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鬼追師の姫緒外伝 悪夢の降る町  作者: カンキリ


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来来!符術師様!

 二人は海岸から離れ、山沿いの道を歩いていた。

 辺りは外灯もなく、歩夢とレンレンの道行きを唯一照らすのは、頼りなげな月の蒼い光のみ。

 早足で先を進む歩夢が、時折、後ろのレンレンを気遣うように振り向いては、またひらりと前に向き直る。

 儚げな冷たい月光の中、小さく踊るように行く先を誘う歩夢について行きながら、レンレンは、まるで自分が性悪な妖精パックたぶらかされて今まさにお伽の森へと誘われようとしている愚かな犠牲者の姿に重なり見えて、小さく苦笑した。

「シェークスピアでも気取ろうかしらん」

 さもあらば、その先に待ち受ける結末は極上の『喜劇』か『悲劇』か。

 再び苦笑する。

 やがて、気がつけば潮騒は遠退き、代わって、カエル達の合唱の中に二人は浮いていた。

 そのまま――、山裾の方へと誘うように伸びる道筋に従い、山陰に近づいていくと、黒い山肌で蠢くようにゆっくりと風にざわめく木々の間を、時を遺失したセミの悲しげな鳴き声が孤独に渡って行く。

 月はすっかりその姿を山影に隠してしまい。

 最早、歩夢とレンレンの姿をこの世界に浮き上がらせるものは何もなくなった。

 闇の中での歩夢とレンレンは、砂利道を小走りにかけて行く小さな足音と、ゆっくりとそれに従いついて行く、無礼なまでに無防備な気配のみの存在だった。

 そのシュチエーションはレンレンにとって、少しばかり気に入ったものであったのだが、近づく山裾に浮かび上がった民家の灯りで、呆気なく終焉を迎える。

 歩夢の走る速度が上がった。

 多分、全力のそれに近いであろう速度で、彼は真直ぐに、生垣で囲まれた一軒の敷地に向かっている。

「ねえちゃーん!こっちこっちだ!」

 そう言いながら歩夢は、広い敷地を囲む生垣の切れ間の前で止まり、レンレンの方を振り向いて手を振った。

 急ぐことは無く。

 と言って、歩夢を待たせることもせずに、レンレンは彼に追いついて脇に並ぶ。

 生け垣に囲まれた広い敷地の奥に、今時には珍しい茅葺き平屋建ての純和風な旧家がひっそりと建っているのが見える。

 縁側に沿ってはめ込まれ、所々が開け放たれた障子戸が、家の灯りで灯籠のようにぼんやりと浮かび上がっていた。

 庭は広く、そのため、暗くて細かいところまでは確認できないが、ごちゃごちゃと庭木が植えてある風ではなく、大半が剥き出しの土場のままで、現在一般的になった『庭』の概念とは違う、農業の作業場として実用的に確保された場であると想像が出来た。

