表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/18

理論上は可能

 王立アルケディア学術学院、観測室。


 レオネル含む解析班はアーヴィンたちが現場から持ち帰った観測記録データを解析していた。


「悪い、レオネル。ここの部分、もう少し細かく数値を計算して貰えるか?」


「はい、少しお待ちください」


 忙しなく投影盤を見ては、レオネルは指先で空中に数式を走らせる。

 淡い光が線となって重なり、記録された魔力波形が再構築されていく。


 レオネルはしばらく魔力波形を見つめたまま動かなかった。


「レオネル、どうした?」


 数式、波形、欠落の位置。

 それらを何度も重ね直しながら、静かに息を吐く。


「……アーヴィン先生の仮説」


 ぽつりと呟く。


 数人が顔を上げた。


「もし空の大潮が、膨大な魔力源同士の共鳴によって発生する現象だとしたら――」


 レオネルは投影盤を拡大する。


 古竜の遺骸、竜鱗の結晶、空中流脈の乱れ。


 それぞれの反応点が、ゆっくりと重なっていく。


「たしかに今までの現象がほぼ説明できるかもしれない」


 レオネルは一度だけ頷いた。


「仮説は、仮説のままでは終わりません」


 投影盤の光が揺れる。

 重なった波形が、ある一点で一致する。


「再現条件が、逆算できます」


 その言葉に、空気が変わった。


「つまり……」


「はい」


 レオネルはゆっくり顔を上げる。


「アーヴィン先生の仮説は、実験に移せる段階に入っています」


 レオネルの言葉に、誰もすぐには反応できなかった。


 沈黙のあと、誰かが低く言った。


「しかし……出てきた骨だけでも、ドラゴン二百体はある」


 一度言葉を切る。


「最低でも、そのくらいの魔力密度が必要だ」


 視線が投影盤に集まる。

 そこに映るのは、未だ解析途中の共鳴記録。


「それをどうやって再現する?」


 その問いだけが、観測室に落ちた。


 レオネルは一度だけ投影盤を見つめ、それから静かに口を開いた。


「……一点、前提があります」


 数人の視線が集まる。


「重要なのは――“位相安定性”です」


 レオネルは波形を示した。


「魔力量ではありません。どれだけ安定して同じ周期を維持できるかです」


 投影盤の波形が重なる。


「今回の記録では、発生直前に複数の魔力源が急速に同期しています」


 指先が一点を示す。


「つまり共鳴は強度ではなく、位相安定性によって維持されている可能性が高い」


 数字の意味は理解できる。

 だが現実として並べるには、あまりにも重すぎる規模だった。


「……そこでひとつだけ。思いついたことがあります」


 静寂を破るレオネルの声。


「僕たちが考えられる中で、最も高い魔力密度を持つ存在がいます」


 一瞬、室内が静止する。


「セインか……?」


 一人がそう呟いた瞬間、空気がわずかに変わった。


 冗談で済ませられる話ではない。

 その理解だけが、じわりと広がっていく。


「でも……あいつは確かに規格外だが、それでも二百体分には――」


「もちろん、足りません」


 レオネルは静かに遮った。


 数人が息を呑む。


「ですが――“同じ量を用意する必要はありません”」


 視線が集中する。


「空の大潮は、魔力の総量ではなく“共鳴密度”で決まります」


 投影盤の波形を指でなぞる。


「今回の観測でも、中心にあったのは“巨大な一点”ではなく、複数の発生源が、引き寄せられていく構造でした」


 数式が組み上がる。

 線が一点へと収束していく。


「つまり――」


 レオネルは一度だけ間を置いた。


「1つの安定した中心核が存在すれば、周囲の巨大魔力源や流脈はそのリズムに引き込まれ、結果として共鳴条件が自然に完成する」


 一瞬の静寂。


「中心核……」


