神楽の前世と、旅の初まり。
「ん、ここは…?」
「あら、目が覚めたのね。ここは侯爵邸よ。あなたの相方さんが連れてきたのよ。まあ訳あって私の相方とあなたの相方が知り合いだったからね」
ひとつきほど前に私たちと知り合った、曲芸師の彼。そうリティック・サルマン。
彼が昨日連れてきた彼女を私は一晩中介護した…というか仙薬の効き具合が気になってそばにいた。
スイはリティックを他の客間に泊めたそう。これからのことは一回置いておいて休ませるのが先だと判断したのでしょうね。スイは一晩中、何回も私のところに来て「代わろうか」と聞きに来たけれど、私がずっと断り続けるものだから寝てくれたらしい。だってある程度断らないとスイはすぐ無茶をするからね。
昨日だって私は家にいて体力が有り余っていたけれど、スイは近くの近衛師団の人たちに頼まれて稽古を付けていたようだったし、表には出さないようにしていたみたいだけれど相当疲れていたわ。
私わかっちゃうから、そういうの。妹弟子舐めんな。
「そう、なのですね。リツ…リティックもあなたのことを話していました。私の不調が酷くなって体が動かなくなったら、あの魔女のところに連れて行く。踊り子は出来なくなるかもしれない、と相談されましたから」
起き上がって座った彼女は伏せ目がちにそう言った。
ロングストレートの桃色の髪がさらりと真っ白の布団の上で踊る。
「ふふ、そうだったのね。あなた随分彼に愛されてるじゃない。昔から一緒なの?」
「…私たちは隣国のソレイユ王国の小さな農村で生を受け、幼馴染として育ちました。けれど西の国ボレアス帝国との戦争のため私とリティックの父親は歩兵として、母親は従軍看護婦として連れて行かれました。それからは私とリティック、2人でずっと生きてきたんです」
「そう。私もね、少し環境は違うけれど親がいないのよ。私の場合は両親にお金のために、売られたのだけれど。あ、そうだ。あなたの名前を聞いていなかったのよね」
少し暗い過去の話をして気まずい空気になってしまったのを、どうにかしたくて私はずっと気になっていた彼女の名前を聞くことにした。
「私は、アイラル・オフィリストです。アイラル、は長いのでリティックにはアイと呼ばれています」
「じゃあアイと呼ばせてもらうわ。私は迦具土焔禍。スイや私の義父にはホノと呼ばれてるわね。これからよろしくね」
私がアイに自己紹介していたところで部屋の襖が音を立てて開いた。
「大丈夫か、アイ…!」
「リツ…ごめん、心配かけた」
リティックは膝を震わせながら、崩れ落ちるようにアイの枕元へ縋り付いた。
そんなリティックの背に細くて華奢な腕を回してアイは彼を抱きしめた。
リティックは安心したような涙声で「良かった、良かった…っ」と繰り返している。
2人が落ち着きを取り戻して座った頃にスイも呆れ顔で部屋に入ってきた。
アイが起きたと知らせが入った時に一緒に出たみたいだけれど、リティックは走ってきたのね。
「大丈夫か、ホノ」
「…はあ、スイは心配性ねぇ。私の体調不良なんて殆どないでしょ?今は病人が最優先よ」
リティックとアイの方を向いて、私は口を開いた。
「アイの体に起こったことの詳細としては、体の不調に入り込んだ軽い呪いよ。呪いの方は、単体で見れば大したことはないんだけれど、体の不調に入り込んだのが痛かったわね。解呪は施したし、魔力が一定期間昔のものになる仙薬も飲ませたわ。でも、もうあなたは踊り子としてやっていけなくなった。踊り子として、四肢にだけ魔力を行き渡らせていたわよね。昨日、見ていたら髪質も本来行ってはいけないところまで落ちていたし、体を動かすために魔力を消費していたように見えたわ。だから踊り子のような魔力の使い方をこれからしなければ、今回みたいに体の不調が起きることはまずないでしょうね。けれどあなたの踊り子としての人生を私は断ち切ってしまった。ごめんなさい」
私は言い切ると軽く2人に向けて頭を下げた。
「そう、なのですね。私はもう踊り子としての終わりを分かっていましたから感謝しています。これからもリツと一緒にいられるのですから」
「これからのことなのだが、2人とも俺たちと一緒に来ないか」
スイはずっと立っていたのに、私の横に座って2人に視線を会わせた。
「私たちね、もうすぐ世界を見て回る旅に出るの。私たちの膨大な魔力の使い道を考える旅よ。でも私とスイの2人だと味気ないじゃない。だからあなたたちも行くところがないのであれば一緒に行きましょう?」
私たちは膨大な魔力を持って産まれた。
その使い道は、きっとたくさんあるはずだ。良い方向に使えば、未来に良いものを残せるかもしれない。
だけど、悪い方向に使えば、未来に争いを生むかもしれない。
だから私たちは学ばなければならないのだ。未来に私たちの尻拭いなんてさせないように。
リティックとアイは見つめ合って少し考えた後、2人同時に頷き笑ってくれた。
「非常に興味深いです。私たちは恥ずかしながら、帰る場所も帰りを待つ人もいませんから、自由に世界を見て回ることができます。私は、あなたたちに着いていきたい。私の命を救ってくれたあなた達に」
「僕は、アイの行く道について行く。この身に宿った大きな魔力を悪い方向に使わないように学ぶべきだと、僕も思うからな」
未来のために、何かを考えること。
この世界の何かに選ばれた私たちはきっと、それを怠ってはいけない。
そんな使命感から始まる旅はきっと長いようで短いのでしょう。




