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花火の下で

 結局、事情の説明にはそれほど時間はかからなかった。


 ロゼッタとギルベルトを襲った男たちは、警備隊が以前から追っていた遺物密売の一味だったらしく、拘束された本人たちの証言もあって、ロゼッタたちが被害者であることはすぐに証明された。


 アーヴィンも必要な説明だけを簡潔に済ませていく。警備隊の面々は真剣な表情で話を聞き、何度か頷いた。


 やがて一通りの話が終わる頃には、街の方から大きな歓声が聞こえ始めていた。


 どぉん――――


 夜空に大輪の花火が咲く。銀色の光が広がり、街全体が歓声に包まれた。


「あぁ……始まった」


 ロゼッタが空を見上げる。その声には隠しきれない残念そうな響きが混じっていた。


 中堅隊員が苦笑する。


「事情聴取は後日で構わん。今日は祭りを楽しんでこい」


「いいの?」


「アーヴィン殿に免じて、今回は許可しよう」


 そう言われ、ロゼッタは納得したように頷いた。そしてアーヴィンの腕を掴む。


「とりあえず行こ!急いで!」


「なんで俺もなんだ」 


 警備隊と別れた三人は、急いで時計台へ向かう。鍵はされておらず、誰でも自由に入れるようだった。

 街を見下ろせるその場所からは、銀暁祭の花火がよく見える。


 無数の銀灯に照らされた街並み。夜空に咲く銀色の花。

 歓声は遠く、風は穏やかだった。


 しばらく三人は黙って花火を眺めていた。


 次々と夜空を彩る光は、村で見たものとは比べものにならないほど大きく、美しかった。


 やがてロゼッタがぽつりと口を開く。


「アーヴィンって偉い人なの?」


 アーヴィンが視線を向ける。


「急にどうした」


「だってさっき」


 ロゼッタは敬礼の真似をする。


「隊長!」


 その隣でギルベルトも頷く。


 アーヴィンは小さく息を吐いた。


「昔の話だ」


 ロゼッタが目を丸くする。


「すごい、それだけ強いってことだ」


「別に」


「すごいな」


 ギルベルトまで感心したように言った。


 ドラゴンの価値観としては、強いというのはとても魅力的なことだ。


 そんな二人を横目に、アーヴィンは面倒そうに花火を見上げる。


「大したことじゃない」


「配下とかいたの?」


「配下……。部下ならいた」


「何人?」


「百人くらいだ」


 どぉん、とまた大きな花火が夜空に咲いた。銀色の光が三人を照らし出す。


 ロゼッタはしばらく考え込んでいたが、やがて素直な疑問を口にした。


「じゃあ、なんで隊長辞めたの?」


 その問いに、アーヴィンはすぐには答えなかった。

 珍しく迷うような沈黙だった。


 遠くで歓声が上がる。夜風が吹き抜ける。


 やがてアーヴィンは花火から目を離さないまま静かに言った。


「……ドラゴンが狩れなくなった」


 ロゼッタが瞬きをする。ギルベルトは眉をひそめた。


 意味が分からない。


「狩れなくなった?」


「ああ」


 アーヴィンはそれ以上続けなかった。話は終わったと言わんばかりだった。


 だがロゼッタは納得しない。


「なんで?」


「色々だ」


「答えになってない」


 ギルベルトが横から口を挟む。


「ロゼ」


「気になる」


「分かるが」


「気になる!」


 アーヴィンは小さくため息をついた。しばらく黙った後、静かに口を開く。


「……娘がいた」


 アーヴィンに家族がいた。その事実自体が意外だった。


「もう二十年以上前の話だ」


 アーヴィンは夜空を見上げる。


 花火が次々と咲いては消えていく。


「俺の故郷の上空で空の大潮が発生した。規模は小さかったが、小さな村くらいなら簡単に飲み込む大きさだった」


