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群れを崩す者たち

 セインは迫り来る砂喰竜蟲サンドレックスの群れを眺めながら指を指した。


「まず、あれを全部倒す必要はない。先生も追い払えって言ってたし。なので!!」


セインはにかっと笑う。


「指示個体を潰そう!群れで動く魔獣にはだいたい指示個体がいるから、それを潰せば散る!」


ロゼッタが首を傾げる。


「全部同じに見えるけど」


「だーいじょうぶっ」


 即答だった。


「指示個体は見ればすぐわかるから!」


 そしてセインはロゼッタを指差す。


「ロゼちゃんにはそいつを上から探してもらいまーすっ!」


「上?」


「そう!」


 セインはロゼッタの足元に手をかざす。


「《風は汝を拒まない》」


 短い詠唱。足元に淡い青白い魔法陣が展開される。そしてロゼッタの体がふわりと宙に浮いた。


「おお……!!」


 重力が消えたような感覚。

 足元に風の足場が生まれ、体を支えている。


 何年ぶりだろう。

 翼を失ってから、ずっと遠いものになっていた感覚。

 見上げることしかできなかった空に、自分の体が浮いている。


「これで空に上がれるよ。見つけたらそこに行きたいと強く思えば、風が運んでくれる」


「これ、私にも後で教えろ」


 ロゼッタの声は少しだけ弾んでいた。


 抑えきれないというより、抑える理由が見つからない、といった調子だった。


 久しぶりの空。


 ただそれだけのことが、こんなにも嬉しい。


 セインは「習うのは3年生からだけど、しょーがないなぁ」と笑う。


「さて、ロゼちゃんが空から探してる間に、俺とギルくんで突っ込んでくる奴らを止める」


「どうやったら止めれる?」


「方法は色々あるけど、やっぱり効果的なのは水か、氷。あとは音とかかなぁ」


「わかった」


「よしっ。じゃあ二人とも、行こうか」


 セインは満足そうに頷く。

 そして、パチンッ――と指を鳴らした。


 その音が聞こえたと同時にまた視界の空間が折れる。瞬きをした時には、景色が少しだけ変わっていた。


 遠くの背後には観測拠点。前方には迫り来るサンドレックスの群れ。

 アーヴィンたちと魔獣のちょうど中間地点。


 セインの転移魔法だった。


 ギルベルトは無言で前方を見据えた。


 こちらへ向かってくる個体はおよそ十五。


 いつかの魔法学の授業で教師が言っていた言葉を思い出す。


『戦場では魔力の節約が生死を分ける』


『全力で殴ることしかできない魔導士は長生きできん』


 当時はよく分からなかった。


 だが今なら理解できる。

 必要なのは勝つことではない。追い払うことだ。


 ならば――。


 殺さない程度でいい。


 出力、40%。


 ギルベルトの左右に幾重もの魔法陣が静かに展開された。


 青白い光が乾ききった大地の亀裂を照らす。


 最前列のサンドレックスが大きく口を開いた。


 何重にも並ぶ牙。その奥に覗く暗い口腔。ギルベルトは最も大きく口を開いた個体へ視線を向けた。


「来い」


 周囲の空気が震える。


 乾いた大気の中から無数の水滴が集まり、一気に圧縮されていく。


 次の瞬間。


 轟音と共に高圧の水流が放たれた。


 槍のように収束した激流が乾いた土埃を引き裂きながら一直線に駆ける。


 狙いは外殻ではない。開かれた口の奥。

 水流はそのままサンドレックスの口内へ叩き込まれた。


 巨体が大きく仰け反る。

 だがギルベルトは手を緩めない。


「飲め」


 低い呟き。


 押し込まれた水が喉の奥へ流れ込む。


 サンドレックスが激しく身を捩った。


 吐き出そうと暴れる。しかし大量の水はすでに呼吸器官へ入り込んでいた。


 巨大な体が痙攣する。


 そして――。


 ドォンッ!!


