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均衡の中で戦う者

 「二人ともご苦労。今見せたのは複数の魔法を使用していたが、下級生は1つでも問題ない。では、名前を呼ばれた者はこちらへ」

 

 教師の声が響く。

 名前を呼ばれた1年生二人が、それぞれ指定された位置に立つ。


「始め!」


 合図と同時に魔力が流れた。だが、最初からぎこちない。


「……20%って、これ以上上げたらアウトだよな?」


 片方が小さく呟く。


 抑えようとすれば魔法陣が不安定になる。

 攻めようとすれば制御が乱れる。

 

 その隙に干渉が走る。


 バチッ、と火花。


 魔法陣の一部が欠ける。


「っ、やば――」


 ピッ。


 装置が鳴った。


「出力超過。不合格」


 別の組でも同じだった。


 抑えすぎて崩れる者、焦って上げすぎて止められる者。

 攻撃と制御の両立ができず、魔法陣が途中で壊れる者。


 結果はどれも似ていた。


 勝者なし。あるいは、どちらも未完成。


 観客席から小さくざわめきが起きる。


「これ、難易度おかしくないか……?」


 ギルベルトはそれを見ていた。


(制御だけで、ここまで崩れるのか)


 さっきのレオネルの動きだけが、やけに異質に思えた。


 「次、ギルベルト・エヴァンス」


 呼ばれた瞬間、視線が集まる。

 ギルベルトは静かに前へ出た。


 足元の指定位置に立つと、地面の魔法装置が淡く光る。


「始め!」


 合図と同時に、魔力を流す。


 ――抑える。


 20%以下。


 意識はできている。


(出力は問題ない)


 だが、次の瞬間。

 相手の魔法陣が動いた。


 地面に魔力が走り、土がわずかに隆起する。


 ガリッ、と地形が歪む。


 ギルベルトの魔法陣の一部が揺れた。


「……っ」


 わずかな乱れ。その瞬間で制御が一瞬遅れる。


 維持が崩れた。

 攻撃を出すか、守るか。判断が一拍遅れた。


 その隙に、地面がさらに持ち上がる。


 土壁。

 魔法陣の外周を押し上げるように干渉が入る。


 バチッ、と魔力が跳ねる。


「ぐっ……」


 ギルベルトは踏みとどまる。


 20%は超えていない。超えていないはずなのに――崩れていく。


 維持しながら壊すのが、間に合わない。


 攻撃を流せば維持が崩れる。維持を優先すれば攻撃が遅れる。


 その間に、相手は“崩す方に集中している”。


 土が波のようにうねる。魔法陣の基盤がずらされていく。


「っ……!」


 最後に一瞬だけ魔力を強めた。だがその瞬間、装置が反応する。


 ピッ。


「出力超過」


 同時に――


 ガラッ。


 魔法陣が崩壊した。


「トーマス・フェルド、合格。ギルベルト・エヴァンス、不合格」


 ギルベルトは一歩下がる。


 納得できない。

 抑えていた。制御もできていた。

 それでも、崩された。


 相手は特別速くもない。だが、“崩し方”が違った。


 維持と攻撃を同時に成立させる余裕が、自分にはまだない。


 ギルベルトは静かに魔法陣を見る。


 壊れた円。

 それを見て、初めて理解する。


 これは、出力の問題じゃない。運用の問題だ


 ――――……

 

