第10話 伝説の老騎士
廊下の奥から、ボスらしき人物が姿を見せた。
スーツを着ており比較的若い。
まだ三十代というところだろう。
「な、なんだ!?」
全ての構成員がロビーで正座をしているという、その異様な光景を見たボスが焦りの声を上げた。
「貴様がボスか?」
「て、てめえはなんだ!?」
「ボスかと聞いている」
「そ、そうだ」
ボスは警戒しながらも、私の姿を観察していた。
「丸腰のジジイじゃねーか! てめえら何やってる! こいつを殺せ!」
ボスがさらに怒鳴ると、恐る恐る立ち上がろうとする構成員。
「誰が動いていいと言った?」
私の一言で、構成員は動きを止め、全員正座に戻った。
「俺に殺されてーか!」
ボスの言葉で構成員たちが立ち上がる。
そして、一斉に武器を構えた。
「ジ、ジジイ一人だ! やっちまえ!」
覚悟を決めた表情を浮かべ、集団となって私に襲いかかってくる。
こうなったら、徹底的にやったほうがいいだろう。
今の私は帯剣していないが、剣がなくとも戦うことはできる。
抜剣術の応用で、斬りつけるように右手を振り抜く。
だが、これでよかったのかもしれない。
剣を使えば殺してしまうからだ。
「ぐあっ!」
「ごほっ!」
「ぐぼぉぉ……」
斬りかかってきた全員を手刀で叩き斬っていく。
次々と倒れる構成員たち。
「なっ! てめえら! ジジイ相手に何やってんだ!」
ボスが怒りと驚愕の表情を同時に浮かべながら、構成員に向かって罵声を浴びせた。
それと同時に、私はボスに向かってゆっくりと近づく。
「ぐ、ぐ……」
思わず声を飲み込むボス。
私は落ちている剣を拾い上げた。
「剣の使い方を教えてやろう」
「し、死ね!」
ボスが剣を抜いた。
その無駄のない動きから、剣の扱いには慣れているようだ。
私に対し、躊躇なく剣を振り下ろしてくる。
「ふむ。初撃で全力はいい判断ではある。しかし――」
私は剣を斜めに構え、ボスの剣を受け止めた。
手首を動かすことで衝撃を全て吸収したため、火花どころか音も発生しない。
「剣は力を込めればいいというものではない。柔と剛、双方が必要だ」
そのまま剣を絡ませるように、剣身を小さく回転させ、ボスが握る剣を宙に飛ばした。
そして、喉元に切先を突きつける。
「なっ! バカな!」
ボスの額に大量の脂汗が浮かぶ。
「貴様はコルサの三代目か? 取引しようじゃないか?」
「と、取引だと?」
「五番街の裏路地の件だ。貴様たちが持っている土地を全て元の所有者に返せ」
「な、何を言っている」
「返すか、死ぬか。どちらかだ。それ以外は認めない」
「ふ、ふざけんな!」
私はボスの首に剣を押しつける。
プツリと刺さり、皮膚一枚を突き破ると、僅かに血が滲む。
「ま、待て……」
「どうする? このまま死ぬか?」
「ま、待ってくれ……」
私はもう少しだけ剣を押し込む。
「待て! 待ってくれって!」
「貴様たちがあの土地の方々に与えた恐怖はこんなものではない」
「う、うう……」
ボスはその場に崩れ落ちた。
腰が抜けたのだろう。
「この場の全員が死ぬか、取引するか。どちらにする?」
私はボスに剣を向けたままロビーを見渡した。
構成員たちが固唾を飲んで見つめている。
「聞いているのか?」
「と、取引する……」
「では、皆さんに土地を返せ。慰謝料も上乗せしろ。購入代金の十倍だ」
「そ、それではうちがっ!」
「できないなら、コルサは貴様の代で終わりだ」
私はボスの身体を両断するかのように、剣を振り下ろした。
もちろん素振りなのだが、風圧でボスのネクタイが半分に切れて床に滑り落ちた。
「ひいぃぃぃぃ!」
「二度とあの土地に手を出すな」
「分かっ、分かった!」
「だが……そうだな」
報復はないと思うが、こういう輩は何をしでかすか分からない面もある。
怒りの矛先を私に向けておけば、フヴィオたちが危険になることはない。
「不満があれば私だけを狙え。ルマートを訪ねるがいい。その時は存分に死を与えよう」
そのために私は独り身でいる。
それに、マフィアごときを恐れる私ではない。
「ル、ルマートだって! まさか!」
「なんだ?」
「もしかして、あんた……。い、いや、あなたは騎士団のルマート……ですか?」
「退団したばかりだがな」
「で、では、コルサの初代とも……」
「昔のコルサは必要悪として機能していた。弱者を踏みにじるようなことはしなかったぞ」
「や、やはり……」
「初代と先代は名誉を重んじていた。いいか、三代目。コルサ一家の名を汚すな」
「は、はい……」
悲しいことだが、人間社会から犯罪は絶対に消えない。
潰しても潰しても、次から次へと湧き出るのが犯罪組織だ。
であれば、必要悪として上手く利用すべきである。
世の中、綺麗事だけでは済まない。
「いいか、明日までには全ての処理を終わらせろ」
「わ、分かりました」
ボスにそう言い残し、床に剣を置いた私はアジトを後にした。
◇◇◇
「ボス!」
「大丈夫ですか!」
ルマートが出ていくと同時に、動ける構成員たちがボスの元に集まった。
「親父にずっと言われてきた……。騎士団のルマートだけは、絶対に手を出すなと……」
「すみません! 俺たちがヘマをしたばかりに!」
「引退したと聞いたが……。現役のままじゃないか……」
ボスは床に落ちている切れたネクタイに視線を向けた。
「今回ばかりは仕方がない。言われた通りにする」
「ふ、復讐は?」
「無理だ。あれは正真正銘の化物なんだ……。今後、絶対に手を出さない……」
ボスはルマートが出ていった扉を見つめる。
「皆殺しのルマート」
ルマートの二つ名を口にした。
顔面は蒼白のまま、身体の震えが止まらない。
◇◇◇