 サンドレックスの巨体がひび割れた大地へ倒れ込む。


 死んではいない。だが呼吸を整えるまで戦闘は不可能だろう。


 ギルベルトは倒れた個体を一瞥する。

 

 そして、次の瞬間にはすでに視線を別の個体へ向けている。

 最初の一体など最初から数に入っていなかったかのように。


 再び魔法陣が輝いた。


 遠くでギルベルトの水流が奔った。乾ききった大地を裂くような轟音。巨大なサンドレックスが次々と倒れ込んでいく。


 だがセインはその光景を横目に、軽く肩を回しただけだった。


「さて、俺もやっちゃいますかぁ〜!」


 呟きは軽い。


 ひび割れた大地を這うように迫るサンドレックス。

 まだ数は多い。


 そして――動きはバラけ始めていた。


 ギルベルトの水流によって、群れの統率が崩れつつある証拠だ。


「あっちこっち行かれると面倒だから、大人しくして」


 セインは片手を前に出す。


「《響け》」


 ――パチンッ。


 乾いた指鳴らしが落ちた瞬間。


 世界が一拍だけ“静止”した。


 次の瞬間。


 ――ドンッ。


 音が遅れて戦場全体に叩き返される。


 空気そのものが衝撃になり、大地を押し潰した。


 最前列のサンドレックスがのけ反るように崩れ落ちる。


 セインは少しだけ目を細めた。


「鼓膜破れちゃった?……あ、そもそも鼓膜あるんだっけ」


 上を見上げながら、どうでもよさそうに考える。


「まぁ、いいや」


 さらにもう一度、指を弾く。


「《響け》」


 ――パチンッ。


 今度は“音”が群れの中心に落ちた。


 見えない衝撃が連鎖し、サンドレックスの動きが一斉に噛み合わなくなる。


 進もうとした脚が、別の脚とぶつかる。

 突進しようとした個体が、隣の個体に押し返される。

 巨大な体が、勝手にバランスを崩していく。


 ドンッ、と砂ではなく“自重”で倒れ込んだ。


 殺傷ではない。ただ、立てない。


 セインはその光景を見ながら、肩をすくめた。


「はいはい。そのまま大人しくしててね」


 そして視線を上へ向け、大声で呼びかけた。


「ロゼちゃーん、見つけたー?」

 

 上空。


 風の足場の上で、ロゼッタは群れを見下ろしていた。


 数十の巨体がひび割れた大地を這い進む光景は、地上から見るよりもはるかに異質だった。


 だがその中に――違和感がある。


(あれだ)