 誰かが小さく繰り返す。


 レオネルは投影盤を閉じかけて、静かに言った。


「僕たちの中で、それに最も近い存在は一人しかいません」


 そして、全員が同時に理解してしまう。

 理解したくなかったという感覚ごと。


「セインだ」


 今度は、確信だった。


 ――――……


 王立アルケディア学術学院、第一会議室。


 長机の上には観測データと解析資料が並んでいる。


 沈黙のあと、アーヴィンが口を開いた。


「……却下だ」


 短い言葉。


「セインを使う案は採用しない」


 レオネルが顔を上げる。


「理由は?」


「危険すぎる」


 資料を閉じる指先がわずかに強くなる。


「共鳴の中心核として人間を使う時点で、制御理論が成立しない」


 低い声が続く。


「一度でも想定を外れれば、空の大潮そのものが人工的に起動する可能性がある。

 それは研究ではない。災害の再現だ」


 誰も反論できなかった。


 だが――


「でもさー」


 軽い声が割り込む。


 セインだった。


「俺、別に嫌じゃないよ?」


 一瞬、空気が止まる。


「レオレオも、先生も、みんな信頼してるし」


 何でもないように続ける。


「やってみてもいいかなーって思ってる」


「セイン」


 アーヴィンの声は低い。


「軽く言うな」


「そう?」


 首を傾げる。


「だってさ、レオレオが“いける”って言ったんでしょ?」


「……言ってはいない」


 レオネルが即答する。


「理論上成立する、と言っただけだ」


「ほら」


 セインは笑う。


「成立するなら、やる価値あるじゃん」


「お前は理解していない」


「してるよ」


 即答。


「まずいこと起きそうになったら止めればいい」


 空気が凍る。


「止められる保証はない」


 アーヴィンが言う。


「だーいじょうぶですって」


 視線がレオネルへ向く。


「レオレオいるし」


 その瞬間だった。


「ふざけるな」


 低い声が会議室に落ちた。


 誰も動かない。


 アーヴィンはセインを見ていた。


 静かな怒りだった。


「これは遊びじゃない」


 セインの笑みがわずかに止まる。


「お前に何が起こるかすら予測できない実験だ」


 低い声が続く。


「魔力暴走で済む保証もない」


「……」


「二度と魔法が使えなくなるかもしれない。身体に不可逆な変化が起きる可能性もある」


 会議室の空気が重くなる。


「最悪の場合――」


 アーヴィンはそこで言葉を切った。


「何が起きるか分からない」


 それが一番の問題だった。


 理論はある。仮説もある。

 だが前例はない。


 未知の現象に人間を投入しようとしている。


「それを『大丈夫』の一言で済ませるな」

 

 誰もすぐには言葉を返せなかった。


 セインも黙っている。


 やがて小さく息を吐いた。


「……そんなの分かってるよ」


 いつもの軽さは欠片もなかった。


 セインはアーヴィンをまっすぐ見ていた。


「何が起きるか分からないことくらい」


 笑っていない。


「失敗するかもしれないことも、死ぬかもしれないってことも」


 その言葉に空気が張り詰めた。


「セイン――」


「でも」


 遮る。


 声は穏やかだった。


「だからやらないっていうのは違うと思う」


「……」


「先生はずっと空の大潮を追ってきたんでしょ」


 少しだけ笑うセインだが、今度の笑みは軽くない。


「だったら、手を伸ばせるところまで来たのに怖いからやめるのはもったいないじゃん。

 ……もちろん、俺だって怖くないわけじゃないよ」


 珍しく目を逸らさず言う。


「でも、必要ならやる」


 不思議なほど揺らぎのない声だった。


「俺はそうしたい」


 セインの言葉にレオネルは思わず立ち上がる。

 

