鍛練すれば必ず習得できると信じている。


 続いてルマートは、先ほど斬った薄い板を慎重に立てた。

 息を吹きかければ倒れるほどではあるが、ルマートには意図がある。


「次はスピードです。これほど薄い板であれば、僅かな風でも倒れるでしょう」


 ルマートがルディに視線を向けた。


「ルディ将軍。どうすればいいか、お分かりですか?」

「はい。倒れる前に斬る、です」

「その通りです」


 ルマートが板に息を吹きかけるとパタンと倒れた。


「先ほどのコントロールを忘れずに、スピードと手数を加えます。ただし、剣のスピードを上げて手数を増やしても、剣筋は一切変えてはいけません」


 もう一度板を立て、即座に剣を振るルマート。

 幾重もの残像が発生した。

 見習いの目には、ルマートの剣は完全に消えて見えただろう。


「す、凄い……」

「本当に……お師匠は……」


 思わず声を漏らすルディとジルベール。

 薄い板が倒れると同時に、三十本の串に分かれた。

 寸分違わず、同じ太さの串だ。


「まずは板を斬ってみましょう。板を斬ったら、次は串を斬り出します。最初は串を二本から。それから徐々に増やしていきます」


 騎士たちが剣を振り始めた。

 その様子を見て回るルマート。


「少しずつで大丈夫です。とにかくできるまで繰り返しましょう」


 ルマートの教え方は丁寧で、時折実演も見せていた。

 その様子を眺めるルディとジルベール。


「懐かしいな。これが地獄の始まりなんですよね」

「そうだな。俺たちは必死についていったよ」


 ルマートの訓練は、できるまで延々とやる。

 一万回やってもできなければ十万回、それでもできなければ百万回と繰り返す。

 そうしてようやくできるようになると、次は再現性を重視する。

 二回連続できても、それは偶然だと言う。

 十回、百回、千回連続とできるようになるまで、ただひたすら繰り返す。


 ルマートの訓練は、ほとんどの者が途中で根を上げる。

 だが、四騎士(クトゥルテス)たちだけは諦めなかった。

 巷では天才剣士と呼ばれている四騎士(クトゥルテス)たちだが、本当の姿は努力だ。


 手の皮が剥け、肉が削げ落ち、骨が見えようが剣を振った。

 泣きながら剣を振った。

 もちろんその隣で、弟子を鼓舞しながらルマートも一緒に剣を振った。


「ルマート様って、弟子と同じ回数、剣を振るんですもの。追いつけるわけがありません」

「そうだな。お師匠がやめないから、俺たちもやめられない。根気比べだったよ」

「そんな生易しいものではありませんよ。あれは本当に地獄だったなあ」


 ルディの言葉を聞いたジルベールは、「お前は余裕でついていっていただろ」と心の中で突っ込んでいた。

 最も苦労したのはサーシャだ。


「サーシャは大変だったよな」

「そうですね。サーシャさんは、それこそ血の涙を流しながら百万回剣を振りましたからね」


 サーシャは身を以てルマートの優しい厳しさを知っている。

 だからこそ、サーシャが剣を教える時は一切の妥協をしない。

 現在の騎士団で、最も厳しい訓練を行うのはサーシャだ。

 死人が出るとも言われるほど厳しい訓練だった。


 ***


 朝から始まった訓練は、夕方まで続けられた。

 騎士たちのモチベーションは高く、全員が必死で剣を振っている。

 手が血だらけになろうとも、誰一人として弱音を吐かない。

 ルマートの意思を継いだ四騎士(クトゥルテス)たちが、今の騎士に叩き込んだ精神だ。

 その姿を見て感極まるルマート。


「年を取ると、涙もろくて敵わないな。はは」


 ルマートの肩をルディが叩いた。


「ルマート様。感動するのは早いです」

「ん? どういうことだい?」


 ルディの隣に、ジルベールが並んだ。


「お師匠、最後にアレをやっていただけませんか? せっかく俺とルディが揃ったのでね」

「い、いや、君たちの立場もあるだろう?」

「今さら何を仰いますか。団員たちはすでに、お師匠の奇跡のような剣を見ているんです」

「そうか……。分かったよ。じゃあ、久々にやろうか」

「はい! お願いします!」


 ルディの指示で木剣が四本用意された。

 ルディとジルベールが一本ずつ、ルマートが二本持った。

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