表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伝説の老騎士、定年退職して裏路地で屋台を始める  作者: 犬斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/20

第15話 優しいスープ3

 私は、ベンチで横になる女性に視線を向けた。

 顔のアザもそうだが、頬も少し痩けているし心配だ。


「少し早いが、今日は店じまいしよう」


 私は早めに店の片付けを済ませた。


 湯を沸かし、少しだけ炙った赤羽鶏(ポローレ)のもも肉を茹でる。

 そして、ニンジン、タマネギ、ジャガイモを小さく刻み鍋に入れた。

 塩と胡椒で味付けをして、薬膳ハーブで仕上げる。

 赤羽鶏(ポローレ)と野菜スープの完成だ。

 煮込んだ赤羽鶏(ポローレ)は、ホロホロと勝手に身が崩れるほど柔らかい。


「わ、私……」


 スープが完成すると同時に、女性が目を覚ました。


「すみません! やだ、寝ちゃったみたいで!」


 気絶したことに気づいていないようだ。

 女性の様子を見ながら、私はスープを入れたカップを手渡す。


「スープです。召し上がってください」

「あ、ありがとうございます」


 きっと女性は昨日から何も食べていないのだろう。

 スープなら胃が受け付けるはずだ。


「お、美味しいです」

赤羽鶏(ポローレ)の出汁は優しい味ですよね。薬膳ハーブと小さく切った野菜を入れています。消化もいいですよ」

「ありがとうございます」

「お代わりもあるのでゆっくりどうぞ」

「お野菜が柔らかい……」

「はい、煮込んでありますからね」


 女性はゆっくりとスープを飲む。


「う、うぅ。美味しいです。本当に美味しいです」


 女性から大粒の涙が零れ落ちた。

 涙を拭うことなく、スープを飲んでいる。


「美味しいと言ってくださるのが、一番嬉しいです。はは」

「うぅ、うぅぅ」

「お代わりをどうぞ」


 今はとにかくスープを堪能して欲しい。

 女性の顔色が少しずつ戻ってきたようだ。

 涙を流しながら、二杯目のスープも完食してくれた。


「こんなに美味しくて、優しいスープは初めてです」

「ありがとうございます」

「あの……。私、どうしても仕事に行きたくなくて……」


 女性は明言しないが、仕事の内容はもう分かっている。

 身体を売ることだ。


「それがあなたの本心です。恐怖で心を支配されていただけなのです」


 私が騎士だった頃、とある戦地で小さな村を占領した。

 恐怖で支配しても住民は反発するだけだ。

 私は炊き出しを行い、料理で交流を図ったことで大きな問題は発生しなかった。

 料理は人の心をほぐし、安心を与える。


 迷ったような表情を浮かべている女性を見つめていると、屋台の外から人の気配を感じた。


「てめえ! またここにいたのかよ!」


 怒声と共に、昨日の男が姿を見せた。

 きっと女性を探していたのだろう。


「これから仕事だろうが! 早く来い!」


 女性の手を引っ張ろうと、男が手を伸ばした。

 私は男の手首を掴む。


「女性を物のように扱うのはやめなさい」

「なんだジジイ! てめえ、殺すぞ!」

「聞こえなかったか? 女性を金づるにするなと言っているんだ」

「い、いてー! 放せよ! ジジイ! 殺すぞ!」


 私は男の手首を捻った。

 男が片膝をつきながらも、悪態をつく。


「いてーよ! やめろっつってんだろ!」

「私の言ったことが理解できないのか?」

「こいつは俺に惚れてんだ! こいつが勝手に金を持ってくんだよ!」


 男が本性を現してきた。


「ち、違……。お金がないって言うから……。私のことが必要って言うから……」

「俺に反抗すんのか! またぶん殴って髪切るぞ!」

「いえ……その……」


 女性は完全に脅えている。

 これはもう恋愛でもなんでもない。

 私は震える女性を見つめた。


「目を覚ましなさい。この男はあなたを金づるとしか思っていない」


 私は男の手を放し、女性の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「あなたはその大切な身体を売ることになる。この男に金を渡すためだけに望まない行為をする。あなたに残るものは?」

