第14話 優しいスープ2
翌日、昼のピークを過ぎた頃に、三人の男性客が訪れた。
「ルマート先生!」
明るい声で私の名を呼ぶ男。
コルサ一家のボス、リヴィーノだ。
実はあの事件の後、ボス自ら謝罪に来た。
初めは復讐に来たのかと思ったのだが、改心したということで誠心誠意の謝罪を行ったため、私は受け入れた。
真剣に変わろうとする人間を私は否定しない。
それからというもの、リヴィーノは頻繁に串焼きを買いに来るようになった。
「私は先生ではない」
「まあ、そう言わずに。ここの串焼きは本当に旨いんです。食べていってもいいですか?」
「好きにしなさい」
「ありがとうございます!」
客は選ばないし、断る理由もない。
むしろ私の監視下にあれば、悪行は働けないと思い許している。
「お前らも食わしてもらえ」
「はい!」
リヴィーノは屋台のベンチに座り、配下の二人は外に立つ。
二人はボスの警護だろう。
「ルマート先生。一番旨い肉をください」
「どれも旨いよ」
「そうでしたな、ははは。失礼しました。それでは一番高い肉をください」
私は黒毛牛を焼き始めた。
牛肉の中でも最高級と呼ばれる肉だ。
ジューと食欲をそそる小気味よい音を立てながら、白煙を上げ、香ばしい匂いが広がっていく。
どんな客だろうと提供する串焼きは手を抜かない。
私は焼き上がった串焼きを皿に乗せ、リヴィーノに二本、配下に四本渡した。
「くう、旨いです。溶けるような柔らかさ。そして、このジューシーさがたまりません。高級レストランよりも、ここの串焼きのほうが旨い」
「お世辞か?」
「違います。本心です。ははは」
リヴィーノは満面の笑みを浮かべ、串焼きを食べている。
曲がりなりにもマフィアのボスだ。
舌は肥えているのだろう。
それに、旨いといわれるのは正直嬉しい。
「他の串焼きも食べていくかい?」
「はい、ルマート先生。お願いします」
先生ではないのだが、それを注意したところであまり意味がない。
まあ別にいいだろう。
別の肉を焼き上げ、リヴィーノたちに渡す。
屋台の外に目を向けると、一人の女性が屋台の前に立っていた。
「き、昨日はありがとうございました」
黒髪のショートカットの女性だ。
お辞儀をしているため表情がよく見えない。
お礼を言われるような記憶もないため、話を聞くため屋台から出た。
女性がゆっくりと顔を上げる。
「え? あなたは昨日の……」
私は思わず声を上げてしまった。
昨日の女性客だ。
美しい長髪が、肩までの長さに変わっている。
「あ、暑かったので、切ろうと思っていたんです」
その割に髪は不揃いだ。
どう考えても無理やり切られたとしか思えない。
風が吹き、前髪が跳ね上がった。
「その傷は?」
よく見ると、女性の目の周りにアザができていた。
それを隠すように長い前髪で隠していたのだろう。
「ぶ、ぶつけてしまって。私、ドジですので……」
私としたことが、やはり昨日は介入すべきだったか。
間違いなく、あの男の仕業だ。
女性の身を案じたばかりに、結果として傷つけてしまった。
「申し訳ありません」
「え? な、なぜ謝るのですか!」
「昨日の時点で私が止めていれば――」
「違います! 私が悪いんです! 私が! 私が! 私が!」
女性は右手で左手の手首を握りながら、自分の胸に腕を押しつけている。
これは潜在的に身を守る仕草だ。
しかも、女性の呼吸は荒く大きく乱れていた。
「落ち着いて。大丈夫です。ここは安全ですから」
「はあ、はあ、はあ」
「ゆっくり息を吸いましょう。ゆっくりと。大丈夫ですから」
しばらくして、女性が落ち着いたところで声を上げて泣き崩れた。
我慢していたのだろう。
私は女性を屋台の裏のベンチに座らせた。
そして、温かい茶を一杯淹れた。
「どうぞ。温かい麦茶です。落ち着きますよ」
「あ、ありがとうございます」
女性がゆっくりとカップを口に運ぶ。
「あの人とは……、お付き合いしているんです」
