第18話 手作り串と弟子1
「今日はいい天気だな」
屋台の中から空を見上げると、雲一つない透き通った青空が広がっていた。
騎士時代からは考えられないほどの、穏やかな時間が流れる午後だ。
私はナイフを動かし、串焼き用の串を作っていた。
木材屋で串の長さに切断してもらった丸太を購入し、それを私が一本一本串の細さに切り分けていく。
大変な作業ではあるが、串焼きにとって串は命とも言えるため、欠かすことのできない作業だった。
それに屋台は常に忙しいわけではない。
空き時間を有効活用できるし、経営面からも経費が削減できる。
完成した串を買うとなると、それなりに費用がかかってしまう。
木を削る音が心地よい。
神経が研ぎ澄まされていくようだ。
これは精神集中の修業にいいかもしれない。
「っと、私はもう騎士じゃないんだ。はは」
自分が切った串を眺める。
物が手元に残る工作は好きだ。
「失礼します!」
突然大きな声が聞こえると、一人の客がベンチに座った。
「いらっしゃ――」
「お師匠、お元気ですか!」
「き、君は! ジルベール!」
想像もしていない客が訪れた。
四騎士の一人、ジルベールだ。
「師匠、やっと食べに来られましたよ」
「来てくれるのは嬉しいが、どうしてジルベールがこの街にいるんだい?」
ジルベールは将軍として、スヴェロイ王国第二都市ファルセーナの防衛を指揮している。
簡単に来られる立場でもないし、距離的にも遠い。
「はは、無理やり出張ということにしています。先ほどルディと会ってきましたよ。後で来るそうです」
「そうか。まあ、騎士団に問題なければ歓迎するよ」
「ありがとうございます! がははは」
豪快に笑うジルベールは『豪剣』の二つ名を持つ。
私の弟子の中で最も身長が高く、筋肉質な体型だ。
とはいえ、柔と剛を兼ね揃えた剣士でもある。
四騎士ほどの剣士になると、全てにおいてレベルが高い。
その中で、各々さらに突出した長所を持っている。
両手剣のツヴァイハンダーを使いこなすジルベールの剣は、破壊的な威力が特徴だった。
「お師匠、ひとまず十本焼いてもらえますか?」
「十本、さすがだね」
「はい。肉は筋肉を作ります。そして、『食事は身体を作り、心を豊かにする』です」
「はは、私の言葉を覚えていてくれたんだね」
「当たり前です。お師匠の言葉は全て覚えていますとも。がははは」
私は黒毛牛、黒長豚、赤羽鶏を焼いた。
これらの肉は家畜として人の手で育てられているため、肉は入手しやすく品質も一定だ。
焼き台から白煙が上がり、ジュージューと小気味よい音が響く。
「この音が堪りませんな」
「そうだね。この音も集客になっているんだよ」
焼き上がった肉を皿に乗せてジルベールに渡した。
十本もの串焼きになると山盛りだ。
「くぅぅ、旨い! これはいくらでも食べられますな。がははは」
「今日はジビエもあるよ? 食べるかい?」
「おお! いいですね! お願いします!」
ジビエの仕入れは日によって変わる。
猟師ギルドや冒険者ギルドの狩猟状況によるためだ。
「今日は市場に巻角羊が入っていたんだよ」
「巻角羊ですか。そりゃいい。脂肪が少ないから身体にもいいですしね。五本もらえますか」
焼いた肉を片っ端から豪快に食べていくジルベール。
その食べっぷりは見ていて気持ちいいほどだ。
若者が食べる姿を見るのは嬉しい。
ジルベールは食べながらも、さらに肉を追加していく。
「さて、ここら辺にしておきますか」
「に、二十本か……。さすがだね。はは」
「まだ食えますがね。がははは」
厳しい訓練を行う騎士だ。
むしろたくさん食べなければ体力がもたない。
「スープを飲むかい?」
「はい。いただきます」
野菜スープは食事の締めにいいと好評だった。
特に女性客に人気がある。
ジルベールにスープを出し、手が空いた私は再度串を切り始めた。
「お師匠、ここの串は手作りなんですか?」
「そうだよ。空き時間を活用できるし、何より経費を削減できる。一石二鳥だよ。はは」
「なるほど」
ジルベールは私の手を凝視している。
「それは訓練にもなりますな」
「訓練? ああ、確かにね。細かい作業は刃先のコントロールに繋がるね」
「俺もやってみていいですか?」
「構わないよ」
ジルベールに串の元となる薄い板とナイフを手渡した。
「板の端に切れ込みを入れて、一本ずつ切り出すんだ」
「分かりました」
ジルベールが器用に串を切り出していく。
この国で最強を誇る将軍がやる作業ではないのだが、その表情は楽しそうだ。
「これはなかなか楽しいぞ。だが、想像以上に大変な作業だな」
呟きながら腕を動かすジルベール。
初めてとは思えない手際のよさだ。
「お師匠一人の作業では、串が足りなくなるのではありませんか? 今日だって俺が二十本も食っちまったし」
「それは全然大丈夫だよ。たくさん作っているしね」
「ひとまず二十本作りました。自分が食った分です。がははは」
私はジルベールが切った串を一本手に取った。
見事としか言いようがない。
「さすがだな。切り口も美しいし串の太さも揃っている」
「おお、お師匠に褒められました! サーシャに自慢します!」
屈託のない笑顔を浮かべるジルベール。
突然、何かを思いついたような表情に変化した。
「お師匠、これを騎士団の訓練に取り入れてみたいのですが、どうですかね? お師匠が仰る通り、刃先のコントロール向上にうってつけです。それに、お師匠の串作りの負担が減る。一石二鳥ですよ。がははは」
「こんなことを騎士にやらせるわけにはいかんよ」
「いや、これは切実な問題でもあるんです。最近の若手は一撃必殺を狙いすぎる。技術よりも力と考える者が多い。俺は何度も注意をしているんですよ」
ジルベールの豪快な剣術は、繊細な技術の上に成り立っている。
ジルベールほど柔と剛を極めた剣士もいないだろう。
「俺はお師匠に、剣のコントロールを散々叩き込まれましたからね」
「基礎中の基礎だからね」
「基礎とはいえ……。今でも……思い出したくないほど……地獄の訓練だった……」
ジルベールの顔が、みるみる真っ青に変化していく。
私としては普通に教えていただけに心外だ。
「はは、分かりますよ、ジルベールさん」
「おお、ルディか。待っていたぞ」
この街の将軍ルディが姿を見せた。
ルディは四騎士の最年少で、『雷剣』の二つ名を持つ。
「ルマート様の訓練は本当に地獄ですからね。あれを乗り越えた自分を褒めたいですよ。はは」
「何を言うか。お前は悠々とこなしていただろうが。この怪物が」
「そんなことないですよ、ジルベールさん。本当に……何度死ぬかと思ったことか……」
ルディもまた顔を青く染めた。
言いたい放題の弟子たちだが、こうして引退した私を気にかけてくれることは本当に嬉しい。