 その言葉に、ロゼッタとギルベルトの表情が変わる。


「発生する少し前、俺は村の外にいた。ちょうど任務が終わって村に帰るところだった」


 アーヴィンは花火から目を離さない。


「村まではあと少しだった」


 一瞬だけ言葉が止まる。


「だが、その時空が光った」


 低い声だった。


「そして、一瞬で目の前にあった何もかもが消えた」


 感情を押し殺しているような声音だった。


「夢を見ているのかと思った。気が付いた時には何もなかった。村も、家も、娘も、痕跡すらな」


 花火の光が消える。一瞬だけ夜が深くなる。


「誰も信じなかった」


 アーヴィンは小さく笑った。自嘲にも似た笑みだった。


「当然だ。俺だって信じられなかった」


 だから探した。狂ったように。


 空の大潮を、消えた娘を。


「そして見つけた」


 その言葉に二人は顔を上げる。


「見つけた?」


「ああ」


 アーヴィンの視線は夜空へ向けられたままだった。


「村が消滅した数年後にな」


 その先を語るのを躊躇うような沈黙が落ちる。


 やがて彼は静かに続けた。


「王国南部にドラゴンが現れた」


 その言葉に、ロゼッタもギルベルトも息を呑む。


 アーヴィンは花火の消えた夜空を見上げた。


「娘は生まれつき視力が弱かった。両目の瞳が白く濁っていてな。

 そのドラゴンも、同じ目をしていた」


 一瞬だけ言葉が途切れる。


「姿形はまるで違った。証拠もなかった」

 

 アーヴィンは静かに目を閉じる。


「だが……俺には娘に見えた。父親だからかもしれん。ただ、そうとしか思えなかった」


 花火が夜空に咲き、銀色の光が一瞬だけ横顔を照らす。


「……だが、その時にはもう遅かった。討伐はすでに終わっていた」


 ロゼッタの肩が小さく震える。


「俺は何もできなかった。父親なのに、助けられなかった」


 何度も夜風が吹き抜ける。


 誰もすぐには言葉を返せなかった。


 しばらくして、アーヴィンは小さく息を吐く。


「こんな日に話すようなことじゃないな」


 人間なら、きっとそこで話題を変えていただろう。けれどロゼッタは違った。


「じゃあ」


 アーヴィンが視線を向ける。


「娘はもういないのに、それでも研究を続けているのはなぜ?」


 遠慮のない問いだった。


 だがそこに悪意はない。純粋な疑問だった。


 アーヴィンはしばらく黙る。


 夜空に花火が咲く。銀色の光がゆっくりと広がり、そして消えた。


「……分からなかったからだ」


 低い声だった。


「何が?」


 ロゼッタが首を傾げる。


「娘に何が起きたのか」


 アーヴィンは静かに答えた。


 十年以上積み重ねてきた問いだった。


「お前たちが現れるまでは、半分諦めていた」


 アーヴィンは二人を見る。


「俺の見たものは、ただの幻だったのかもしれないとな」


 花火が夜空に咲く。銀色の光が三人を照らした。


「だが、ドラゴンだったお前たちは人間になった」


 その声には、ほんの僅かな熱が宿っていた。


「だから確信できた」


「確信?」


「ああ」


 アーヴィンは頷く。


「人がドラゴンになるという現象は、確かに存在する。俺が見たものは幻じゃなかった」


 夜空にまた1つ、銀色の花が咲く。


「娘は確かにドラゴンになった」


 そして静かに続けた。


「だから今も研究を続けている」

 

 その横顔を見ながら、ロゼッタとギルベルトは初めて知った。


 アーヴィンが研究を続ける理由を。そして、自分たちを助けようとしている理由の一端を。


 ――……

 

 銀暁祭から数週間が過ぎた。

 

 朝は鐘の音で目を覚まし、教室へ向かう。授業を受け、課題に追われ、たまにミレーユと食事をし、寮へ戻る。

 

