神楽の前世と、曲芸師たち。
「おはよう!スイ」
「…はよ、ホノ」
「もう、昨日夜遅くまで作業してたわね?また魔法薬の調合?」
私がお父様、もといマスターに拾われてから5年が経った。
スイとは良い関係を築いているし、マスターも未だあの頃の見た目のまま、年を取ったことを感じさせない見た目と能力だ。
マスターは沢山の魔力故に年を取りにくい。
いや、間違いなく年は取るのだけれど、体や顔に変化が現れにくい。
マスターは王宮の魔術師として仕事をしながら、私たちを立派な魔術師に育てるべく、私たちに稽古も付けてくれている。
マスターは昔、私に「何か偉大なことを成し遂げる魔術師になる気がする」と言っていたけれど、その意味はあれから教えてはくれなかった。
秘密は魔術師の嗜み、らしい。
氷冥魔醉月。これがスイの本名だ。
この家では誰もがスイと呼ぶし、ほとんど使わない名前だけれど、そこそこ格好良い名前だと自負していた。この名前は、私と同じようにマスターに命名の魔法で付けてもらったそうだ。
彼は、ある貴族階級の魔術師一家の五男として産まれたそうだ。
規格外の魔力を産まれ持ち、自分の魔力の限界は未だ分からないと、スイは言っていた。
だけれど、その家系で受け継がれるはずの黒い髪と赤色の瞳は彼に現れなかったことで、母親の不倫を疑い、スイはお門違いな呪いの言葉をかけられ、罵られ、手を上げられていた。
そんな時に、侯爵様が養子を探していると聞いたスイの前の両親は養子に出すことを決めた。
きっと家に置きたくなかったのだろう。
そしてスイも、侯爵様に引き取られて、そこから魔術師の卵として育てられていたそうだ。
この話はスイが、私の過去の話をした時に、フェアじゃないから、と教えてくれたものだ。
スイは、もう過去のことは気にしていない、と言っていたけれど、きっとまだ虐げられていた頃の記憶も、両親の失望したような顔もきっと覚えている。私と同じように。
私たちは同じ境遇からか、すぐに仲良くなった。産まれたときから一緒にいる兄のように甲斐甲斐しく私の世話をスイはしてくれたから。スイは、私のことを妹としか見ていない。
だけど、私はスイに邪魔なだけの恋心をいだいてしまった。純粋でただ真っ直ぐな淡い恋心を。
私は、自分の身勝手さを恨みながら今日もスイを布団から引っ張り出す。
「朝ご飯、スイの分も作ってるんだから起きてきてね!マスターは、もう仕事に行ったから」
「…ん、分かった」
私はスイの部屋をあとにして台所へ駆ける。
マスターは侯爵家の当主様なのに使用人を一人も雇っていない。
私やスイも別に使用人がいなくても生活できるし、マスターも家事を分担してやるのが家族だと言っているので、その方針に従う。
「うん、美味しい」
温めたお味噌汁を味見して、こくんと頷く。
今日の朝食は、ご飯とお味噌汁と鮭の西京焼きだ。
シンプルな朝ごはんだけれど、なんだろう、空腹に犯されていた日々があるからなのか、豪華なものよりもシンプルで暖かいものの方が好きなのよね。
私は私とスイの分の朝食を広間に運んで、銘々膳に置く。
準備をしているとスイが普段着の着物姿で部屋に入ってきた。
「お、今日は鮭の西京焼きなんだな」
「そうよ。マスターも私たちも鮭が好きだから前に市場に行った時に買っておいたのよね」
スイが銘々膳の前に着いたのを見て、私は手を合わせた。
「いただきます」
いつも暖かいご飯を食べて、魔法の勉強をして、ときには人助けをして、そしてまた私たちの家に帰る。
私という魔術師はここから始まった。
「ねえスイ。今日はどこへ行くの?」
「今日は、異国の曲芸師たちが都に来ているらしいから、そこへ行こう」
「曲芸をそんなに好んでたっけ?スイは貴族らしい曲芸よりも、野原を駆ける方が楽しいと思ってる奴だったと思うのだけれど」
私が、なにか裏があるのでしょう?という白けた目でスイを見ると、観念したように彼は言った。
