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鬼追師の姫緒外伝 悪夢の降る町  作者: カンキリ


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無理!穢れた霊場!

 翌日。

 朝とは名ばかりの、まだ日も昇らぬ闇の領有するじかん

 冷え冷えとした朝霧が、闇での視界をさらに深く遮る幽暗の世界。

 微かに、潮の香りがただよう空気の中に、申し訳程度の舗装がされた山腹へと続く道が、ぼんやりと浮かび上がっていた。

 昨日、ハリガネを乗せて、病院の廃墟からコルベットで海岸へと降りてきたその道を、極上の趣向だとでも言うような表情で、散策するように登って行くレンレンの姿があった。

 彼女はつい今しがた、畳に直敷きと言う、寝慣れない敷き布団の寝床から這い出し、他の部屋で眠っているであろう、歩夢や老婆に気配を気取られる事も無く深山の家を抜け出すと、あの病院の廃墟へと向かって歩いていた。

 この名も知らぬ山は、奇しくも、位置的には歩夢の家の『裏側』に当たり、昨日、老婆の言っていた、近々祭りがあると言う神社がある『裏山』であろうと見当が付いた。

 もし、これが因縁であると言うのなら、必ずや、其処に何らかの結果が生じるはずだろう。

 と、言うより。

 行きがかり上とは言え、あの場で啖呵をきってしまった以上は、後へ引く事はプライドが許さず、何としても自分の力で結果を見出さ無ければ気が済まない――。

 そんな意地っ張りがレンレンを支配していた。

 そう、彼女は意地になっていた。

 なってはいたのだが――。

 ふと、冷静に自分の手の内の『駒』を探ってみれば。

 浜茶屋の女将が言っていた『祟り』と、ハリガネの『あの行動』が、『病院の廃墟』と言う共通項で括られる『かもしれない』と言う事ぐらい。

 つまり、『病院の廃墟』のある『裏山』。

 そこに因縁があるはずだと言うレンレンの推理は、あって欲しいと言う半ば強引な彼女の願いでもあった。

 それに、もし、そこに糸口が存在するならば、ことのほか好都合なことに、祟り云々の話は自分にとっての専門分野である。

 その祟りが偽りとしても何らかの手がかりを――。真実であれば、なおの事――。

「まぁ、火の無いところに煙無しって言うしねー」

 今ひとつ頼りない、自らの不甲斐なさを愚痴るようにそう言うと、気を取り直すように伸びをする。

 所詮は退屈しのぎ。

 いや――。

 昨日の朝、唐突に我が身を襲った晴天の霹靂とも言うべき不幸な事件の気を紛らわすための、インターバルトレーニング。

 そう、所詮は――。

「遊びよ。遊び!」

 自分に言い聞かせるようにそう言うと、思い出しそうになった屈辱を振り払うように首を振り、再び軽い足取りで歩き出していた。

 間も無くして。

 東の空がゆっくりとしらみ出すのが感じられると、空間は色を取り戻し始め、闇の中では視界と空間を冷たく覆っていただけの存在だった霧は、その姿を濃いミルク色へと変化させる。

 すると唐突に、レンレンの前方に広がる霧のまぎれの中で、いままで目視出来なかった病院の廃墟が、影となって浮かび上がった。

「意外と近かったのねぇ」

 レンレンは、山道を先へと進みながら、浮かび上がってくる病院の影が、徐々に大きくなるのを愉しんでいた。

 廃墟は、霧の間から、不明瞭ながらも徐々にその姿の細かい部分を、彼女の前に現し始めた。

 やがて、建物の建つ敷地の前でレンレンは歩みを止める。

 白んでいた空に朝日が顔を覗かせて、物の影を濃く落とし始めると、静まりかえっていた空間に、待っていたかのような鳥たちのさえずりが溢れ出した。

 息づこうとしている周りの雰囲気とは対照的に、廃墟は、ますます不気味な静寂を纏いながら敷地の中に浮かび上がる。

 建物の壁一面は、数々の種類のつた達が毒々しいまでの勢いで、本来の建物の地肌が露出する隙もないほど覆い尽くし、周りには、人の背丈ほどの雑草が、来るものの侵入を拒むかのように生い茂る。

 その一面を覆い尽くす雑草の蒼い群を大雑把に刈り取って作った、病院へ導くように続く一本の道が、灰色に浮かび上がるのが見えた。

 昨日のあの連中が、簡易的に作った建物への進入路だった。

 自分を厄介ごとに巻き込むきっかけをくれた連中の作ったものを使う事はしゃくに障ったが、この道を使わなければ、夜露を湛えた草の壁を掻き分けて進んで行く以外に無いのは明白だった。