 特に変わり映えのしない毎日だった。

 あの日アーヴィンと交わした約束も、今はまだ動き出す気配がない。


 気付けば季節は秋の終わりへと移り変わり、朝晩の空気には冷たさが混じり始めていた。


 そんな頃、専門別の授業で一ヶ月間の上級生との合同授業が行われることになった。

 上級生との交流を通して知識や技術を深めるためのカリキュラムだ。


 専門別では、ロゼッタは体術学、ギルベルトは魔法学を履修している。

 そのため今回は一ヶ月間別々に授業を受けることになった。


 普段なら何かとロゼッタの近くにいるギルベルトも、この時間だけはさっさと彼女を置いて専門棟へ消えていく。


 ロゼッタは一人、体術学の授業が行われる闘技場へ向かった。


 女子生徒で体術学を選択している者は少なく、少なくとも同学年ではロゼッタ一人だけだった。


 闘技場へ足を踏み入れると、見知らぬ上級生らしき男二人がニヤニヤと笑いながら声をかけてくる。


「君が噂のロゼッタ・エヴァンスさん?」


「かわいいねー!体術に興味あるの?」


「うん。体を動かすのは好きだから」


「そうなんだ。俺たちが教えてあげるよ」


 こんな細い体の人間に、一体何を教わることがあるのだろう。


 そう思いながら適当にあしらおうとする。


「私は自分で勝手に学ぶから大丈夫だ」


 そう言って立ち去ろうとしたが、男たちはしつこく食い下がってくる。


 おそらくメスだからと舐めているのだろう。

 ドラゴンの恐ろしさを教えてやろうか。


 そう思い、拳に力を込めようとしたその時だった。


「やめなよ男子ー!後輩ちゃんが怖がってんじゃーん!」


 パシン、と軽快な音を立てながら、男二人の後頭部に平手打ちをした人物が割って入ってきた。


 金髪に襟足だけ軽く結べる程度に長い。髪色に似合う青い目をしている。

 そして身長が高い。だが驚くほど細い。


 風が吹けば飛んでいきそうな体つきなのに、妙な存在感があった。


「なんだよセイン。お前帰ってきてたのかよ」


「たっだいまー!お土産はありませーん!」


「うわ、うるさ」


「相変わらずだな……」


 上級生二人は露骨に嫌そうな顔をすると、そのままさっさと立ち去っていった。


 その様子を見ていたロゼッタはぽつりと呟く。


「ハブられてる」


「違いまーーす!!!!」


 即座に返ってきた大声に、ロゼッタは少しだけ耳を伏せたくなった。


 しつこい男たちが離れたと思えば、今度はやたらとうるさい男が現れた。

 関わる価値なしと判断したようにその場を離れようとしたが、


「あー!待って待って!」


 慌てたように男が呼び止めた。


「アーヴィン先生から色々聞いてるんだってば」


 その言葉に足を止める。


 先ほどまでの騒がしい調子とは違う。少しだけ落ち着いた声だった。


「俺の名前はセイン・レイフォード。アーヴィン先生の研究室で助手やってるの、よろしくね」


 ヘラヘラとした笑みを浮かべながら、セインは手を差し出してくる。


「……ロゼッタ、よろしく」


 ぎこちなくその手を握った瞬間だった。


 思わず目を見開く。


 とてつもない量の魔力。人間から感じる量ではなかった。


 驚いて手を離すと、セインは苦笑いした。


「あー、びっくりした?俺、生まれつき魔力多くてさー」

 

