神楽と葵。
氷室葵。
私の幼馴染で子爵様家の嫡男。そして、ある意味家族だ。
得意な魔法属性は水で、治癒魔法は苦手。攻撃魔法が私と互角で、結界術が得意。
好きな食べ物は素朴な焼きおにぎりで、苦手な食べ物は…ないけど、猫舌。
流石水属性を得意とする魔術師の卵だわ。
そして、私と葵にはもう一つ、大きなつながりがあった。
彼の家は、子爵様家。お父さんが元々子爵家の嫡男で、お母さんが侯爵家の次女だった。
政略結婚だった2人は、葵を産んだ後、関係が冷え切ってしまい、2人とも堂々と愛人を囲うようになってしまった。
はじめは奥さんのほうから。身分は奥さんの方が上だったから抵抗はなかったのだと思う。
そして、旦那さんの方も、冷え切っていた関係に慣れてしまったのだろうか。
問題は、幼い葵だ。
2歳までは乳母に育てられていたが、奥さんの散財癖が理由で最低限の使用人しか雇えなくなってしまい、葵は一人ぼっちになってしまった。
それにいち早く気がついた私のお父様は子爵家に乗り込み、お父様の身分の方が上だったこともあって、
半ば強引に葵を一時保護したのだ。
私と葵が3つになったときだったろうか。
急に目の前に現れた葵と、私はすぐに仲良くなった。
一緒に魔法を学び、一緒に剣を握り、一緒に旅行に行き、一緒に食事を取り、一緒に叱られ、一緒に笑った。
成長するに連れ、葵は私のことを守ろうとした。異国の騎士と姫の話を小さいときからお母様から聞いていたからだ。
私は、自分が強くなっている自信はあった。けれど、葵は私よりもずっと早く背が伸びたし、私よりも頭が良かった。
初めは悔しかった。「私は守られるだけのお嬢様じゃないのよ!」って思ってた。
けれど、私がいくら怒っても葵は私の方を向いて笑ってくれた。守ってくれた。
だから私も、葵の前ではただの伯爵家のお嬢様でも良いのかもと思ったのだ。
そして、2人で高め合って、成長しているうちに子爵家も前の活気を取り戻した。
子爵様が変わり、葵のお父さんの弟が子爵様になったのだ。
彼は葵のことを大切にすると、私とお父様とお母様に誓った。
お父様は新しい子爵様と学生時代から交流があり、このようになるように、ずっと手配を進めていたそうだ。
そして私は葵との少女時代を終えた。それが去年のことだ。
私はそれはそれは葵と離れたことで寂しく思った。
お目付け役の伊織や小夜にも迷惑をかけてしまうほど塞ぎ込んでいたけれど、3日後に葵から手紙が来て
復活し、今も毎日、子爵様のハトの精霊に手紙を届けてもらっている。
「葵、1週間ぶりかしら。また背が伸びたわね」
「そうかもな、あ、木刀持ってきたぞ。手合わせするか?」
「そうしましょう!はじめは1対1をして、あとで小夜と伊織も呼びましょう!」
久しぶり(といっても1週間ぶり)の葵にテンションが上がりながら、庭の広いところに構える。
私たちは初めの号令など掛けずに、一斉にお互いに斬り掛かった。
「…薰き染めし焔──熱を帯びよ」
木刀だけでは物足りないのは、お互い知っている。
だから私は木刀に炎を纏わせる。この炎は木刀や、私が燃やしてはいけないと意識を持ったものは燃やさない。今は、威力を上げるために纏わせただけで、何も燃やしてはならないと意識を持っている。
私は葵の間合いに入り、木刀に力を込める。
「…はあ、穿ち染めし氷雨──雪神の息吹を宿せ」
葵は私の威力を弱めるために葵の木刀にも冷気を纏わせた。
うっ…私の炎の弱点をよく理解してるわね…でも、私が今日のために磨いた攻撃魔法があることは気がついてないでしょうね。
「薰き染めし焔──私の涙よ、業火となれ」
私はぽろっとひと粒だけ涙をこぼして、魔法の対象とする。涙脆いことがここで役に立つとはね…
完全に空中からの攻撃は無いと油断しきっていた葵は、何にも燃え移らない炎にぎょっとして、その熱による熱風により木刀を手放した。
「やった、やったわ!私の567勝573敗83引き分けね!」
「ああ、負けた。ていうかお前!また自分の一部を使ったな?!前、血は流石に止めとけって言ったが、
涙なら良いってわけじゃないぞ」
「もう!女の涙は武器なのよ、ってお母様は言ってたわ。私の涙は文字通りね!」
ちゃっかりウソ泣きしていた私を心配している葵。うーん、この勝ちは葵を涙で驚かせただけみたいね。
「そうだったわ、葵に見てほしいものがあるのよ」
「嫌な予感がするが…」
「今日の朝に仙薬を調合したのよ。今回は爆発しないはずだから、怪我したら使うと良いわ!」
私が綺麗な小さい瓶に入った仙薬を渡すと、葵は光に向けて傾けて仙薬の持つ魔力を見た。
「前、爆発させていたから怖いが、今回はちゃんと出来てそうだな。魔力がちゃんと全体に行き渡っている。ありがたくもらっておくよ」
仙薬を後ろに控えていた使用人に渡して、馬車の方に置きに行かせると、葵は私の頭をくしゃっと撫でた。
「ふふ、じゃあお母様たちのところに行きましょう!きっとお菓子を作って待っているわ。伊織にも会わせたいしね」
私は葵に撫でられるのが好き。だけど、本人には悟ってほしくないから慌てて赤くなった顔を隠すように葵の手を握って屋敷の中に入った。