「ここが、オレん家だよ!さっ!行こ!ねえちゃん!」

「嫌」

「え?」

 突然のレンレンの拒否。

 驚いたように歩夢が彼女の顔をのぞき込む。

「『ねえちゃん』言うな。品がないから嫌!」

 歩夢は、レンレンが家に入ることを拒否している訳では無いと知ると、瞬間、ホッとしたような顔をしたが、すぐにまた困惑で顔を曇らせた。

「えー?じゃあ、ネモさん?」

「『ネモ』に『さん』を付けるのNG。おかしいわよん」

「?????」

「私はネモ(誰でも無いの意)。ネモに『さん』はいらないのよん」

 歩夢の表情が輝く。

「うん!判った!じゃ、ネモ!行こう!ばあちゃん待ってるから!」

 そう言うと、歩夢は再び駆け出した。

 大きな納屋の脇を抜けて玄関までの距離を一気に走りきり、引き戸を開けて中に入ろうとして、ためらうように振り返った。

 そして、少し遅れて自分の方へ向かってくるレンレンを認めると安心したように向き直り、家に飛び込んで目の前の広い土間に響き渡る大声を張り上げる。

「ばあちゃーん!連れてキタよぉー!」

 レンレンが土間に足を踏み入れたちょうどその時、一段高くなった居間の奥から、白髪混じりの髪を波形にちぢらせた、小柄な老婆がにこにこと現れた。

「はい、はい」

 そう言いながらゆっくりと土間に降りた老婆は、腰が少し曲がっているせいもあり、歩夢の身長よりほんの少し低く見える。

「今日はうちのハリガネが、偉くお世話になったそうで――」

 老婆は深い深いシワシワの顔でにっこりと笑い、深々と頭を下げた。

「世話をしたつもりも無いし、下心が有るわけでもないわん。なんか、色々と面白そうだからついて来たのよん」

 レンレンはそう言うと腕を組み、その場に仁王立ちした。

「ネモって言うんだよ!ただのネモ!『さん』は付けちゃいけないんだって!」

「そうかい。そんなお国柄も有るかも知れないねぇ」

 はしゃぐような歩夢の言葉を、小さく何度も頷きながら聞いていた老婆が静かに微笑む。

「さあさあ。どうぞお上がんなさい。たいしたお構いも出来んがねぇ」

 老婆はそう言うと、敷居の下から土間に張り出した板敷に難儀そうに上がり、そのまま家の奥へとゆっくり歩いて行く。

 老婆の後を、歩夢に急かされるように居間に通されたレンレンは、大きな古めかしい柱時計と、年季の入った箪笥以外は、そこが意外に普通の畳部屋だった事に少し驚いた。

 高い合掌造りの天井に、黒く輝く太い梁。

 板張りの囲炉裏部屋でも現れるかと思うほど、この日本家屋は趣のある作りをしていたのだ。

 しかし、趣の当ては外れたにせよ、レンレンの居るこの空間は、開け放たれた襖や障子戸から、まるで夏を感じさせない心地よい風が入り込んでは何処かへと抜けて行き、風が運んで来た筈の湿気は、障子や畳、柱や茅葺に至るまでの家全体が、まるで深く呼吸をするかのようにして中和する。

 まさに、風土が生んだ人のための住居。土地にあるべき形を取れば、住むと言う事は、こんなにも快適なものになるのだと、レンレンは妙に関心していた。


 7、8人はもてなせると思われる木目柄の大きなテーブルは、短く太い足のしっかりとした造りで、そこにあぐらを組んで座るレンレンの前に、奥にある台所の老婆に指示されているらしい歩夢が、次々に大柄な鉢に盛られた田舎料理を運んで来ては配膳していく。

 茹でたトウモロコシや枝豆、真っ赤なトマトやみずみすしいキュウリ、魚や野菜の煮物の類や干物の類。

 その数は、あっという間にテーブルの半分を埋めてしまった。

 しばらくすると、もてなしの準備が調ったらしく、部屋の入り口に老婆と歩夢が二人で現れる。

「ネモさんはお酒はたしなみなさるのかね?」

 老婆がそう言うと、間髪いれず歩夢が「ネモに『さん』をつけちゃダメだよ!」と叱る。

 老婆はそんな歩夢に「そんなお国柄もあるかもしれないねぇ」といって、また微笑んだ。

「むしろ、『お酒だけ』でもいいくらいに『嗜む』わん」

 悪びれる様子もなくレンレンがそう言うと、老婆は小さく頷きながら、歩夢の方に向きなおる。

「お祭り用のお酒が届いてたろう。納屋に行って一本持って来ておくれ」

「うん!」

 答えるが早いか、歩夢が飛び出す。

 レンレンと老婆の視界からあっという間に消えると、それを見計らったように、老婆が話し始めた。

「今、この家には私と孫と私の息子。あれの父親じゃが――。三人で暮らしておる」

「母親は?」

「あれの母親は産後の肥立ひだちが悪くて孫を生んですぐ亡くなった。なかなかに働き者の良い嫁じゃったが」

 老婆は、小さく吐息をついて続けた。

「息子も長距離トラックの運転手をしておるで、月に数日しか家におらん。普段はあまり酒の買い置きはしないのじゃが、近々に『ものわけさん』――、裏山の神社でお祭りでな。それ用の物が運良く今朝方届いておった」