 昼休み。

 合同授業が始まってからというもの、専門棟が違うこともあって、ロゼッタとギルベルトが揃って昼を取れるのはこの中庭くらいになっていた。


 ロゼッタは大好きなパンをかじりながら、不満そうに言った。


「セイン、すぐどっか行く」


 ギルベルトはスープを飲みながら頷く。


「またか」


「うん。リベンジできない。任務だなんだでいない。アーヴィンは強すぎて勝てない。楽しいけど」


 ロゼッタは一瞬だけギルベルトを見る。


「そっちはどうなの」


「何の話だ」


「何してるの、授業」


 ギルベルトは少しだけ間を置く。


「弱い力の使い方をやってる」


「なにそれ、つまんなそう」


 一気に興味をなくしたかのように、パンをもう一口かじる。ギルベルトは視線をスープに落としたまま黙った。


 その時だった。


「へえ〜」


 軽い声。


「こんな寒いのに外でランチ? 若いねえ」


 ロゼッタが顔を上げる。


 セインがいた。

 いつものように、ヘラヘラと軽い笑みを浮かべている。


「どこから出てきた!私と戦え!」


「いきなりなんなのこの子!俺疲れてるんですけど!ねえ!ギルくん!」


「うるさい」


「ひどくない!?」


 少し遅れて、もう1つ声が落ちる。


「偶然が重なる日もあるものだね」


 ギルベルトが視線を向ける。レオネルが弁当を片手に立っていた。


 セインが笑う。


「レオレオじゃんっ!今日もメガネ活かしてるね!」


 レオネルは肩をすくめる。


「君は相変わらずだね」


 セインは勝手にロゼッタの隣に座る。


「ロゼちゃん、この前活火山が有名な温泉町に行ったからさ。じゃーん!これ名物のまんじゅう!」


「まん……じゅう!!!?」


 セインが土産にとロゼッタに渡したのは拳ほどの大きな饅頭だ。


 食べ物に目がないロゼッタは勢いよくかぶりつく。

 甘くて美味しいのか、うっとりした表情で咀嚼している。


「おい、ロゼに餌付けするな」


「だってかわいい後輩なんだもん〜」


 そんなやりとりを見て、レオネルはクスッと小さく笑った。


 ロゼッタは饅頭を食べ終えると、レオネルの方を初めてちゃんと見た。


「お前は誰だ?じっと見てくるな」


 突然の質問に、レオネルは一瞬だけ考える。


「僕はレオネル・ヴァイス。ギルくんと同じ魔法学を取ってる3年生。あと、観察かな」


「観察?」


「うん」


「何を?」


「君たちみたいな変わってる人間」


 セインが横から笑う。


「いや〜ん、俺ら研究対象じゃん」


「ふーん、観察して何かわかった?」


 ロゼットの問にレオネルは肩をすくめる。


「うーん、まだデータが足りないかな」


「俺のことなら、好きなだけ研究してぇ~」


 セインの調子に、レオネルはわずかに目を細めた。


「そういうのは大丈夫」


 さらっと流すように言って、視線を外す。


 そして、そのまま自然に一歩だけ動いて、ギルベルトの隣へと腰掛け、弁当を食べ始めた。

 