 ひらひらと手を振る。


「漏れちゃうんだよね。だから接触すると違和感感じる人もいるんだ」


 下手をすればドラゴン以上だ。

 そんな魔力を、この男は当たり前のように纏っていた。


「でもまさか!ロゼちゃんも体術取ってるとは思わなかったなー!」


 もうテンションが戻っている。


「先生から聞いてはいたんだけどさ、俺いろんなとこ飛び回ってるから授業にもあんまり顔出せなくて!」


「飛び回る?」


「そそ!この前なんて西の砂漠まで行ってきたし!」


 楽しそうに身振り手振りを交えて話し始める。


「そこのサボテンジュースがめちゃくちゃ美味かったんだよ!あ、ロゼちゃんにも今度買ってきてあげるね!」


「サボテンを飲むのか?」


「飲むんだよ〜!」


「変な人間だな」


「よく言われる!」


 話題は次から次へと飛んでいく。

 まだ数分しか話していないはずなのに、ロゼッタは少しだけ疲れていた。


 しばらくして体術学の担当教員たちが現れ、授業が始まった。


 本日の課題は武器の訓練。


 闘技場の端には様々な武器が並べられていた。


 剣、槍、斧、大剣、短剣、弓。


 中には見たこともない特殊な武器まで置かれている。


「今日は自分の好きな武器を1つ選べ。それぞれ教員が使い方の基礎から教える」


 教員の声が響くと、生徒たちは一斉に武器棚へ向かった。


「俺はやっぱ大剣かな」


「槍が一番強いだろ」


「俺、今年は剣にしようかな」


 上級生たちは慣れた様子で武器を手に取っていく。

 中には体格に見合わない巨大な戦斧を軽々と担ぐ者もいた。


 同級生たちも憧れがあるのか、派手で強そうな武器を選んでいる。


 大剣、長槍、双剣、巨大な盾。


 どれもいかにも戦士らしい武器ばかりだった。


 そんな中、一人だけ武器棚の前で立ち尽くしている者がいた。


 ロゼッタである。


「……」


 武器……武器とは何だろう。


 ドラゴンであった頃は爪で裂き、牙で噛み砕き、尾で薙ぎ払っていた。

 人間になってからも基本的には拳で十分だった。


 だから武器を選べと言われても困る。どれも使ったことがない。そもそも必要性を感じたこともなかった。


 大剣を持ち上げてみる。重い。別に持てないわけではないが、拳で殴った方が早そうだ。


 槍も持ってみる。長い。邪魔だ。


 弓は引いてみたが、矢を放つまで待つ意味が分からなかった。


「難しいな……」


 珍しく本気で悩む。

 周囲を見渡せば、みな武器を決めていた。


 自分だけが取り残されている。


 ふと、少し離れた場所にいるセインが目に入った。


 何を選んだのか気になって覗いてみる。


「……鞭?」


 セインが手にしていたのは細長い一本の鞭だった。


 剣でも槍でもない。当然、大剣でもない。


 周囲の生徒たちが強そうな武器を選ぶ中、一人だけ妙なものを持っている。

 

「おっ、ロゼちゃん!」


 視線に気付いたセインが手を振る。


「これいいでしょ!」


 嬉しそうに鞭を振り回す。


 パァンッ!!


 乾いた音が闘技場に響いた。


 近くにいた生徒がびくりと肩を震わせた。


「全然良く見えない」


「えー!? かっこいいじゃん!遠くから攻撃できるし、絡め取れるし、便利だよー?」


 へらへら笑いながら鞭を肩に担ぐ。まるで遊び道具でも選んだかのような気楽さだった。

 しかし不思議と様になっている。


「まあロゼちゃんは拳の方が強そうだけどね」


「その通りだ」


 即答すると、セインは吹き出した。


「ははっ! 迷ってるなら適当に選んじゃえば?」


 適当、それが一番難しいのだ。


 ロゼッタは再び武器棚の前に立った。どれも今ひとつしっくりこない。

 そもそも拳で十分な気がする。


 しばらく悩んだ末、視界の端に小さな武器が映った。


 一本のナイフだった。


 手に取る。軽い、邪魔にならない。落としても壊れなさそうだ。


「これでいいか」


 隣で鞭をぶらぶらさせていたセインが目を丸くする。


「え、ロゼちゃんナイフなの?」


「軽い」


「理由それだけ?」


「それだけだ」

 

 セインは数秒黙った後、堪えきれず吹き出した。


「はははっ! いいねいいね!」


 ロゼッタは首を傾げる。


 何がおかしいのか分からなかった。少なくとも、大剣よりは扱いやすそうである。


「ナイフを選んだのか」


 教員はロゼッタの手元を見ると、少し意外そうに眉を上げた。


 周囲では大剣や槍を選ぶ生徒が多い。

 その中でロゼッタの持つ小さなナイフはひどく地味に見えた。


「何か問題があるのか?」


「いや」


 教員は首を横に振る。


「武器に優劣はない。あるのは向き不向きだけだ」


 そう言うと、腰から同じような小型ナイフを一本取り出した。


「まず利点から説明しよう」

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