「そうでしたか」
「普段はとても優しいのですが、怒ると怖くて……」
「その傷も?」
「は、はい。昨日……」
「髪もですか?」
「はい……。お前は俺のものだって泣きながら……。でも、あの人は私がいないと、生きていけない人なので……」
普段は優しく、何かあると過剰な暴力を振るう。
その原因を女性のせいにして、女性のために怒っていると言う。
そして、女性がいないと生きていけないと涙ながらに懇願する。
クズ男が女性の精神を支配する方法だ。
ここに立ち寄ったということは、この女性は心の奥底で助けを求めている。
だが、恐怖で抜け出せない。
今は無理に説得しても逆効果だろう。
とにかく話を聞くことが重要だ。
「きょ、今日から新しい仕事先で、今から行くのですが……。また明日、串焼きを食べさせていただけますか? お客様から少しお金をいただけるそうなので……」
女性の肩が大きく震え始めた。
「新しい仕事?」
「は、はい」
「内容をお伺いしても?」
「その……、接客を……」
女性の顔色が見る見る青くなる。
女性はその場に倒れ、気を失ってしまったようだ。
私はベンチを並べ、クッションを敷き簡易的なベッドを作った。
女性を抱え上げ、そっと寝かせて毛布を掛ける。
「ボス」
配下の男がリヴィーノに耳打ちしている。
「構わん。先生にお伝えしろ」
「はい」
リヴィーノが指示を出すと、配下の男が私に一礼した。
「ルマート様。自分はあの女……、いえ、女性を見かけたことがあります」
「知っているのか?」
「正確には、付き合っているという男を知っています。実はその……、飲み屋街のクズで有名です。何人もの女から金を絞り取り、自分は豪遊しています。そして、目当ての女に湯水のように金を使っています。裏の仕事にも手を染めています」
「なんだと?」
「もしこの女性が、新しい仕事をするとなれば……」
「身体か?」
「はい、そうです」
私は女性の仕事内容を察した。
間違いなく身体を売ることだ。
もし言うことを聞かなければ、酷い暴力が待っているのだろう。
それはもう恋人でも何でもない。
「ふむ。分かった。ありがとう。何とかしよう」
リヴィーノが立ち上がり、カウンターに硬貨を置いた。
「先生、もしお困りの際は我々にお声掛けください。蛇の道は蛇と言いますから」
「その気持ちだけで十分だよ」
「はは、その女性にも何か食べさせてください。見たところ何も食ってないようなので」
リヴィーノは金を多めに置いていた。
こういった気遣いを見ると、部下にも慕われているのだろう。
「先生には教えられました。我々はマフィアですが、人の道を外れることはしません。もしそれをやってしまったら、ここの旨い串焼きが食えなくなりますからな。はっはっは」
「よく言うよ」
「また来ます。ごちそうさまでした」
リヴィーノたちが一礼して、表通りに向かって進んでいった。
そして私は女性に視線を移す。
「さて、お嬢さんはどうすべきか」
とは言いつつも、やるべきことは一つだ。
まずは旨い料理を食べてもらう。
話はそれからだ。
◇◇◇
店を後にしたリヴィーノは、裏路地から表通りに出て、停めていた馬車に乗り込んだ。
屋台の串焼きを食べるため、わざわざ馬車で訪れていた。
「ボス、どうしますか? 男をさらいますか?」
「いや、やめておけ。我々が手を出すのは簡単だが、先生は望まない」
「かしこまりました。失礼しました」
配下は出過ぎた真似をしたと、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
しかし、リヴィーノは、配下なりにルマートの力になりたいという発言だと理解している。
「それよりも、その男のシノギを洗え。俺らのシマを荒らす行為だ」
「はい!」
笑みを浮かべる配下。
リヴィーノはルマートに言われた通り、必要悪としてコルサ一家を運営するつもりだった。
◇◇◇




