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静かな解析者

 一方その頃。


 ギルベルトは魔法学の合同授業のため、広い演習場にきていた。

 周囲には一年生から上級生まで、多くの生徒が集まっている。


 今日の授業内容は魔力制御。魔法学担当の教師は演習場の中央に立ち、生徒たちを見回した。


「魔力が多いことは才能だ」


 よく通る声が響く。


「だが、必要以上の魔力を使うことは未熟さでもある」


 そう言って机の上に置かれたランタンを指差した。


「本日の課題はこれだ」


 生徒たちが顔を見合わせる。


 ランタンに火を灯す。それは一年生でもできる簡単な魔法だった。


 しかし教師は続ける。


「ただし、火種程度の大きさに抑えること。大きな火は不合格とする」


 演習場がざわついた。

 魔法学は魔法の仕組みや理論を中心に扱う学科で、実技は多くない。生徒たちにとって、実習と聞いて想像していたのはもっと派手な魔法だったのだろう。

 生徒たちの反応をよそに教師は続ける。


「戦場では魔力の節約が生死を分ける。火を起こすだけなら火種で十分だ。

 全力で殴ることしかできない魔導士は長生きできん」


 ギルベルトは黙って話を聞いていた。


 正直よく分からない。火をつけるだけなら火をつければいい。

 なぜわざわざ弱くする必要があるのか。


 実技が始まった。


 生徒たちは順番にランタンへ火を灯していく。


 ぽっ。


 小さな火。


 ぽっ。


 また小さな火。


 上級生たちは慣れた様子で次々と成功していた。同級生たちも大半は成功する。


 「次、ギルベルト・エヴァンス」


 教師に呼ばれる。


 ギルベルトは前へ出た。

 ランタンに向かって手を伸ばす。


 火を灯す。


 ただそれだけだった。


 次の瞬間。


 ボォッ!!


 ランタンから炎が吹き上がる。


 周囲が一瞬明るくなる。


 「うわっ!?」


 「熱っ!」


 「でかっ!」


 近くにいた生徒たちが慌てて距離を取った。


 教師はため息をつきながら額を押さえる。


「不合格だ。火種を作れと言った」


 簡単な水魔法で火を消す。


 ギルベルトは首を傾げた。


「抑えた」


「どこがだ」


「かなり抑えた」


「全然だ」


 2回目。さらに魔力の流れを細くする。

 つもりだった。


 ボォォッ!!


 やはり炎は大きい。


「だから抑えていない!」


「抑えた」


「不合格!」


 3回目、失敗。


 4回目、失敗。


 5回目、失敗。


 ――……


 周囲がざわつく。


「才能はあるのに制御が死んでるな」


 ギルベルトは眉をひそめた。


(減らしているのに、なぜだ)


