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共鳴の始まり

 その言葉が落ちた瞬間だった。


 防御網の外で渦巻いていた砂嵐が突然弱まり消えた。


 空が静まり返る。


「……?」


 ロゼッタが顔を上げた。


 黒い雲が集まっている。砂漠ではありえないほど濃密な雲。

 空中流脈から引き剥がされた魔力が上空で巨大な塊を形成していた。


 アーヴィンの表情が険しくなる。


「まずいな」


「何がです?」


「共鳴による急激な気象変化だ」


 その言葉と同時だった。


 ――ぴちり。


 小さな音が響く。


 ロゼッタが顔を上げると、防御網の表面に水滴が弾けていた。


「雨?」


 ありえない、ここは砂漠だ。


 だが次の瞬間。


 ――ザァァァァァァァァァッ!!


 空が崩れた。


 滝のような豪雨が大地を叩く。


「うわぁっ!?先生、これまずいんじゃ!」


 砂漠を覆う砂が一気に流されていく。

 激流のような雨だった。


 何十年分もの水が一度に落ちてきたかのような勢いで、荒れ狂う濁流が地表を削り取っていく。


 しかし雨は数分も続かなかった。


 やがて黒雲が崩れ去り、容赦ない陽光が砂漠へ降り注ぐ。

 先ほどまでの豪雨が嘘だったかのように、急激に気温が上昇した。


 そして。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……。


 地面が鳴った。


「まだ何か来るのか!?」


 誰かが叫ぶ。


 雨水を吸い込んだ大地に亀裂が走る。


 一本。


 また一本。


 蜘蛛の巣のように広がっていく。


「地盤が崩れています!」


 研究員の悲鳴に近い声が飛んだ。


 次の瞬間。


 ――ズドォォォンッ!!