「私に……残るもの……」

「心と身体に傷が残るだけです」

「傷……」

「あなたの身体も心も、あなたのものです。あなたが心から望むことをやりましょう」

「わ、私……」


 女性は右手で左手の手首を握りながら、自分の胸に腕を押しつけている。

 少し震えながら、私の顔を見つめてくれた。


「私、ルマートさんの串焼きをもっと食べたいです」


 これはただ食べたいという意味ではない。

 男の束縛を離れることを決意した言葉だ。

 この決断は素晴らしいと思う。


 女性の本心を聞いた私は、男に視線を向けた。


「これが彼女の本心だ。もう貴様とは関わることはない」

「て、てめえに言われる筋合いはねえんだよ!」


 男が私の左頬を狙って、右拳を振り上げた。


「クソジジイが! 勝手なことを吹き込むんじゃねーよ!」


 避けることは簡単だが、私はあえてそれを受ける。

 左頬を殴られ唇から血が流れた。


「きゃっ! やめてっ!」


 女性が声を上げるが、私は右手で大丈夫という合図を送る。


「上辺だけの言葉、信念のない暴力。私には響かない。痛くも痒くもない」


 私は男を睨みつけた。

 もう一度私に殴りかかろうとした男が、金縛りにあったかのように動きを止めた。

 そう、私は殺気を解放した。


「貴様は人に殴られる恐怖を知っているのか? 暴力で支配される痛みを知っているのか?」

「ま、待って……」

「死ね、殺すなんて簡単に使う言葉ではない。本当に殺す気なんてないだろう? できないだろう?」

「い、いや……」

「これが殺すということだ」


 私は剣を抜く仕草を見せた。

 そして男に対し、上段から剣を振り抜いた。

 もちろん剣は持っていないが、男は真っ二つに斬られた錯覚に陥ったことだろう。


「う、うわああああ!」


 男は悲鳴を上げて、走って逃げていった。


「あ、あの……。唇、大丈夫ですか?」


 女性が心配そうな表情で、ハンカチを差し出してくれた。

 優しい娘だ。


「私のせいでお怪我まで……。本当にすみませんでした」

「あなたのせいではありませんよ。裏路地で商売をやっていると、ああやって因縁をふっかけてくる輩がいるんです。困ったものです。ははは」

「で、でも私のせいで――」

「あの男は、この店が気に入らなかった。それだけですよ。お気になさらず」


 私は女性の言葉を遮った。

 もうこの女性とあの男は関係ない。

 いや、そもそも関係なかったという態度を取った。


「またいつでも食べにいらしてください」

「よ、よろしいのですか?」

「もちろんです。いつでもお待ちしてますよ。はは」

「ありがとうございます」


 吹っ切れた女性の表情はとても美しく、瞳は力強く輝いていた。

 そして、女性は何度も私にお辞儀をして、表通りへ向かって歩き始めた。

 太陽が照らす裏路地は、まるで彼女のこれからの人生を祝福しているようだ。


「もう大丈夫だろう」


 彼女は自分の意思で歩いていけるはずだ。


「さて、私もスープをいただくかな」


 屋台は人との出会いでもあることを知った。

 名前も知らないお客さんだが、その人生に触れることもある。

 様々な経験をしてきた私には、この裏路地の屋台は向いているのかもしれない。


「とは言っても、串焼きを焼くだけだがな」


 自分で作ったスープを口にした。


「うん、旨い。屋台でスープもいいじゃないか。これを新メニューとして出してみよう。女性にも人気が出るといいな。ははは」


 新メニューが決まった。


 ◇◇◇


「ぐえぇぇぇ。はあ、はあ、はあ」


 ルマートから逃げた男は、裏路地の壁際で身体をかがめながら嘔吐していた。

 これまで味わったことのない圧倒的な恐怖のせいだ。

 よく見ると失禁もしていた。


「くそっ、何だってんだ。だがいい。代わりなんていくらでもいるしな」


 男はよろよろと裏路地を進む。

 濡れたズボンが恥ずかしく、表通りを歩けない。


「見んじゃねーよ!」


 それでも視線を気にして、周囲に対して怒鳴り散らす。

 よろめいたことで、男は通行人とぶつかった。


「いってーな! クソが! 殺すぞ!」


 男は乱暴な言葉で悪態をつく。


「あ? 殺すだと?」


 ぶつかった相手は、男と取引をしていた三人だった。


「なんだ、お前か。丁度いいところで会ったな。お前の売り、もう斡旋できねーんだ」

「な、なんでだよ! 金なら渡してただろ!」

「お前と取引すると、こっちが危ないんだわ」

「え?」

「コルサ一家が、違法な売りを潰しにかかってるんだよ」

「なんだって!」

「コルサ一家に逆らうと、この街で生きていけねえ。分かってんだろ?」

「ま、待てよ! 今まで散々美味しい思いしてきただろ! 金も女も渡しただろ!」


 三人の男たちは、うんざりとした表情で溜め息をつく。


「てめえ、小物のくせに生意気なんだよ。さっきの殺すってなんだ? あ?」

「もう利用価値ねーし。クソ生意気だし捨てちまうか」

「だな。もういらねーわ。代わりなんていくらでもいるしな」

「ま、待て! 待って! 女を渡すから! 待って!」


 男は裏路地の奥に連れていかれた。


 ***


 後日、一人の男が川で浮かんでいるところを発見された。

 顔が判別できないほど、殴打された形跡があったという。


 ◇◇◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