神楽の前世の記憶と、2度目の家族。
「おかえりなさい…ってマスター、誘拐は犯罪だぞ!!!」
「誘拐なんて、人聞きが悪いなあ、スイ。この子は娼館にいたからもらってきたんだよ。こちらは、スイ。氷冥魔醉月。色々な理由から魔術師一家から養子に出されて私の家に来たんだよ。君は…名前、なんだっけ」
お屋敷に入ると、立派な服を着た美男子が飛び出てきて、怪訝そうな顔をして叫んだ。
天色の髪。橙色の瞳。整った顔。私よりも足が長く背が高いスタイル。
「名前は、ありません。ずっと奴隷でしたから」
「そうか。なら今、命名の魔法で最良の名前をつけようか」
私は未だに魔術師として、普通の人間として育ててもらえるということを信じ切っていない。
きっと信じたところから、また奴隷として扱われるんじゃないか、と疑っている。
きっと信じるのが、怖い。クソババアやクソジジイに売られたときのビジョンが目にまだ焼き付いているから。
「君、火の体質だろう?火に関する名前にしようか。吹き染めし疾風──汝の真名を風に宿せ」
私の額に杖の先端をコツンと当てて、目をつむり呪文を唱える本宮さん。
「君の名前は迦具土焔禍。これが最良の君の真名だ。これからよろしく、ホノ」
「…はい。本宮様、醉月様」
私がお辞儀をしながらそう言って、顔を上げると2人は不満そうな顔をしていた。
何か気に触ることを行ってしまっただろうか。
「私たちは今日から君の家族だ。スイはホノの兄で、私はホノの父だ。だから敬語は使わなくていいし、
敬称で呼ばなくて良いんだよ。どうぞ私のことは父と呼んでくれ!」
「気持ち悪いです、マスター。まあ俺もホノって呼ぶから俺のことはスイと呼んでくれ。兄と呼ばれ慣れてないからな」
2人は私に笑って言ってくれた。
今日は、初めてばかりだ。
初めて、娼館という地獄から助けてもらった。
初めて、乗り合いじゃない馬車に乗った。
初めて、名前をもらった。
初めて、敬称や敬語はいらないと言われた。
初めて、家族だと言われた。
気がついたら、頬に涙が伝っていた。
親に売られて悲しくて、でも諦めなくては行けない状況下で、そんな絶望に一度は涙を流した。
だけど仕方がないと割り切ることでしか自分を守ることを、幼い私は出来なかった。
そして成長するに連れ、それが普通だと信じるようになってしまった。
私は冷静なんかじゃない。これを普通だと思っているわけじゃない。
感情を殺しているだけ。自分にも聞こえないくらいの小さな声で、無自覚に「助けて」と叫んでいただけ。
「ありがとう、ありがとう、お父様、スイ」
私は、今できる精一杯の心から願った笑顔を浮かべて、そう言った。