 理屈は分かる。

 だが、思った通りにはいかなかった。


 ――授業の終わり頃。


 ようやく火種らしい火を作れた頃には、なぜか猛烈に疲れていた。


 ギルベルトは小さく息を吐く。


 理解できない失敗を繰り返すのは疲れる。


 やっと帰れる、と他の生徒たちがほとんどいなくなった静かな演習場で、荷物を持ち上げた。


「課題、難しかった?」


 不意に後ろから声がした。

 ギルベルトが振り返る。


 そこには見覚えのない上級生が立っていた。


 くるっとカールした茶色の髪。丸眼鏡。背は小さい。

 どこか穏やかな雰囲気をまとった男だった。


「……誰だ」


 男は少し笑う。


「僕は3年生のレオネル・ヴァイス」


 軽く会釈した。


 ギルベルトはその顔を見つめる。初めて見るはずなのに、不思議と警戒心が湧かなかった。


「ギルベルトだ」


「知ってる、アーヴィン先生が気にかけてる子たち」


 レオネルは即答した。


「僕のもう1つの専攻は空界現象学なんだ。それにしても君、面白い魔力してるね」


 レオネルはそう言って笑った。


 ギルベルトは少し眉をひそめ、背を向けて歩き出した。


「魔力に面白いも何もない」


 レオネルは少しだけ間を置いてから、当然のように歩幅を合わせて隣に並んだ。


「あるよ、人によって全然違う」


 ちらりとギルベルトの横顔を見る。観察するような、静かな視線だった。


「例えばさっきの授業。君、本気で魔力の出力を抑えてたでしょ。でもなかなか上手くいかない」


 ギルベルトは頷く。


「だよね」


 レオネルは苦笑した。


「君にとっての少量と、普通の人間の少量が違う」


 ギルベルトは少し驚いた。


 周囲の生徒たちは皆、“制御が下手”だと言っていた。


 だがこの男は違った。


「下手なんじゃなくて、基準が違うんだ」


「基準」


 レオネルは空を見上げる。


「大きな湖からコップ一杯だけ汲むのと、小さな水瓶からコップ一杯だけ汲むのは感覚が違うでしょ?」


 ギルベルトは少し考えた。


 なるほど。そういうことかもしれない。


「あの人間よりも、わかりやすい」


 ぽつりと呟く。


 レオネルは少し目を丸くして、静かに微笑んだ。


「魔力が多い人はね」


「うん」


「だいたい二種類なんだ」


 指を二本立てる。


「自慢する人」


 一本折る。


「隠す人」


 もう一本折る。


「なのに君はどっちでもない」


「そうか?」


「そう」


 レオネルは笑った。


「ただ普通にしてるだけ」


 ギルベルトは少し考える。


 確かに、隠す理由もない。見せびらかす理由もない。

 だから普通にしているだけだ。


 二人はしばらく無言で歩く。だが不思議と気まずくなかった。


 静かな時間だった。


 やがて学院中央棟へ続く分かれ道に辿り着く。レオネルはそこで立ち止まった。


「じゃあ僕はこっち」


「そうか」


「またね」


 軽く手を振る。


 それだけだった。


 連絡先も聞かない。引き止めもしない。まるで風のように自然だった。


 ギルベルトは去っていく背中を見送る。


 変な人間だった。


 その日の夜。

 男子寮にも簡易的だが図書館がある。ギルベルトはいつもの席で本を読んでいた。

 机の上には魔法理論書が数冊。今日の合同授業のことが少し気になっていた。


 魔力制御、人間の魔法、効率。


 知らないことはまだ多い。


 ページをめくっていると向かいに誰かが立っているのが視界に入った。


 顔を上げる。そこにいたのはレオネルだった。


「こんばんは」


 あまりにも自然な挨拶だった。

 

「僕もこの席に座っていいかな?」


 ギルベルトは少しだけ沈黙する。


 そして。


「……うん、構わない」


 そう返した。

 

 レオネルは満足そうに笑う。そして机の上に抱えていた数冊の本を置いた。

 その背表紙を見て、ギルベルトは眉をひそめる。


『古代竜生態学』


『高位種族の魔力循環』


 ギルベルトの視線に気付いたのか、レオネルは首を傾げる。


「気になる?」


 ギルベルトは数秒黙る。そして、


「少し」


 と答えた。


 レオネルはにやりと笑った。


「じゃあ一冊貸してあげようか」


「うん」


 受け取った本をぺらぺらとめくる。

 自分たちドラゴンが、人間側からは様々な解釈で記述されている。


 驚いたのは、ドラゴンは基本的に群れないと書かれていることだった。


 自分たちの巣だった遺跡にも、少なくとも十の群れがいたように思える。

 だが、それが普通ではないのかどうかは分からない。


 真剣に本を読むギルベルトを見て、レオネルは静かに笑う。


「合同授業で見てた感じだと、もっとクールな子かと思ってた」


 ギルベルトは首を傾げる。


「そうか?」


「そうだよ」


 即答だった。


「授業が始まる前も一人。終わった後も一人。休憩中も誰とも話してなかったし」


 言われてみればその通りだった。


 特に話す必要がなかった。だから話さなかっただけだ。


 レオネルは続ける。


「正直、人間嫌いなのかと思ってた」


 ギルベルトは少し考える。


 そして首を横に振った。


「嫌いではない」


「へえ」


「興味がないだけだ」


 レオネルは吹き出した。


「それ、結構ひどくない?」


「そうなのか」


「少なくとも言われた側は傷つくと思う。……まあでも」


 レオネルは笑いながら言う。


「僕のこと、嫌いじゃないならよかった」


「何がだ」


「話しかけて無視されたらどうしようってちょっと思ってたから」


「……」


 ギルベルトは少しだけ黙る。


 そして。


「無視はしない」


 とだけ答えた。


 レオネルは嬉しそうに笑った。


「そっか」


 ――――……


 その日の合同授業も先週に引き続き、内容は魔力制御。

 だが、ただ火を灯したりするだけではないらしい。


「今日の実技は魔法陣破壊戦だ」


 生徒たちがざわつく。


「ルールは単純。自分の魔法陣を守りながら、相手の魔法陣を破壊しろ」


「直接相手を倒す必要はない」


 魔法は発動時、必ず魔法陣を伴う。

 この実技では、その魔法陣を破壊することで勝敗を決める。

 

「なお」


 教師が続ける。


「使用魔法は各々好きなものを使用していい」


 そう言って、教師は演習場の地面に埋められた小さな装置を指差した。


「ただし。魔力出力は最大20%までとする。この測定装置で常時監視しているから、上限を超えた時点で失格だ」

 

