第13話 優しいスープ1
屋台を始めて一か月が経過した。
当初は大変だった屋台の営業も、ようやく慣れてきたと思う。
とはいっても、老人の一人営業だ。
買い出し、準備、仕込み、営業、片付けと全ての作業が想像以上に重労働だった。
それでも私は充実している。
「この年になっても、夢を叶えるということは嬉しいものだな。はは」
開店当初は、騎士団から多くの仲間が顔を見せてくれた。
退職した私のために忙しい時間を割いてくれたことが、心から嬉しかったのは言うまでもない。
退職すると職場との関わりがなくなると聞くが、私は本当に恵まれていると思う。
ありがたいことに今でもみんな来てくれている。
とはいえ、少しずつ落ち着きを見せていた。
***
昼時の営業を終えた。
ここから夕方までのしばらくの間、客足が途絶える。
「この時間帯にどう売り上げを確保するか、だな……」
私の屋台は昼から夕方までの営業だ。
昼時はそこそこ売れるのだが、午後帯に入ると落ち着き、夕方頃にもう一度ピークが来る。
私は夕方のピークに向けて、仕込みを始めた。
「すみません」
「いらっしゃい」
「あの、一本いただけますか?」
この時間帯の客は珍しい。
美しい黒髪が印象的で、少し痩せているとはいえ、綺麗な顔立ちの若い女性だ。
「今日は赤羽鶏と大角牛があります。どちらにしますか?」
「えっと……その、一番……安い物を……」
女性が頬を赤らめ、恥ずかしそうに顔を伏せた。
客には事情があるし、私は全く気にしない。
そもそも、来てくれるだけで本当にありがたい。
「赤羽鶏のもも肉が一本百リアです。お勧めですよ」
「で、ではそれを……」
「はい、少しお待ちくださいね」
私の串焼きは、注文が入ってから焼くスタイルだ。
だが、炭火だから比較的早く焼ける。
仕込み済みの串に刺したもも肉を取り出し、まずは下味として肉全体に塩と胡椒を軽く振る。
そして、そのまま炭火台に置く。
パチパチと水分が飛ぶ音が聞こえ始めると、裏返しにして特製のハーブをまぶす。
肉から脂が滲み出て、一気に白煙が上がる。
この香ばしさが漂う白煙は集客にも役立っていた。
最後にもう一度塩を振って完成だ。
「はい、できました。赤羽鶏のもも肉です」
女性に手渡すと、串焼きをジッと見つめていた。
「私、串焼きって初めて食べるんです」
「そうでしたか。うちが初めてなんて光栄ですよ。はは」
串焼きには、小さく切り分けた肉が四つ。
女性は小さな口を開き、恐る恐る一つ目の肉を口にした。
「うわあ!」
声を上げながら、左手を口に添えて目を見開いた。
「外はパリッとしてるけど、とても柔らかいんですね」
「この炭のおかげですね。外はパリパリ、中はふっくらと焼けるんです」
「味も美味しい。とてもジューシーだし、この塩気とハーブがなんとも言えません」
「ありがとうございます。ハーブは特製ブレンドなんです」
女性は矢継ぎ早に肉を口に運んだ。
「ごちそうさまでした。ありがとうございました」
「気に入っていただけたようでよかったです」
「はい。美味しかったです。これ、お代です」
女性が差し出した硬貨を受け取る。
同時に、女性の腹から空腹を知らせる音が聞こえた。
タイミングが悪かったのか、かなり大きな音で鳴り響く。
女性は夕焼けのように顔を赤く染めた。
耳まで真っ赤だ。
「あ、いや! これは、その! やだ、私ったら……」
左右の手を素早く振り回している。
私は周囲を見渡した。
特に客はおらず、通行人もいない。
「よかったら、もう一本いかがですか? 今度はむね肉です。同じ赤羽鶏でも、もっとサッパリしています。食べ比べをすると面白いんですよ」
「あ……。そ、その、私は……」
きっと金のことを気にしているのだろう。
さっきの硬貨はかなり汚れていた。
そして、女性の指や爪の間も汚れている。
詮索はしないが、何か大変な思いをされているのかもしれない。
「初めての串焼きでいらっしゃるので、試食ということで」
「で、でも……」
「この屋台はまだ新しくて、お客さんからのご意見をもっといただきたいんです。あと三種類焼きますので、対価として感想を聞かせてくださいませんか?」
私はさらに三本の串を焼いた。
女性は黒い大きな瞳を見開きながら、串を手に取る。
「お、美味しいです! 味が全然違う!」
女性はそれぞれの串焼きの味の違いや、感想を聞かせてくれた。
こういった意見はとても参考になる。
「ご意見ありがとうございます。参考にさせていただきます」
「あ、あの、もし生意気なことを言っていたら申し訳ありません」
「いえ、全て褒めていただきましたよ。ははは」
女性は顔を赤らめながら、炭火台を見つめていた。
「屋台はこれまで行く機会がなかったのですが、本当に美味しかったです。とても楽しいところなんですね」
優しい笑みを浮かべる女性。
「そうか。若い年齢層を取り込んでもいいな……」
この屋台の客層は年齢層が高い。
客層が広がれば、その分売り上げも上がる。
串焼きだけではなく、年頃の女性が興味を持つようなメニューを考えてもいいかもしれない。
こういう何気ない会話から思いつくこともある。
「お嬢さん、ありがと――」
「おい、こんなところで何やってんだ! 探したんだぞ!」
お礼を伝えようとしたところ、突然現れた男が女性の手を掴んだ。
「ご、ごめんなさい!」
「余計な手間かけさせやがって!」
どうやら二人は知り合いのようだ。
女性は手を引っ張られながらも、何度も私に向かって頭を下げていた。
「あんなジジイに色目使ってんのかよ!」
「ち、違……」
「次、勝手なことやったら分かってんな!」
穏やかな雰囲気ではなかったが、二人は知り合いのようだ。
関係性が分からない以上、私が軽率に口を挟むとかえってこじれるかもしれない。
裏路地から女性の姿が見えなくなるまで、私は二人を目で追っていた。