「…その中に規格外の魔力を持つ奴らがいるらしい。でも曲芸一本でやってきたそうだから、少しばかり魔術界に勧誘しようと思ってな」
「ふうん、なるほどね。じゃあ準備しなくちゃ。普段着では都には出れないもの」
だって私も女の子だし〜と言いながら、部屋に入り、一張羅を取り出す。
一度、都にお呼ばれした時に繕った衣装。
あの時は、まだマスターに私のための高いお買い物をしてもらうことが申し訳なくて、布だけ買ってきてもらい、自分で縫ったのだ。
黒色の羽織に小さく侯爵家の家紋を入れたもの。刺繍は、あまり得意ではなかったけれど、娼館で暇だった時に同じ奴隷商出身の子たちから教えてもらったのを思い出して繕った。
私は、以前マスターが買ってきてくれた赤色の着物と、大輪の椿が咲いた黒色の袴を着て、その上から羽織を羽織る。
袖を少し広く作ったからひらひらと風になびくと蝶が舞っているように見える。
全身鏡の前でマスターにいつもするように、くるりとまわって最後に出かける前の魔法をかける。
鏡の自分に向かってニコッと笑って、「大丈夫」と唱える。
私は、私の顔が嫌いじゃないけれど、笑ってみると意地悪な魔女に見えるらしい。
「おーい、行くぞ神楽」
「はいはい、今行くわ」
「わぁ…」
見世物小屋に入るなり視界に大きく映ったのは、きらびやかな衣装を纏った桃色の髪の女性だった。
半透明の布を持ってくるくると舞い、そのまわりには彼女の魔力の結晶がきらきらと散っている。
確かに彼女、大きな魔力を体内に溜め込んでるわね。私やスイと同じくらいかしら。
だから常人には無茶な動きも難なくこなしている。
彼女の舞に見惚れていると、すぐに芸は終わり、終演の時間になった。
私は舞台裏への結界の抜け目を探して難なく入っていくスイについていく。
舞台裏には疲れ果てた姿で眠っているの踊り子の彼女と、彼女のそばで甲斐甲斐しく世話を焼く緑髪の男がいた。男は私たちが同室に入ってきたのをすぐに気がついて振り返ると私たちを睨んだ。
「ここは関係者以外立入禁止だ。お前ら客だろ、さっき客の中にいた」
「ほお、気がついていたか」
「まあな。あれだけ異様な魔力がいたら誰でも気がつく。眼がいいので」
スイと緑髪の彼は口調はまだ穏やかだけれど、ピリピリとした魔力を放っていた。
男2人に話が進められると思えなかった私はついに痺れを切らして口を開いた。
「…そこの踊り子の彼女。もうそろそろ踊り子としての体は持たないのでしょう?私の目は誤魔化せないわよ。魔力を使ってだましだましやってきたみたいだけれど、あとひと月後が潮時ね」
私が寝ている彼女の魔力の根源を探るように全身をさっと見ると男の顔がこわばる。
「だから、魔術界のお前らが来たのか」
「そうだ。お前らは俺たちと同じ程の大きな魔力を宿している。曲芸師としての寿命は長くは持たないだろうからな」
「…考えさせてくれ。アイの踊り子としての寿命が長くは持たないことは僕も危惧していた。僕たちは曲芸師としての生き方しか知らないからな」
スイは彼に断られると予想していたのだろうか。検討するという答えが返ってくるとは思っても見なかったのだろう。
私は袖から小さい付箋を取り出して、ついでに携帯用の杖も取り出す。
いつもは長い杖を使っているけれど、外出時は携帯用を使うの。
付箋を1枚取って杖をかざす。
「…薫り立つは不滅の焔──住処を刻め」
付箋に赤色の光が屋敷の場所を古代語で記す。
「よし、これに私たちの屋敷の場所が刻まれているわ。古代語で書かれているけれど、きっとあなたが見れば自然と場所が分かるはずよ。まああなた以外が見れば分からないようになっているけれどね」
彼は頷いて付箋を私から受け取った。
「じゃあ俺たちは帰るよ。良い返事を待つ」
私たちは結界の小さな穴から外に出て、屋敷に帰った。