 その瞬間、何人かの生徒が嫌そうな顔をした。ギルベルトも何となく嫌な予感がした。


「先週学んだことを思い出せ。必要な場所に、必要なだけ魔力を流すだけだ。以上」


 次に教師は上級生を二人呼び出した。

 そのうちの一人を見て、ギルベルトは少し目を細める。


 レオネルだった。

 そして相手は体格の良いレオネルの同級生。


 「まずはどのようなものか、実演してもらう」


 周囲からも期待の声が上がっている。


「始め!」


 教師の合図と同時に、二人はほぼ同時に動いた。


 だが、どちらも踏み込まない。レオネルは指先を軽く振る。空中に淡い魔法陣がいくつも“浮かぶように展開”した。


「それじゃ、行くよ」


「おう。手加減すんなよ」


 軽い声。気の置けないやり取り。

 だが、空気はすでに戦闘のそれに変わっていた。


 先に仕掛けたのは相手側だった。

 足元に展開した土属性の魔法陣が淡く光る。


 陣の外周から伸びた魔力線が地面の中を走り、レオネルの魔法陣へ向かった。


 狙いは魔法そのものではない。

 魔法陣を構成する魔力回路。


 回路を乱せば術式は崩れる。


 バチッ、と火花が散った。


 魔力線がレオネルの魔法陣の外周へ食い込み、回路へ干渉する。


「……そこ狙うか」


 レオネルは小さく笑った。


 指先を軽く動かす。すると空中に浮かぶ魔法陣がわずかに回転した。


 内部の回路配置が変化する。


 相手の干渉は狙いを失い、そのまま空中で霧散した。


「外した……?」


 観客席の誰かが息を呑む。


 相手は間髪入れず次の手を打った。


 今度は一本ではない。


 複数の魔力線が地面を這い、網のように広がりながらレオネルの魔法陣全体を包み込もうとする。


 回路そのものを封じるつもりだ。


「丁寧だな」


 レオネルは楽しそうに呟いた。


 手を払う。


 空中に新たな魔法陣が出現した。


 攻撃用ではない。干渉阻害用の補助陣。


 二つの魔法陣が重なった瞬間、相手の魔力線と接触する。

 術式同士が噛み合い、互いを打ち消した。


 音もなく光が消える。


「うわ、それ嫌なやつ」


 対面の生徒が苦笑した。


 今度はレオネルが仕掛ける番だった。


 指を二本立てる。

 同時に二つの魔法陣が展開された。


 一つは防御用。そしてもう一つは攻撃用。


 細く鋭い魔力線が地面を走る。

 

 狙いは相手自身ではない。

 魔法陣の接続点。複数の回路が集中する重要箇所だった。


「そこかよ!」


 相手が即座に反応する。


 魔力を流し込み、防御陣を展開。

 地面の下で術式同士がぶつかり合った。


 バチバチと火花が散る。


 光が走る。


 空気が震える。


 観客席が静かになった。


「これ……戦いっていうか、組み立てだろ」


 誰かが呟く。


 レオネルは一度だけ息を吐いた。


「じゃあ、そろそろ崩すね」


 その声は軽い。


 レオネルは防御用の魔法陣を一つ解除した。


 空白が生まれる。


「……?」


 相手の意識がそちらへ向く。


 隙だと思ったのだろう。魔力線が一斉に流れ込む。


 その瞬間だった。


 空いた場所へ別の魔法陣が滑り込む。


 入れ替え。


 展開されたのは攻撃用術式。


 しかも位置は相手の魔法陣が最も魔力を流している接続点の真上。


「しまっ――」


 相手の声が途切れた。


 バキッ。


 鈍い音が響く。


 魔法陣の一部に亀裂が走った。


 接続点が断たれる。

 回路が崩れる。

 光がひび割れるように広がり、魔法陣全体へ伝播した。


 次の瞬間。


 相手側の魔法陣が音を立てて崩壊する。


「くそ、そこか!」


 相手は悔しそうに笑いながら手を上げた。


「あー! 今年も負けた!」


「来年ラストチャンス頑張ってね」


「うるせぇよ」


 笑い合いながら二人は魔法陣を解除する。


 戦いというより、訓練後のじゃれ合いに近い空気だった。


 ざわつく生徒たち。


 ギルベルトは静かに息を吐いた。


(壊しているのに、壊していないように見える)


 ただ火力をぶつけ合う戦いではない。


 魔力の流れを読み、回路を組み、相手の術式を崩す。


 まるで精密な細工を競い合うような戦いだった。


「……ん?」


 ふと、レオネルの魔法陣を見ていて違和感を覚える。


 術式はすでに消えている。


 だが。


 ほんの一瞬だけ、空中に何かの線が残っているように見えた。


「……?」


 目を細める。


 錯覚だったのかもしれない。

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