「ねぇ。ひとつ質問」

 そんな会話など全く興味がないと言った風で、レンレンが長くなりそうな老婆の話の腰を折った。

「はい、はい」

 老婆は気軽く返事をしながらレンレンの脇に正座し、屈託のない笑顔を彼女に向けた。

「どうして、私があんたの家の猫を助けたって知ってるの?」

「孫が言うとりました。あれは、ウソを言う子ではありませからな」

 会話が途切れる。

 老婆はただニコニコと微笑んでいた。

「じゃあ、もう一つ質問。あんたの孫は猫と話が出来るの?」

「猫と話が出来るか?ですと?」

 老婆は、質問に質問で尋ね返すと、しげしげとレンレンの顔をのぞき込んだ。

「何よん」

 レンレンが顔色一つ変えずに老婆を見返す。

「答えることは容易いが、信じる事は難しいじゃろう」

「申し訳ないけど――」

 老婆の言葉にレンレンが得意げな微笑みを浮かべる。

「信じられないモノなんて何もないほど、ハンパ無い人生送ってるわよん。私は――」

「いやいや」

 老婆が小さく首を振った。

「ちゃんと察してもらわんと、町の為にもならん」

「?」

「おまえ様、今日はこれからどうなさる?お帰りになるのか、それともどこか宿を取りなさっているのか?」

 何か妙な具合ではあったが、レンレンに戸惑いは無かった。

「期間無期限の、端っから当てのない旅よん」

 いや、どちらかと言えば家出に近い。

「よかったら、祭りまでうちに泊まりなさらんか?孫も喜ぶじゃろう。なかなかに華やかな祭りじゃぞ。花火も上がる。それに――」

 善人爛漫な表情をレンレンに向ける。

「そのうちに『答え』を見つけられるかもしれん」

「町の為にならないって言ったわね」

 胡散臭げにレンレンが鼻を鳴らすと続けた。

「つまり、町中で共有する秘密が有ると言うこと?」

「秘密なぞありゃせん。むしろ知った方が町のためにも、おまえ様の為にもいいじゃろう。ただ、悟るにはなかなかに難しいと言う事じゃ」

 老婆が静かに微笑む。

「婆さん。私を怒らせない方がいいわよん」

 そう言って、レンレンが右目のアイパッチに手を掛けようとしたちょうどその時。表の引き戸が開く音がして、ほどなく、廊下を駆ける小さな足音が近づいてくるのが聞こえた。

「持って来たぞ!」

 元気な声と共に、日本酒の一升瓶を抱えた歩夢が居間に飛び込んで来た。

 瓶のラベルを見たレンレンがぎょっとして目を剥く!

 毒々しい極彩色の色づかい。緑の亀にまたがり、真っ赤なサンゴの生えた海の中を行く『浦島太郎』!その横に書かれた、黒々とした太く力強い筆文字は――。

 先鋭的な杜氏の思想を基に造られた、新世紀の酒と呼ぶに相応しい型破りな清酒『海亀』の文字!

 凍みるような数秒の静寂の後。

「あははははははははははははははは!」

 レンレンは笑い出していた。

「なんて愉快な夜なのかしらん!」

 外そうとしていたアイパッチより手を離し、鋭い隻眼の視線を老婆に移す。

「いいわよん。どうせ暇だし、あんた達の戯れ事に付き合うのも一興よね」

 レンレンがそう言って座り直すと、老婆は微笑んだまま小さく頷き、歩夢に向かって口を開いた。

「歩夢。この姉様が暫くうちにお泊まりになるそうじゃ」

「ホント!」

 みるみる歩夢の表情が輝いて行く。

 女親を早くに亡くした歩夢にとっての、自分の祖母以外の大人の女性に対する羨望は、その表情からレンレンでも容易に想像ができるものだった。

「ホントよん!挑戦状突きつけられてこのまま帰ったんじゃ、超級符術師の名折れだわよん!」

 レンレンはそう言うと、スックと立ち上がり、老婆を見下すように腕を組んだ。

「ババア!あんたの言う『悟り』とやら!見事到達してやろうじゃないの!」

 レンレンのそんな啖呵を、あっけにとられたようにして聞いていた老婆と歩夢の表情が、すぐに満面の笑みに変わる。

「いらっしゃいませ、符術師様。ようこそ『竜宮町』へ」

 老婆がそう言って正座したまま深々と頭を下げると、歩夢は晴れ晴れとした顔でレンレンに『海亀』の瓶を差し出したのだった。

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