 すぐに気づいた。


 群れの動きが、微妙に“揃いすぎている場所”がある。


 地面の中に半分潜り、出てはまた引っ込む個体。

 それに合わせるように、周囲のサンドレックスが方向を変えていた。


 中心にいるのは一体だけ。


 だが目立たない。

 むしろ隠れるように、群れの後方へ後方へと移動している。


「……あれか」


 ロゼッタは目を細める。


 昔の感覚が、ほんの少しだけ戻ってくる。


 群れの“中心”を見る目。

 ドラゴンだった頃なら、無意識で見抜いていたもの。


 今は少しだけ時間がかかる。


 それでも――見える。


「いた」


 小さく呟いた瞬間、ロゼッタは体を傾けた。


 風の足場が応えるように軌道を変える。


 見つけた“それ”へ向かって、真っ直ぐに。


 ロゼッタが動いた。風の足場を蹴り、群れの一角へ一直線に降下していく。

 それに気づいたギルベルトは静かに手を掲げた。


「行け」


 乾いた大地の裂け目から水が噴き上がる。


 一筋ではない。


 複数の流れが地面を這うように広がり、ロゼッタへ向かう群れの周囲へ一気に回り込んだ。


 次の瞬間。


 水は壁になった。

 逃げ道を塞ぐように、そして進行方向を歪めるように。


 サンドレックスの巨体が足を取られる。


 地割れの隙間に水が流れ込み、重い泥へと変わる。


 動きが止まる。


 いや、止められた。


「いいねぇ〜通じ合ってるねぇ〜」


 セインが軽く口笛を吹く。


 ロゼッタは落下の勢いのまま、狙いを定める。


 砂の中から顔を出した“それ”。

 群れを操っていた中心個体。


 逃げようと、再び地面へ潜ろうとする。


 だが遅い。


 地面はすでに水を吸い、重く粘つく泥へと変わっていた。

潜るどころか、踏み込むたびに体が沈む。


「そこだ」


 ロゼッタは警棒を握り直した。


 そして――大きく振り下ろす。


 その一撃は、ためらいも迷いもないまま真っ直ぐに落ちた。


 警棒がぶつかった瞬間、空気が破裂した。


 ――ゴンッ!!


 硬い音ではない。


 圧縮された質量が一気に解放される衝撃。


 指示個体の頭部が、地面ごと“消し飛ぶように”沈み込んだ。


 同時に警棒は限界を超え、金属が悲鳴を上げて砕け散る。


 だが、それで終わりではない。


 叩き込まれた勢いそのままに、ロゼッタは体重ごと踏み抜いた。


 ――ドォンッ!!


 固まった大地がひび割れ、中心個体の巨体が完全に潰れる。


 抵抗する間もない。


 動くという段階ごと、潰された。


 その瞬間。


 群れが、崩れた。


 統率を失ったサンドレックスたちが、一斉に方向を見失う。


 進む者、止まる者、潜ろうとする者。


 すべてがバラバラに散っていく。


「よしっ!」


 セインは軽く拳を握った。


 ――――


 少し遅れて、ロゼッタとギルベルトが戻ってくる。


 ロゼッタの手には、折れた警棒の残骸が握られていた。


 金属は無惨にひしゃげ、もう武器とは呼べない姿になっている。


「思ったより威力が出た」


 ロゼッタはセインを真っ直ぐ見る。


「お前、これに何かしたか?」


「ん?」


 セインは一瞬だけ首を傾げて、それからあっさり答える。


「俺の魔力をちょっと込めて強化してたよ」


「そうか」


 短い返事。


 だがその一言のあと、ロゼッタはほんのわずかだけ目を細めた。


「……そうか」


 もう一度同じ言葉。


 今度は少しだけ温度が低い。


 自分の実力だけで仕留めたと思っていた一撃に、わずかに“補助”が混ざっていたと知った瞬間だった。


 ロゼッタは折れた警棒を見下ろす。


 握り直す指に、ほんの少しだけ力が入る。


「……別にいいけどな」


 ぽつりとそう言ってから、視線をそらした。


 だが口調とは裏腹に、明らかに納得していない。


 セインはそれを見て、肩をすくめる。


「え、ごめん。なんか怒ってる?」


「怒ってない」


 即答だった。


 間。


「……ちょっとだけムカついただけだ」


 ふんっと顔を背けるロゼッタにセインは焦り、ギルベルトに助けを求める。


「ギルくん、俺悪いことしちゃったかな」


「そうなんだろう」


 別にギルベルトはセインを慰める気はないようだ。


 アーヴィンたちの元に戻ると、撤収作業は完了していた。


「戻ったか」


 アーヴィンは三人を一度見て、軽く息を吐く。


「ご苦労だった」


 それだけ言うと、すぐに踵を返す。


「帰るぞ」


 乾いた大地に残るのは、ひび割れた痕跡と、静まり返った風だけ。


 やがて一行はその場に立ったまま、セインが軽く指を鳴らす。


「じゃ、帰りますよー」


 ――パチンッ。


 次の瞬間、そこに彼まらの姿はもうなかった。


 ただ、遅れて風がその場所をなぞる。

 遠くで砂が崩れる音だけが、小さく響いていた。

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