「謹んで使ってあげる。感謝しなさいよん」

 負け惜しみではなく、言葉どおりの気持ちで、レンレンは刈り痕へ足を踏み入れた。

 

 廃墟のすぐ近くまで近づいてみると、建物は遠目に見た印象よりも蔦に覆われてはおらず、かなりの部分が建物の姿を露出している。壁にはひびや染みがそこかしこに浮かび上がり、外壁が崩れている場所もあった。

 窓にはめ込まれていたであろうガラスは、すべて割れてしまったらしく、あるべき場所にはかけらすら残ってはいない。だが、その壁に残された窓枠の位置と形態から、建物が3階建てであるらしいことが判った。

 レンレンは、道の終点――、建物の正面玄関にたどり着くと立ち止まり、あたりに視線を巡らせる。

 黄色と黒のまだら柄のちぎれたビニールロープ、折れた木の板や鉄パイプ。

 侵入者を拒む障害物として細工されたものの、ことごとく突破されてしまったのであろう物の残骸がまわりに散乱する中で、廃墟の玄関はまるで、山腹にぽっかりあいた洞窟のように、来訪者を飲み込もうとでもするかのように空虚で大きな空間を晒し、存在していた。

 物怖じせずに、彼女が建物の中に踏み込むと、カビの激しい刺激臭が鼻を突く。

 建物の中は薄暗く、まず現れた受付と待合室のなれの果てであろう、がらんと広いその空間は、特に乱雑に小物が散らかっていることは無かったが、あちこちの壁に描かれた、缶スプレーによる、アーティスト気取りの稚拙な落書きと、節操なく厚く降り積もった埃に先客達が残した、たくさんの秩序無く乱雑な足跡が、真っ白い床一面にくっきりと浮かび上がり、なんとも幻覚的な空間を醸し出していた。 

 だが、それだけではなかった。

 視覚的な物から来る精神への影響とは違う――。

 言いようのない不安。

 そして、肉体にまで影響を及ぼす嫌悪感。

「何?これ?」

 得体の知れない不快感に思わず顔をしかめる。

 これだけの嫌な気が漂っているのに、殺気のような物は一切無い。

 あやかしや、霊障と言ったものとは違う――、何か非常に嫌な物が満ちているのを感じる。

霊鑑の御符(れいかんのふだ)

 そう言って、レンレンが人差し指を立てると、その指先に、『鏡』と言う異体文字が黒く筆描きされた、真っ赤な短冊形の御符が現れる。

「探リ知レ霊解ノ鏡」

 霊鑑の御符は霊的な波動の強弱に反応する御符だった。

 他のエネルギーがそうであるように、霊的な力も、その発生源である霊本体に近づけば場に与えている影響は強くなる。

 発生源からの距離により生じる威力の差の霊的力の波を退魔師達は『波動』と呼んでいた。

 そして、この波動に反応して反射したり、遮ったりする結界を『鏡』と見立てた。

 霊鑑の御符は、その外見に描かれた『鏡』の文字による結界を波動に反応させて、その霊力の強さと方向を調査するための探知機のような役割をする物だった。

 人差し指の先に浮いた御符は、波動が場に与えている威力の強弱によって、指先を軸のようにして、風を受けた風車のようにクルクルと回り出す、はずだった――。

「?」

 霊鑑の御符は、張り付いたように、ぴくりともしない。

「流れが無い?」

 では、ここにはその力が存在しないのか?

