神楽の前世と、助けを求めた曲芸師たち。
「はあ、雨って憂鬱よね」
「だろうな。お前は炎の体質だから雨だと魔力が揺れる」
「昼間はあれだけ晴れていたのにねえ」
私は夕食後、広間の銘々膳を片付けて窓のそとを眺めながらゴロゴロしていた。その横で葵はあぐらをかいて座っている。
お昼は快晴だったのに太陽が沈み始めたあたりで急に雨が降り出した。
挙句には雷もなっているし…
無言で畳の上をゴロゴロとまわっていると屋敷の扉を叩く音が聞こえた。
「…こんな時間に誰だろう、私いくわよ」
「いや、俺も行く」
私たちは少し怯えながら扉を開けると、そこには見覚えのある緑髪がいた。背中には桃色の髪の彼女も背負っている。
「ホノ、てぬぐい持って来てくれ。俺はこいつらに話を聞く」
「分かったわ。マスターにも知らせるわね」
私は昼に取り込んで畳んだ手ぬぐいを4枚ほど持って、マスターの書斎に向かった。
「マスター!知人が訪ねてきました」
「…病気かい?」
「ううん、見た限り解呪が必要な呪術に見えたわ」
「わかった。すぐに行くよ」
マスターが立ち上がり、準備に入ったのを見て私は玄関に早足で向かう。
「スイ。私は彼女を客間に連れて行くわ。2枚の手ぬぐいは彼に使ってちょうだい」
「分かった。俺より力持ちだもんな、お前」
私は目を閉じたまま動かない彼女から滴る雨水を簡単に拭ってから担ぐ。
客間には、いつ病人が来ても良いように布団が2組ほど敷いてある。
マスターは医者ではないけれど王宮魔術師なだけあって魔法を治療に使用する時に病人が訪ねてくることは多々あるのだ。
布団に彼女を横たえ、私は彼女の額に杖をかざして何が原因かをマスターが来る前に突き止める。
「薫り立つは不滅の焔──汝の呪いを暴き出せ」
そう唱えると彼女の心臓部分から赤い光がボワッと浮かび上がった。
「ふうん、この娘の踊り子としての体の不調に気がついた誰かの軽い呪いね」
呪い単体で見れば大したことはないけれど、体の不調に合わさったことが原因だ。
彼女は曲芸一座に所属していた。踊り子とは呪術とも深い関係にあり、魔力を持つ踊り子が踊る舞には呪術的な力が宿っている。
きっと彼女の幻想的な舞に嫉妬した踊り子が無自覚のうちにかけた呪いなんでしょうね。
だって、自覚して呪いをかければ、もっと取り返しのつかないことになっていた。
呪術は、気持ちだ。人や動物、そこにあるものの無念や気持ちが元になって行われる。
「遅くなってごめんね。ホノ、原因はわかったかい?」
「うん。踊り子としての体の不調と嫉妬による無自覚の軽い呪いよ」
「なら、解呪はできそうだ。体の不調はホノとスイの専門分野だろう?」
「任せて、調合した仙薬が部屋にあったはずよ」
私はぱたぱたと小走りで部屋に戻る。ううん、此処あたりにあったはず。
私の部屋は基本的に片付いているけれど、魔法薬のスペースだけは一向に片付かないのよねぇ。
私が客間に戻るとスイは緑髪の彼と話していた。
マスターは解呪を成功させたようだ。やっぱりマスターは呪術にも強い。
「マスター。これよ、体内の魔力を一定期間前のものにする仙薬。これを体内に取り込んで踊り子として舞わなければ完治するはずよ」
「ありがとう。これが多分一番有効だ」
私はちらりと後ろの彼を見る。
彼は彼女に踊り子として生きてほしいと思っているはずだ。だって、あんなに甲斐甲斐しく世話を焼いていたもの。
私の視線を感じて、彼は口を開いた。
「僕は、アイが生きていれば何でも良い。アイも、限界は悟っていたから」
「そう…」
マスターは仙薬を彼女の口に流し込んだ。
緑髪の彼の名前はリティック・サルマン。
桃色の彼女の名前はアイラル・オフィリスト。
私たちと共に始まりの魔術師と呼ばれる“緑の呪術師”と“桃の踊り子”だ。