「僕は……実施が決定された場合、最後まで解析を担当させてください」


「お!頼りになるね、レオレオ」


 しばらくの沈黙の後、アーヴィンは短く息を吐く。


「……愚かだ」


 否定でも肯定でもない


「先生、難しい顔しすぎですよん」


 セインは軽く笑う。


「やるならちゃんとやろーよ」


 アーヴィンはしばらく沈黙していた。


 視線は資料でもセインでもなく、会議室の机の一点に落ちている。


 やがて、静かに口を開いた。


「……一度だけだ」


 短い言葉だった。


「この実験は一度しか行わない」


 空気がわずかに変わる。


 アーヴィンは続ける。


「成功しても、失敗しても同じだ。この手法は今回限りで封印する」


 アーヴィンは資料を閉じる。


「よって、本計画は一度限りの実験とする。以上だ」


 その一言で、すべてが確定する。


 この実験は“未来のための試行”ではない。


 “この一度のためだけの選択”だった。


 レオネルは静かに頷く。


「承知しました」


 セインは肩をすくめる。


「ま、ワンチャンス、頑張りましょっ」


 誰も笑わない。


 会議室には、妙に乾いた静けさだけが残った。


 そしてその瞬間、誰もまだ気づいていない。

 この実験が、ただの研究では終わらないということに。


 ――――……


 数日後。


 王立アルケディア学術学院、第一会議室。

 再び、この部屋に研究チームの面々が集められていた。


 その中にはロゼッタとギルベルトの姿もある


「結論から言う」


 全員の視線が集まる。


「学院は実験計画を承認した」


 室内が静かになる。


「目的は空の大潮そのものの再現ではない」


 アーヴィンは投影盤を起動する。


 砂漠で観測された共鳴構造が表示された。


 複数の光点。

 その中央に、一際大きな光点が浮かんでいる。


「今回の実験では、この中心核を人工的に再現する」


 ロゼッタが首を傾げた。


「人工的に再現?何を使うんだ?」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 アーヴィンは答えた。


「セインだ」


 ロゼッタが瞬きをする。


 隣でギルベルトの視線が投影盤へ向いた。


 そして。


 静かに口を開く。


「本気か」


 低い声だった。


 アーヴィンは視線を向ける。


「本気だ」


「そうじゃない」


 ギルベルトは中央の光点を見る。


「本当に使うのか」


 その一言に全てが詰まっていた。


 理論の話ではない。

 セインという人間を、その中心に置くのかという話だ。


 ロゼッタも腕を組む。


「難しいことはわからない。でも危ないってことは私でもわかる」


「ああ」


「ならダメじゃないか」


 あまりにも単純な言葉。


 だが誰も即座には否定できなかった。


 アーヴィンも。


 否定したいのに、できなかった。


 研究者としては理解している。

 セイン以上の適任者はいない。

 理論上、成功率も最も高い。


 だが――。


 資料の上に置かれた手が僅かに強く握られる。


 生徒だ。研究材料ではない。


 ましてセインは、誰より長く研究室に出入りしていた教え子だった。


 沈黙が落ちる。


「セインじゃなきゃ駄目なのか」


 ギルベルトが低く言った。


「他に方法はないのか」


 ギルベルトの問いにアーヴィンよりも早く答えたのはレオネルだった。


「現時点ではない」


 即答だった。


 その迷いのなさに、ギルベルトの眉が寄る。


「断言するのか」


「する」


 レオネルは頷く。


「僕が提案した実験だからね」


 会議室が静まる。


「必要な条件は解析済みだ」


 資料を開く。


「共鳴を起こすだけなら方法はいくらでもある。でも空の大潮を調べるなら駄目だ」


 指先で数式をなぞる。


「必要なのは制御された中心核。位相を維持しながら、周囲の魔力を引き寄せる存在だ」


 レオネルは顔を上げる。


「それができる候補が、今のところセインしかいない」


 ギルベルトは黙る。


 納得していない顔だった。


「危険だ」


「うん」


「失敗するかもしれない」


「うん」


「それでもやるのか」


 レオネルは少しも目を逸らさなかった。


「やる」


 言葉に迷いはなかった。


「空の大潮は君たち自身にも影響を与えた」


 ロゼッタとギルベルトを見る。


「原因を知らないまま放置する方が危険だ。次に誰が巻き込まれるか分からない」


 会議室に沈黙が落ちる。


「だから僕は実験を提案した」


 レオネルは続ける。


「そして提案した以上、他人事にはしない」


 ギルベルトが目を細める。


「……」


「主任はアーヴィン先生だ」


 レオネルははっきりと言った。


「最終判断も責任も先生にある。でも、この計画を机の上に載せたのは僕だ。だから僕にも責任がある」


 レオネルはギルベルトから目を逸らさない。


「共鳴制御は僕が担当する。異常が出れば真っ先に止める、必要なら実験中止を進言する」


 そして少しだけ苦笑した。


「少なくとも、先生一人に全部押し付けるつもりはないよ」


 ギルベルトはしばらく黙る。


 やがて低く言った。


「……お前は信用できる」


 レオネルが少し驚く。


「でも」


 ギルベルトは続けた。


「それと賛成するかは別だ」


「当然だね。僕も君の立場なら同じことを言う」


 レオネルは少しだけ表情を柔らかくする。


「だから協力してほしい」


「?」


「君はセインを守りたいんだろう」


 ギルベルトが黙る。


「僕もだ」


 その言葉だけは妙に真っ直ぐだった。


「だったら実験の外から反対するより、中に入って守ってくれ」


 その言葉に、ギルベルトは返事をしなかった。


 再度会議室に短い沈黙が落ちる。


 その時だった。


 ロゼッタが突然立ち上がった。


「ロゼ?」


 ギルベルトが呼ぶ。


 だがロゼッタはそのまま扉へ向かう。


「どこ行くんだ」


「聞いてくる」


 それだけ言って部屋を出た。


 誰も止めなかった。

 何を聞きに行くのか、全員わかっていたからだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