 ソレハチガウ。

 この場には、人の精神にまで影響するほどの何かが満ちている。

 それは、今、自分が身をもって体験している。

 と言うより、御符は場の異常に反応するわけではない、波動の強弱に反応するのだ。

 何の力の影響も受けない場など、存在することを聞いたことがない。

「キエロ」

 レンレンの言葉に反応するように、指先の御符が黒い炎に変わって消滅した。

「うーん。意外と手強いわねぇん」

 そう言いながらアイパッチを外す。

 そこに現れたのは、狂気を孕んだガラスの虹彩。

 瞳は色を失い、おびただしい血流がはっきりと見て取れ、まるで、それ自体が己の意思を持つように脈打っている。

 壊れた瞳。

 人がこの世で見てはいけない物を見て解く能力をもち、人の精神を犯し、凌ずる力を持つ邪眼であった。

 脈打つ瞳に応じるように、狂気の瞳孔がギリギリと収縮を繰り返し、レンレンの前に忌み忌みし世界の片鱗を開示する。

 建物の外に漂う霧よりも、まだ色濃く彼女の目前に漂うサイケな様式は、人に見えてはならない狂気の波紋。

「これってぇ」

 そこに漂う『嫌な物』の正体。

 それは、霊などの超自然的な力とは違う。

 サイコダイバーとして人の心を探る能力をもつレンレンにとっては、もっと身近な感覚の波紋。

「これぇ、このパターンは『恐怖の抽象』。よねぇ――」

 そこに渦巻いていた物は。

 喜怒哀楽のような人の感情の一つ、『恐怖』の感情。

 いや、その表現は正しくない。

 渦巻いていたのでは無い。

 その場には、恐怖が禍々しく充満していた!

 見てはいけない波紋を見る代償として、邪眼は、レンレンの精神に錯乱、分裂を誘い起こそうと容赦なく負担を強いて来たが、軽い立ちくらみを覚えながらも彼女は構わず、スイとまわりに首を巡らす。

 微かではあるが異様な邪念を感じた。

 レンレンがその方向に進んでいくと、目の前の壁に貼られた御符が見えた。

 見たこともない御符。

 おどろおどろしげな幾何学文様と、梵字のような標記がしてはあるが、レンレンの知るあらゆる御符の知識に照らし合わせても、その記述には何の意味も法則も見いだせなかった。

 だが――。

 その御符からは人の凄まじい執念が感じられた。

 狂気にも似たナルシシズム、吐き気がするほどの自己顕示、欺瞞に満ちた過去の記憶、金への汚れた執着、間違った性欲、根拠のない名誉欲。

 別の邪念を感じた。

 さらに建物の奥へと進んで行くと、右手の薄汚れた壁にはまた別の御符。

 先ほど見つけた御符とは違う手法と模様そして文字の御符。

 別人の作であることは明らかで疑う余地が無い。

 そして、当然のようにこの御符にも何の意味も無かった。

 先ほどの御符に込められたおもいに似た人の念が感じられる。

 ただ、この御符には自己への欺瞞が強く感じられた。

「それぞれの御符を作った人の『個性』ってこと?ここまで行くと冗談も悪質ねぇ。大概にしてほしいわん」

 書き込まれた模様や文字が、御符を創った者達の個人の思い入れの象徴となり、強い念となる。

 そして、そう言う物がすんなり刷り込まれてしまうほど、呆れるくらいにこの御符達には何の符術的意味も無いのだった。

 やがてレンレンは、そんな七夕の短冊のようにわがままなおもいのこもった御符が、この建物のあちこちに貼り付けられていることに気づいた。

 海の家のおばちゃんの言葉が思い浮かぶ。

『どこから噂を聞きつけたんだかねぇ。あちこちのテレビ局なんかが色んな霊能力者の先生様を連れてたくさん来たよぉ。多分、有名な先生達は全部来たと思うよぉ。占いの先生なんかもねぇ何人か来たねぇ』

 そして、この廃墟に訪れた『先生様』達は、自分のおもいを封じ込めた子供銀行のおさつのようなこの御符達を、この場のあちこちに残して行ったのだ。

 もう一度。

 今度は、御符の『念』がお互いに及ぼし合って形成している、場の形態について慎重に霊視の視線を向けてみる。

 私欲に執着する怨念にも似た凄まじい製作者達の念が、御符達から発せられ、お互いの御符同士でいがみ合い、呪い合い、誹り合っている。

 邪悪な念は霊的な障害となり壁を創り、それらが、本来正常に流れ、波動となるべき霊的な力の流れて行くべき道をねじ曲げていた。

 そう、正にこの廃墟の中は、あまりに強い『先生様』達の反吐が出そうなくらいどす黒い想念によって、迷路のような結界が張り巡らされた迷宮と成り果てていたのである。

 この状態からいって、多分、上の階も――。

 いや、廃墟全体がそんな状態であることは容易に想像出来る。

 だが――。

 だが、それにしても、『停滞している』全く動かないとはどういう事だろう?

 いかに複雑な迷路といえども、必ず出口は在るはずである。

 出て行く物があると言うことはそこに流れが――、波動が発生するはずであった。

 そしてまた、廃墟の内部を埋め尽くすほどの『恐怖の感情』は、一体どこから運び込まれた物なのか?