 大地が沈んだ。


 広範囲の地面が一斉に陥没し、砂と泥が滝のように崩れ落ちる。


 舞い上がる土煙。


 その奥で、白いものが姿を現した。


 最初は岩に見えた。


 だが違う。


 滑らかな曲線。規則的な形状。

 ありえない大きさ。


「……骨か?」


 ギルベルトが呟く。


 研究員たちが息を呑んだ。


 露出したのは巨大な肋骨だった。


 1つだけではない。


 地割れが広がるたびに、新たな骨が現れる。


 背骨。

 牙。

 翼を支えていたと思われる骨格。


「おい……」


 研究員の一人が震える声を漏らす。


「まだあるぞ……」


 誰も言葉を返せない。


 地平線の向こうまで。


 白い骨が次々と姿を現していた。


 数十、いや。


 数百。


 巨大な竜たちの骸。

 まるで砂漠そのものが古竜の墓場だったかのように。


 アーヴィンは無言でその光景を見つめ、やがて小さく息を吐く。


 「魔力反応を再計測しろ」


 アーヴィンの指示が飛ぶ。

 研究員が慌てて投影盤を操作する。


 数秒後。


「……反応位置が変化しています。地下だけじゃありません」


 研究員が震える指で投影盤を指差した。

 赤い光点が地表にも大量に現れている。


「露出した骨格から魔力反応を検出しました」


 その場が静まり返る。


「生体反応ではありません」


 研究員は乾いた声で続けた。


「骨です、骨そのものが魔力を放っています」


 数百体。


 その数字を頭の中で組み立てる。


「主任?」


 研究員の一人が不安そうに声をかける。


 アーヴィンはしばらく答えなかった。


 やがて静かに口を開く。


「空の大潮については、長い間1つの学説が有力視されていた。

 巨大な空中流脈同士の衝突によって発生するという説だ」


 誰もが聞いたことのある学説だった。


 だがアーヴィンは首を振る。


「だが観測記録と一致しない事例が多かった。決定的な証拠もない」


 アーヴィンは投影盤を見下ろす。


「それでも否定できなかったのは、他に説明できる理論が存在しなかったからだ」


 少し間を置く。


「今回の現象は違う」


 露出した骨群へ視線を向ける。


「竜鱗の結晶と古竜の遺骸が共鳴した結果、空中流脈が乱れ、異常気象が発生した」


 研究員たちの顔色が変わる。


「規模は比較にならないほど小さい。だが構造は同じだ」


 そしてアーヴィンは続ける。


「もし空の大潮が、膨大な魔力源同士の共鳴によって発生する現象だとしたら――これまでの記録の多くを説明できる」


「なら、なぜ今まで分からなかったんです?」


 セインの問いに、アーヴィンは即答した。


「観測対象を間違えていたからだ」


 その場が静まる。


「研究者たちは空を見ていた」


 アーヴィンは黒雲の残る空を見上げる。


「だが実際に起きていたのは、もっと小さな共鳴現象の積み重ねだった可能性がある」


 そして地面を見る。


「それに――」


 露出した骨群を指差した。


「こんなものを観測できる機会がなかった」


 研究員たちも骨を見る。


「古竜一体ですら国家級の魔力を持つ。現代では竜そのものが希少だ。

 まして数百体分の魔力が一箇所に集まった事例など存在しない」


 アーヴィンは静かに続けた。


「発生回数も少ない。原因となる魔力源は広範囲に散らばる。

 空の大潮が起きた場所だけ調べても、本当の原因には辿り着けなかったんだ」


 風が骨の間を吹き抜ける。


 アーヴィンは古竜の墓場を見渡した。


「だが今回は違う」


 投影盤には、竜鱗と古竜の遺骸が起こした共鳴記録が残っている。


「初めて観測できた」


 その声には確信が滲んでいた。


「空の大潮へ至る現象の、最初の一歩をな」


 アーヴィンは投影盤を閉じる。


 そしてふとロゼッタへ視線を向けた。


 ロゼッタはまだ結晶化した竜鱗を両手で抱えるように持っていた。

 本人は状況を半分も理解していない顔をしている。


 アーヴィンは思わず微笑んだ。


「まさかお前の宝物が、こんな大発見を連れてくるとはな」


「そう?」


「ああ。研究者としては泣いて喜ぶレベルだ」


「アーヴィン、泣いてない」


「あくまで比喩だ」


 ロゼッタは手の中の結晶を見る。


「じゃあ持ってきてよかった」


「いや」


 アーヴィンは即答した。


「結果論だ」


「?」


「今回はたまたま観測体制が整っていたからよかった」


 アーヴィンは結晶を指差す。


「今後、そういった魔力物質を現地へ持ち込むな」


「そんなに危なかった?」


「さっきの状況を見たら理解できるだろう」


 ロゼッタは周囲を見回す。


「骨がいっぱい出た」


「そこじゃない」


 アーヴィンは額を押さえた。セインが笑いながらロゼッタの肩を叩く。


「普通ならあんな異常現象、1つ起きただけでも大問題なんだよ~?」


「そうなのか?」


「そうそう。俺超怖かったもん」


 即答だった。


 ロゼッタは少し考える。


「でも、結果的には役に立った」


「それは否定しない」


 アーヴィンは苦笑した。


「だから余計に始末が悪い」


 そう言いながら、ロゼッタの手の中の結晶化した竜鱗をもう一度見る。


 結晶は今も微かに光を帯びていた。

 完全に反応が止まったようには見えない。


 アーヴィンの表情が引き締まる。


「……ひとまず、この結晶はここから離す。原因の切り分けも必要だ。結晶を遠ざけた状態で反応がどう変化するか確認する」


 一度、砂漠の地平線へ視線を向ける。


「それに、この状態では面倒なことになる」


 研究員たちも頷いた。


 ロゼッタが首を傾げる。


「面倒?」


 ロゼッタの問いにアーヴィンは答えなかった。


 代わりに鋭い声が飛ぶ。


「一度学院へ戻る。急ぎ機材を回収しろ、監視用だけ残す」


「了解!」


 セインと研究員たちが慌ただしく動き始める。

 観測杭が一本ずつ引き抜かれ、投影盤が収納されていく。


 だが、その最中だった。


「主任!」


 その声は妙に硬かった。


 研究員の一人が投影盤から顔を上げる。


「どうした」


「やはり来ましたが、想定より早いです」


 その場の空気が変わった。


「十、……いや二、三十体ほど」


 研究員の顔色が悪い。


「南西方向から向かってきています」


 同時にロゼッタの耳にも聞こえた。


 遠くから響く重い振動音。


 ゴゴゴ……と地の底を何かが掻き回しているような不気味な音だった。


 ギルベルトは地平線の先を睨む。


「……来る」


 その呟きとほぼ同時だった。


 ――バキィッ!!