 ロゼッタは饅頭の残りがないのか、セインを揺さぶって出させようとしている。

 そんな騒がしいやり取りを横目に、レオネルはふっと小さく息を吐く。

 食べ終わった弁当を片付け、視線を隣へずらした。


「……ねえ、ギルくん」


 ギルベルトが顔を上げる。


「なんだ」


 レオネルはいつもの調子のまま、軽く言う。


「また何か困ってる?」


「……」


 ギルベルトは一瞬だけ言葉を探す。


 困っている、というほどではない

 だが、うまくいっていないのは事実だった。


「……魔力制御だ」


 レオネルは小さく頷く。


「やっぱり」


 少しだけ間を置いてから、視線を中庭の空に向ける。


「ねえ、それさ」


「うん」


「戦いながら“抑えてる”よね」


「……そうだ」


 レオネルは軽く笑う。


「それ、たぶん君には向いてない」


「?」


「だってさ、それってさ」


 少しだけ言葉を選ぶ間。


「“不安定な状態を維持しながら戦ってる”ってことなんだよね」


 ギルベルトの反応を見てから、もう一段落とす。


「だからね。固定しちゃえばいいんだよ」


「固定?」


 レオネルは頷き、足元の雑草へ成長魔法を使う。魔法陣の中で雑草がゆっくり伸びていく。しかし、伸びたり縮んだりと不安定だ。


「うん。最初から20%で“そういう状態”にしておく。

 出力を抑えて戦うって、“ずっと不安定”な状態でしょ?」


「……」


「戦いながらそれやると、ちょっとした揺れで崩れる」


 そう言いながら自分の手を軽く叩く。その衝撃で足元の魔法陣は歪み、消滅した。雑草は中途半端な成長のままそこに生えている。


 レオネルは視線をギルベルトに戻す。


「だから」


 少しだけ間を置いて、


「“制御した状態で戦う”んだよ」


「……同じではないのか」


 レオネルは首を横に振る。


「違うよ」


「君は今、“抑えながら戦ってる”。でも本当は」


 少しだけ言葉を選ぶようにして、


「“抑え終わった状態で戦う”」


 ギルベルトは黙る。


(抑え終わった状態)


 その言葉だけが引っかかる。


 レオネルは軽く立ち上がりかけながら、最後にぽつりと言う。


「君はずっと調整してる限り、ずっと失敗するよ」


 そして少しだけ笑って、


「もう一度言うよ。固定しちゃうんだ」


 その言葉だけが、中庭に残る。

 

 戦いながら抑えるのではない、初めから抑えた状態で、戦う。


 それだけだった。


 ロゼッタの笑い声とセインの騒ぎの中で、ギルベルトだけが少し遅れて理解しようとしていた。


 ――夜。


 男子寮の裏にある小さな演習スペースは、ほとんど誰も使わない時間帯だった。


 ギルベルトは一人で立っている。


 昼間のレオネルの言葉が頭の中に残っていた。


「最初から20%で“そういう状態”にしておく……」


 ギルベルトはゆっくりと魔力を流した。


 ――20%。


 意識して抑えたのではない。


 そう“設定する”ように。


 火を起こす簡単な魔法、出現した魔法陣が淡く光る。


 小さな火種も魔法陣も安定している。


 だが、そこで小さく息を吐いた。右手を動かす。

 同時に、魔力がわずかに揺れた。


 火が一瞬大きくなる。


 すぐに消える。


 ギルベルトは眉をひそめた。


 今のは“維持しながら動かした”。

 つまり、以前と同じやり方だ。


 もう一度。

 今度は違う形を意識する。


 先に、状態を作る――……。


 ギルベルトは魔力を整える。


 流すのではなく、“そこに置く”。


 20%のまま固定。呼吸のように一定。

 その状態で、もう一度火を起こす。


 今度は、何も変わらなかった。

 火は小さいまま、安定して灯る。


 揺れない。消えない。

 強くもならない。

 ただ、そこにある。


「……」


 ギルベルトは少しだけ目を細めた。


(これか)


 理解はまだ浅い。


 だが、感覚だけは一致している。


 “抑えている”のではない。


 “そういう状態のまま動いている”。


 ギルベルトはもう一度魔力を動かした。


 今度は火を消さない。


 維持したまま、別の操作を重ねる。


 わずかに遅れる。


 だが崩れない。


 その瞬間、ギルベルトは静かに息を吐いた。


(できる)


 まだ完全ではない。

 だが、“崩れない形”は確かにそこにあった。


 ――――……

 

 翌日の合同授業。


 演習場には、昨日よりもわずかに重い空気が漂っていた。

 下級生の結果は芳しくないらしい。教師は淡々と資料をめくり、顔を上げる。


「次」


 視線が動く。


「ギルベルト・エヴァンス」


 ギルベルトは静かに前へ出た。


 足元の魔力測定装置が淡く光る。


「始め!」


 合図と同時にギルベルトは魔力を流した。足元に浮かぶのは火属性の魔法陣。

 だが、そこから放たれた炎は攻撃用ではなかった。


 ギルベルトを中心に、小さな火が数個。肩の高さほどの位置で静かに揺れている。


 ただそれだけ。


 まるで灯火だった。


 だが、その炎は異様だった。


 揺れない、乱れない。

 風もないのに固定されたように、その場に留まり続けている。


 魔法陣も同じだった。

 術式は完成した瞬間の形を保ち続ける。まるで刻み付けられた絵のように。


 相手が動いた。

 地面へ手を置く。

 足元に展開した土属性の魔法陣が光を放った。


 ゴゴ、と低い音が響くき、地面の中を魔力が走る。


 狙いはギルベルトではない。足場そのもの。


 土を揺らし、振動を伝え、魔法陣の回路を乱そうとしているのだ。


 周囲の地面が波打つ。足元が揺れる。


 だが――


 ギルベルトは動かない。


(俺じゃない)


