海外のお姫様と、子爵様。
「えええええ?!海外の使節団?!」
「あら、言ってなかったかしら。今日、伯爵家領内に南のハロネル王国の王女様とそのお付の方々が来るのよ」
「その話、叔父様からも聞きました。叔父様も隣の領主という理由と俺がここに来るので迎えついでにくるそうですよ」
さも当たり前のように話す2人。いや、私聞いてませんけれど?!
後ろに仕えているはずの伊織と小夜の方を振り返ったけれど、2人とも動揺していて2人も知らなかった様子。伊織が動揺をあらわにしているのは珍しいから面白いけれど今はそれどころじゃないわね。
この世界は、4つの大国と沢山の中小国家から成っている。
大国とは、北のフォーラス王国、東の不知火王国、西のシトラス帝国、そして南のハロネル王国のことを指す。
今現在、不知火王国はフォーラス王国と友好な関係を築いており、ハロネル王国とはあまり関わりが無く、
シトラス帝国との関係はあまり良いものではない。
過去に大きな戦争があり、フォーラス王国の仲介のもと終戦はしたものの、そこから外交が途絶えている。
きっと今回のハロネル王国王女の訪問は同盟への序章とでも言おうか。
ハロネル王国は代々女性が王を務める国だ。
国の創建者が女性だったことから王族の血を引く長女の女性が王になり、男性の兄弟や妹は女王に仕えるような職業につくらしい。
次の世代に女王になる予定の王女は、王家の一人娘だと聞く。きっとその女性なのだろう。
子爵様が着いてくるのは、きっと領内での護衛。
同盟前の大国の大切なお姫様を不知火王国内で傷つけてしまえば、最悪戦争になりかねないので、子爵様の持つ護衛団がここ近隣の護衛を受け持つことになったことは大体予想がつく。
「…わかりましたわ、子爵様や王女様が来るのであればこの格好はよろしくないです。着替えて参ります」
私は葵を伊織に預けて、小夜と一緒に自室へそそくさと帰る。
葵は伊織にでも剣の相手をしてもらうのでしょうね…私もしたかった。
「神楽様。いつものお着物でよろしいですか」
「ええ。持ってきてちょうだい。私はさっと湯浴みを済ませてくるわ」
私は、着物を小夜に頼んで湯浴みを済ませる。流石に葵と戦って汗だくだった私のままお目にかけることはできないもの。
私は、自室でスタンバイしていた小夜にサササッと着付けられ、姿見の前の椅子に座らされる。
「お嬢様。髪飾りは何にいたしましょうか」
「そうねえ、葵がくれた青色と赤色の和玉にしましょうか。この着物にも合うし」
「良いと思います、ではお髪、失礼いたします」
小夜は私の棚から和玉を取り出してから、私の髪を梳きだした。
赤い髪を梳いて、和玉を挿せるように一部三つ編みにする。
そして私の髪に和玉をそっと挿す。大小10つほどの赤色と青色の玉がついた髪飾り。
私のお気に入りだ。
「お嬢。王女様が来ましたよ」
「わかったわ、伊織。行きましょう小夜」
「はいお嬢様。今日も変わらず美しいですよ」
「ふふ、ありがとう、小夜」
そう言って私たちは王女様を迎えるために下階に降りた。
「ようこそおいでくださいました、ルシア・ハロネル王女様」
お父様に合わせて私たちも頭を下げる。そして頭を上げた時に目に入ってきた王女様は可愛らしかった。
綺麗なピンクブロンドの髪。くりっとした黒い瞳。小さい背。そしてハロウト王国のものなのであろう
可愛らしい桃色と水色のプリンセスラインのドレス。
本で見たことはあったけれど実物は凄く可愛らしく見えるわね。
キラキラとしたお姫様を見つめていると、私の思いと裏腹に彼女は私のことをキッと睨んだ。
後ろに控えているのは4人の騎士と子爵様だ。
4人の騎士は、どの人もお顔が整っている。けれど、筋肉の付き方が剣術に強い人だと物語っている。
子爵様は相変わらず優しそうなお方だ。いつか怪しい壺を買わされないか心配…
するとお姫様は4人の騎士の中でも一番背が高い彼に耳打ちをした。
「…ルシア様は、そこのお嬢さんとお話したいそうです」
彼は少し気まずそうに私たちに告げた。
「分かりましたわ、伊織、客間の準備を」
「御意」
私は、伊織にお茶の準備とお客様をお通しできるように部屋を片付けてもらうように言うと、
ルシア様ににこりと微笑んで屋敷の扉を開けた。
「どうぞ、ルシア姫様」
「…」
「ルシア姫様は緑茶や餡子を使ったお菓子はお好きですか?」
ルシア様が答えないことを見計らってか、さっき翻訳らしいことをしてくれた騎士が口を開いた。
「ルシア様は甘いものを好みます。不知火王国のお菓子も食されますよ」
「そうなのですね。じゃあお茶菓子もお口に合えば嬉しいです」
微笑みながら私がそう返すと騎士は下がった。
うん、このお姫様、お話しが難しいわね!何で私と話そうと思ったのかしら。
「神楽お嬢様。お部屋の準備が整いました」
「ありがとう、伊織」
お客様の前では私のことを神楽お嬢様と呼ぶ伊織。何だか顔がひきつっている。
私は横目にそんな伊織を見ながら、客間の襖を開けて、ルシア姫様を入れる。
「…4人とも、ここで待っておいて。2人でお話がしたいの」
「わかりました、ルシア様」
おお、可愛らしいお声をしていらっしゃる。ここに来て初めてルシア姫様のお声を聞いた。