 遠方の大地が割れた。


 乾ききった地表に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、その下から巨大な影が無理やり這い出してくる。


 セインが思わず目を見開いた。


「なっ――」


 地面を突き破って現れたのは、巨大な怪物だった。


 長い胴体。

 岩のような外殻。

 円形に開いた口には何重もの牙が並んでいる。


 本来なら砂の海を泳ぐ魔獣。


 だが今は違う。


 豪雨と乾燥によって固まった地盤のせいで、地中を自由に進めないのだろう。

 巨体をよじりながら、無理やり地表を掘り進んでいる。


 それでも十分に脅威だった。


 さらに一体。


 また一体。


 地割れを広げながら次々と姿を現す。

 

 研究員の一人が青ざめた。


「で、でた!砂喰竜蟲サンドレックス……!」


 ロゼッタが思わず聞き返す。


「なんだそれ?」


「砂漠に生息してる上位魔獣だよ!」


 研究員は叫ぶように答えた。


「高濃度の魔力に引き寄せられる習性がある!ある程度寄ってくるのは想定済みだったが、こんな数は――」


「鼻の利く奴らだ」


 アーヴィンが小さく舌打ちする。


 視線は迫り来る砂喰竜蟲サンドレックスではなく、周囲の監視用設備へ向いていた。


 回収したい観測杭はまだ半分以上残っている。

 投影盤の記録も回収途中だ。


 ここは空の大潮の手掛かりになり得る場所、今荒らされるわけにはいかない。


 アーヴィンは一瞬だけ状況を整理する。


 撤収にはまだ時間が必要。だがサンドレックスの到達はそれより早い。


 ならば――。


「ギルベルト、ロゼッタ」


 二人が振り向く。


「時間を稼げ」


 短い指示だった。


 二人は即座に頷く。


「わかった」


「わかった」


 だがアーヴィンはさらに続ける。


「セイン、お前も行け」


「はい!って、え!?俺もですか!?」


 セインが杭を抜きながら露骨に嫌そうな顔をする。


「俺が怪我したら最悪帰れなくなりますよ……?」


「怪我?寝ぼけたことを言うな。お前はこの場で一番戦力になる」


 即答だった。


 セインは数秒だけ黙り込み、それから肩をすくめる。


「はいはい、頑張りますよっと」


 軽い口調とは裏腹に、その目はすでに地割れを押し広げながら迫る魔獣たちへ向いていた。


 数は三十近い。


 ロゼッタが拳を握る。


「全部倒せばいい?」


「可能なら追い払え」


 アーヴィンは冷静に答える。


「死骸が増えると余計な魔力を撒き散らす」


「なるほど」


 ロゼッタが即答した。ギルベルトも無言で頷く。

 そして二人は前へ出ようとした。


「あ、ちょっと待った」


 セインが呼び止める。


 ロゼッタが振り返ると、セインは腰の後ろから一本の黒い警棒を引き抜いた。


 長さは腕ほど。一見するとただの金属製の警棒だ。


「ロゼちゃん、これ」


 ぽいっと投げる。


 ロゼッタは反射的に受け取った。


「?」


「何か武器あった方がいいでしょ~?」


 セインは軽く笑う。


 ロゼッタは受け取った警棒を軽く振る。


「使っていいのか?」


「いいよいいよ~。護身用に持ち歩いてるやつだから」


 セインは気軽に言った。そしてギルベルトを見る。


「ギルくんもいる?」


「いらない」


 即答だった。


「魔法で足りる」


「そっか」


 セインは肩をすくめる。


「じゃあ……とりあえず。俺の考えた作戦伝えるね」

 


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