 視線だけが相手を捉える。


(環境が揺れているだけだ)


 魔法陣は崩れない。炎も揺れない。

 振動を受けているはずなのに、術式は寸分も乱れなかった。


「なっ……」


 相手の表情が変わる。


 通常なら揺らぎが生まれる。

 魔法陣はわずかに歪み、その隙を突かれる。


 だがギルベルトの術式にはそれがない。


 固定されている。


 相手の動きが一瞬だけ止まった。

 ギルベルトはその隙を見逃さなかった。


 指先から細い魔力を伸ばす。

 炎を飛ばすわけではない。

 相手の魔法陣を観察し、回路の流れをなぞる。


 そして――ほんのわずかな接続のズレへ魔力を流し込んだ。


 ゴッ、と音が途切れる。


「っ……!」


 土属性の魔法陣が一瞬だけ明滅する。


 回路の流れが乱れたのだ。相手は即座に出力を上げる。


 地面がさらにうねる。押し潰すような振動。

 魔法陣を力ずくで崩そうとしている。


 だがギルベルトは変えない。


 魔力出力20%。


 最初から最後まで同じ。

 何一つ変わらない。


 その異常な安定性が、逆に相手を苦しめる。


 攻撃とは本来、相手の変化を読むものだ。


 流れを見て、揺らぎを見て――そこへ干渉する。


 だがギルベルトの術式には変化がない。


 だから狙う場所がない。


 逆に相手だけが出力を変え、術式を組み替え続ける。

 その度に小さな綻びが生まれる。


 ギルベルトはそこへだけ魔力を差し込んだ。


 バチッ。


 火花が散る。


 一本。また一本。


 回路が崩れる。


「くっ……!」


 相手が最後の魔力を叩き込む。


 魔法陣の縁が軋む。地面が大きく揺れる。


 それでもギルベルトの炎は揺れない。魔法陣も揺れない。

 ただそこに在り続ける。


 そして――


 ガラッ。


 相手側の魔法陣が崩壊した。


 光が砕けるように消える。


 静寂。


「……ギルベルト・エヴァンス。合格だ」


 静かな声が落ちる。


 教師が小さく呟く。


「短期間でこれほどまでの成長。まったく……俺より優秀な指導者がいるな」


 ギルベルトは崩れた魔法陣を見つめていた。


 光の残滓がゆっくり消えていく。


 相手は悔しそうな顔をしていたが、どこか納得もしているようだった。


 教師が何か言っている。周囲もざわついている。


 だがギルベルトは別のことを考えていた。


 さっき、相手の魔法陣の中で、一箇所だけ妙に流れが細くなった場所があった。


 そこへ魔力を流した。それだけで崩れた。


 偶然ではない、確かにわかった。

 回路の中を流れる魔力の偏り。


 強い場所、弱い場所。

 繋がっている場所、切れそうな場所。

 まるで川を見るように。


 不思議な感覚だった。


 今まで魔法陣は「形」として認識していた。

 だが今日は違う。


 形ではなく、その中を流れるものへ意識が向いた。


 ギルベルトは自分の魔法陣を見る。

 まだ消えていない火属性の術式。


 その内部を流れる魔力。


 わずかだが見える気がした。


 教師の声で意識が戻る。


「次!」


 別の生徒が呼ばれる。


 ギルベルトは静かに演習場の端へ戻った。

 そして無意識に、他人の魔法陣へ視線を向ける。


 流れを追う。

 どこへ魔力が向かうのか、どこを守ろうとしているのか。

 どこを崩せば止まるのか。

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