第11話 歴史と想い
翌日の朝、私は約束通りフヴィオの屋台に向かった。
「ルマートさん!」
屋台にはすでにフヴィオが待っていた。
隣には年配の女性も立っている。
フヴィオの怪我は変わらず痛々しそうではあるが、その表情は明るい。
「フヴィオさん、体調はいかがですか?」
「問題ありません。それよりも聞いてください!」
「どうされましたか?」
「昨日、コルサ一家が訪ねてきたのです」
「ほう、それで奴らは何と?」
「幹部が来て、私どもに謝罪をしました。さらに、慰謝料と治療費で一千万リアもの大金を置いていったのです」
「受け取りましたか?」
「最初は怖くて断ったのですが、とにかく受け取れとのことで……。さらに、今後一切私どもには関わらないと、書面まで用意して何度も謝罪をしていました」
「そうでしたか。よかったではありませんか」
「ルマートさんのおかげです」
「私は何もしておりませんよ。はは」
フヴィオが隣に立つ女性の背中に手を回した。
「ルマートさん。こちらは私の妻ビアッティです」
「ビアッティと申します。主人がお世話になりました」
深々と頭を下げるビアッティ。
腕に包帯を巻いていて、少しやつれているようにも見えるが、フヴィオと同じように表情は明るい。
二人の老夫婦はお互いを見つめ、視線で会話を交わしたようだった。
フヴィオが小さく頷き、一枚の書類を取り出す。
「ルマートさん。我々はこの土地をルマートさんにお譲りしたいと思います」
「え? 買収騒動は解決したはずです。問題なくここで屋台を続けることが可能ですよ」
「いえ、もういいのです。私たちはやり切りました。後悔はありません」
二人とも満足げな笑みを浮かべている。
私への気遣いではなく、心からの笑顔だ。
「よろしいのですか?」
「はい。ルマートさんだからこそ、この土地を引き継いでいただきたいのです」
「あ、ありがとうございます」
騒動が解決したことで、フヴィオは屋台を続けると思っていた。
そのため、私は別の土地を探すつもりだった。
「フヴィオさん、今後はどうされるのですか?」
「畑の規模を縮小して、二人で野菜を作りながら、ゆっくりと老後を過ごします」
「そうですか。それは楽しみですね」
「はい!」
辛いことがあったばかりなのに、二人の表情は明るい。
人生の苦楽を経験した深みのある美しい微笑みだ。
人の笑顔を見ると、こちらまで嬉しくなる。
「それでルマートさん。土地代なのですが……」
「フヴィオさんの仰る金額で購入させていただきます」
「それに関しては、百万リアでいかがですか?」
「え? それはコルサ一家が買い叩こうとした金額と変わりませんよ!」
「慰謝料として多額の金額を得ました。ルマートさんのおかげなのは分かっております。はは」
私がコルサと話をつけたことを完全に見抜かれていた。
しかし、この金額で譲り受けるわけにはいかない。
「フヴィオさん。お気持ちは嬉しいのですが、私としては適正な価格で購入させていただきたいのです。フヴィオさんが命がけで守り抜いた五十年なんです。私は土地だけではなく、その歴史と想いもいただくのです」
「し、しかし……」
「それに、こう言っては失礼ですが、老後資金は少しでも多いほうがよろしいかと思います。土地代の適正価格としては五百万リアですので、屋台代を含めて六百万リアでいかがですか?」
「そ、それは多すぎます!」
「いえ、適正な価格です。私としても満足のいく取引ですよ」
フヴィオは困惑の表情を浮かべている。
本気で私に安く譲るつもりだったのだろう。
とてもありがたいが、私としてはこの金額を譲る気はない。
もし妥協点を見出すとすれば――。
「それでは、一つだけわがままを言わせていただいてもよろしいですか?」
「わ、わがままですか?」
「今後、豊作の時で結構ですので、フヴィオさんの野菜を少し分けていただきたい。それを屋台のメニューで提供します」
「そ、それだけですか?」
「フヴィオさんの丹精込めた野菜です。本当に美味しかったです。あの野菜を使わせていただけるなら、すぐに儲かってしまいますよ。ははは」
「ル、ルマートさん」
瞳を潤ませながら、フヴィオが私を真っ直ぐ見つめている。
「お互いが気持ちよく取引できればと思います。いかがですか?」
「あ、ありがとうございます……」
フヴィオの頬に流れ落ちる一筋の雫。
そして、夫婦揃って深々と頭を下げた。
「「ありがとうございます」」
「交渉成立ですね。こちらこそ、本当にありがとうございます」
私はフヴィオ夫婦と役場へ行き、正式に手続きを行った。
これで晴れて屋台の店主となる。