 尚も先へ進むレンレンは、ドアが開け放たれた一室の前の廊下に、複数の新しい足跡が散りみだれて残っているのが目に止まった。

 近づいてドアに貼られている薄汚れたプレートを読むと『診察室』と書かれているのが見て取れる。 

 足跡から察する人数、極々最近の時期に付けられたのであろうと思われる状況から察するに、昨日の『あの連中』の物であることはまず間違いないだろう。

「あのデブチクリンは一体どんな御符を貼ったのかしらねぇん」

 少し、興味が湧いた。

 軽い好奇心で、ゆっくりと部屋の中に歩み入ろうとしたその時、部屋に充ち満ちた不浄な意識がレンレンの邪眼を襲った!

「う゛っ!」

 眉間を強打されるような衝撃に耐えきれず、身体を仰け反らせて数歩後退する。

「な・に・が――?」

 無意識に右目――、邪眼を押さえながら、フラフラと体勢を立て直すと、レンレンは再び部屋の内部と向かい立った。

 右目を庇う形でゆっくりと部屋の中を見渡すと、薄暗い部屋の中に安っぽい事務机と、その近くに薄汚れた白いカバーの掛かった椅子が見え、脇にはガラス戸が開け放たれた、人の背丈ほどの戸棚が置かれているのが見える。

 レンレンの立っている場所から正面に見える壁には、まだ新しいと思われる御符が貼り付けられているのが見えた。 

 間違いなく、あの男――。

 生川・ルークが貼った物だろう。

 御符そのものに何らかの呪詛の力が備わったトラップであることが考えられたので、丁寧にの表現を読み解いてみる。

 何もない。

 何の力も感じられない、それどころか、他の御符達にあった『それらしさ』を偽装しようとしたらしい努力の跡すらかけらもない。

 何の知識もない、全くやる気のない奴が、チラシの裏に落書きするようにして作った――。

 ゴミだ。

 御符を凝視し、ゆっくりと右目を庇っていた手を外していくと、目の前に現れたのは、今までに見たことも無いほどおぞましい、渦巻く思念の波紋だった。

 ありとあらゆる欲望がまさに汚物と化して御符から浸みだし、空間を浸食していた。

 これが、本当に、あの男の――、いいや、人間の思念なのだろうか?

 信じられなかった。

 こんな汚らわしい思念を持つ生物を――、いや、あやかしや、悪霊込みで――、レンレンは見たことが無かった。

 正直、それだけでも震えが来るほどのショックであったのだが、さらに驚愕することに、その、汚染されたと表現する以外無い空間に、見る者の意識が飛ぶ程の、未知の物を怖がる人の感情。

 『恐怖の感情』が、御符からどす黒く湧き出て、今なお、部屋を満たし続けていたのであった。

 つまり、この御符が、あの男の『作った』物であるとすれば、御符に何の効果も無い以上、これらはすべて、生川・ルークと言う一個人の人格であり。

 ならば、汚物の様な性格を持った、考えられないほどに恐がりの人間がこの世に存在しているのだと言うことに他ならなかった。

 思わず口を押さえ、嘔吐くように喉を鳴らしながらフラフラと部屋から離れる。

「きもぢわるぃいいい――」

 うめくようにそう言うと、後ろの壁に寄りかかり、体勢を整えようと力を尽くす。

 最早、この場所で息をするのも嫌だと言うのが正直なところだったが、わずかばかり残った符術師としての意地がレンレンを次の行動に移させた。

 邪眼が虹彩の収縮を繰り返し、辺りを伺う。

 建物中の壁のあちこちにちりばめられた御符が作り出す結界のお互いの影響を読み合い、道筋を推定して行った。

 案の定。

 非常に高い確率で、この診察室が、以前は迷路の出口になっていただろうとの結果が導き出された。つまり――。

 あのデブチクリン。

 生川・ルークと名乗る、ままごと退魔師は、迷路化した結界の出口に、この上ないほどの腐れ切った自分のエゴを貼り付けて、完全に此処を閉じた空間にしてしまい、そればかりか、最上級の術者でも回避不能なくらいの『呪い』を封じ込めたと言うことなのだ。

「エッとー」

 右目にアイパッチをかけながら、レンレンが呟いた。

「こう言うの、なんて言うんだっけ?」

 アイパッチがしっかりと装着された事を確かめた後、何事かを思い出したようにポンと平手を拳で叩く。

「『さわらぬ神に祟りなし』!」

 言うが早いか踵を返し、レンレンは、何事も無かったようにすたすたと建物の外へと歩き出していた。

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