「伊織と小夜もここで待っておいてくれるかしら…葵はこの部屋に近づけないようにね」
私は伊織と小夜の耳元で耳打ちをする。
葵がいるとややこしいし、何より面倒だもの。
部屋に入り、ルシア姫様を椅子に腰掛けてもらう。
この部屋はフォーラス王国やハロネル王国から仕入れたらしい家具を使った部屋で、他国からのお客様の対応に使うことが多い。
わあ私の着物、この部屋に合わないわね…
「神楽さん」
「は、はいっ」
私は急に話しかけられて声が裏返りながら返事を返した。
「あなたの幼馴染の彼を私にお譲りくださいな」
「…は」
ルシア姫様は、先程の顔を一変して醜い女性の顔をして私に言った。
いや、正しくはお顔は綺麗なのだけれど醜い心の内が見え見えな顔をしていた。
「あなたみたいな、不吉でセンスのない女性は葵様に釣り合わないのですわ」
「…どうしてそう思われるのでしょう」
ルシア姫様はどこからかピンクとレースが沢山あしらわれた扇子を開いて口元を隠すようにかざした。
「まず、その禍々しい赤髪ですわ……まるで戦火や血溜まりを連想させますわね。そのような不吉な姿でわたくしの前に現れるなんて、無礼を通り越してはしたない。あなた、自分がどれだけおぞましい色を頭に載せているか分かっていて?そして、その着物よ。そんなに大きな椿をこれみよがしに咲かせて。自分を美しく見せようと必死なのが透けて見えてよ。我が国の淑女であれば、そのようなはしたない真似は決していたしませんわ」
汚らしいものや穢らわしいものを見るときの目で私を見て、見下すような口調で話すルシア姫様。
嫌味がつらつらと並べられても、私は恐ろしく冷静だった。
死にかけの場面で、次の攻撃をどこからいれるか考える戦士の如く、私の心は冷え切っていた。
「不吉、ですか。……ふふ。私の国では、この赤は私の体質の炎の証。言葉の刃しか持たない小鳥の羽など、一瞬で灰にできる色ですわ。王女も、ご自分の綺麗な桃色の髪が焦げてしまわぬよう、お気をつけくださいね。大輪の椿は花を落とすのも一瞬ですわ。我が国に仇なす者の首が落ちるときも、きっとこれくらい一瞬ですわ。ルシア姫様も、首元が寒くならぬようお気をつけてくださいな」
私がふふふ、と魔女らしく笑うとルシア姫様は一瞬青ざめてカッと顔を赤くした。
「無礼ですわよ!しかも何ですか、その髪飾りは。婚約者でもない殿方の髪色と自分の穢らわしい髪色を混ぜた髪飾りなんて…っなんてはしたないの?!」
「ふふ、お姫様。これは葵が私のために作らせ贈ってくれたものですのよ」
ガタッと椅子から立って声を荒げるお姫様に涼しく返していると、襖がスパッと開いた。
「神楽!お前、煽る癖やめられないのか」
「葵様っっ!」
入ってきたのはまさかの葵だった。伊織と小夜に入れないでって言ったのにな。
お姫様は葵の登場でか弱い可愛いお姫様を演じている。
「煽ってないわ。だって私は間違ったことは言ってないもの」
「神楽、お前魔力が高まってるぞ。ちょっと落ち着け」
私が葵になだめられているとぞろぞろと人が入ってきた。
騎士の4人は姫様を守るように立っているし、子爵様も入ってくる。
「子爵様…っ私の護衛に葵様を連れて帰りたいですわ!」
「何を言うのです、ルシア姫様?」
「ハロネル王国に留学するという体でわたくしの騎士になってもらいますの。学費はもちろんこちらでお払いいたしますわ」
私はルシア姫様に反論しようとしたけれど、葵に手を握られて制されて発言できなかった。
ルシア姫様のところに行ってしまっても良いの、という目で葵の横顔を見ると、葵は瞳孔を揺らしていた。
私の手を握る手も小刻みに震えていた。
こんなように震える葵はひさしぶりに見た。
私は、葵と繋がった手を両手で握った。大丈夫よ、大丈夫、という意味を込めて。頭の中で警報がなっているのに。
ルシア姫様が帰るときには、私は自室で眠っていた。
夜遅くに私は目を開けた。横には葵が心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいた。
「ん、葵…私、ルシア姫様と言い合いをして…」
「…ルシア姫様はお帰りになられたよ。今は小夜さんと伊織さんが神楽の容態を旦那様に伝えに言ってる」
「そう」。・
お父様が来たときには、私は意識を失っていたという。
耳鳴りが酷かったし、なにより奪われてはならないと自分の中の自分が叫んでいたからだと思う。
「ごめんね、葵」
「大丈夫だろ。叔父様もお金で釣られる人じゃないし、俺はどこにもいかねえよ」
「そう、よね。お父様も叔父様になにか言ってくれるはずよ」
とりあえず葵のその言葉を聞いて、安心した私は、枕に頭を投げた。
「ねえ葵。今日は泊まっていくのでしょう?もう夜遅いもの」
「そう、だな。旦那様にもそう言われたし、叔父様も帰ってしまったしな」
そうして葵は横の部屋に部屋に泊まることになり、私は安心して眠りについた。
何か良くない空気を感じ取って、頭の中で誰かが「奪われるな」と叫んでいたけれど、
頭の中で警報がなっていたけれど、私は無視をするように無理やり目を閉じた。




