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鬼追師の姫緒外伝 悪夢の降る町  作者: カンキリ


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再会!猫の手をかりる!

 外へ出たレンレンは、草いきれが立ち上り始めた駐車場で大きく2つ深呼吸をする。

 廃墟の内を『汚染』していた人の感情達は、それ自体なんら力を持っておらず。

 たまに波長を感じやすい人が、不快な気分になったり、精神に欝を感じたりする事はあったとしても、人に襲いかかったり、危害を加えたりするものの類では無かった。

 が、レンレンにはそれが見えてしまう。

 その事が問題なのだった。

 情報の収集器官として『目』を使ってはいるが、彼女がそれらを見る場所は、人が普段物を見るシステムとは違った仕組み――。

 より深く『精神』に近い場所で、イメージとして確認するのだ。

 そのため、あまりにショックな影響を与え続けられれば、直接精神に負担を強いることとなり、即座に精神的外傷トラウマとなってしまう。

 この廃墟内に造られた迷宮を何とか出来ない訳ではない。

 しかし、する必要はない。

 いや、する必要があったとしても、自分がそれをやらなくてはならない理由がなかった。

 ならば、ここはそのままにしておくのが得策という物だろうと言うのが彼女の当面の結論だった。

 もっとも――。

 レンレンは振り向いて、廃墟を煽り見た。

 どうしても、この、いまいましい結界をかたづけなければ、ゲームは先に進まないのだとすれば、その時にはすべての片を付けるつもりがあったし、その自信もあった。

 ただ、それは今で無くてもいい。

 視線を戻し、自嘲の笑いを浮かべて振り返る。

 すると――。

 いつからそこにいたのか、彼女の足下に美しいロシアンブルーの毛並みの猫――。

 ハリガネの姿があった。

 ハリガネはその場にちょこんと座り、神秘的な緑の瞳をレンレンに向けて見上げている。

「なにか御用ぉ?」

 小狡ずるい微笑みを浮かべてレンレンが呟くと、ハリガネは腰を上げ、レンレンがここに来る際に通って来た、茂みの中に続く道を山道の方へとさっさと戻りだしてしまった。

 そのまま去ってしまうのかと思われたハリガネは、不意に立ち止まって振り向くと、レンレンが付いて来ないのを不服そうに「にゃあ」と切ない声で鳴いてそこにとどまった。

「勝手な奴ぅ。キライよん」

 そう言うと『ベエー』と舌を出しておどけて見せる。

「でも」

 ゆっくりと一歩を踏み出す。

「面白そうだからついてってあげるぅ!」

 太陽は、とうにレンレンの視線より上に昇っていた。草木達は蒼々とした輝きを取り戻し、その上を渡る朝風が、藪の末葉うらばもてあそぶ様にひるがえす風景が、一人と一匹の周りを取り囲んでいる。

 その中を――。

 先がレ点形に曲がったシッポを高々と、まるで、観光ガイドが目印に使う手旗ででも有るかのように掲げながら軽やかに前を行くハリガネの後ろを、子供のように表情を輝かせ、レンレンはついて行くのだった。

 やがて、山道に出たハリガネは、木々の影が色濃く落ちるその道を、そのまま山頂へと向かって進み始めた。

 舗装されていた山道は、病院から遠ざかるにつれ段々と砂利道へと変化していき、遂には獣道と言った方が折り合いの良い様相へとすっかり変わってしまっていた。

 木の根と赤土がむき出しになり、樹木が鬱蒼として日の光を遮る荒道の登り坂を、レンレンは息も乱さず、軽い足取りでハリガネの後について進んで行く。

 坂の傾斜は、進むほどに徐々にきつくなり始め、いよいよ人を拒もうとするかの如くになろうかと思われた直後。

 にわかに視界が開け、足下が平坦な地面を踏みしめた。

 そこは、踏み固められた赤土がむき出しになった、四、五十人の人間が溜まれるほどの広さがある広場の様になっていたが、山道は、広場に沿って暫く平坦なまま続き、その先は再び急な傾斜を成して上へと伸びているのが見えるので、山頂というわけではないようだった。 先を行くハリガネは、山道を外れ、広場の方へと進み出し、その、奥まった場所に作りつけてある、急な石段へと真っ直ぐに向かったかと思うと、そのまま駆け上がっていってしまった。

 レンレンからハリガネは見えなくなっていたが、彼女はすぐに追いかけようとはせず、階段の下で立ち止まる。

 階段のある山腹は、山腹そのものが五段ほどの段々になっており、その段ごとに石段が造り付けられていたために、段の部分が階段の踊り場のような形体になっていた。

 山腹の、上へ向かうように設置された石段は、通して一直線になるようには作りつけられておらず、段々ごとにちぐはぐな位置に設置されて上に向かっていたので、下から見上げる風景は、アミダくじの軌道を連想させる奇妙な構造になっている。

 あまり、長い階段ではないのだが、傾斜が急なせいで、上に何があるのかを下からは確認することは出来なかった。

 昇り口には彼女の背丈ほどの石碑が建っており、何事かの文字が刻まれている。

 石碑に近づき、刻まれた文字を読む。

『物ノ脾』

「え?」

『物の碑』では無い。

『物の脾』。

「脾は『脾臓』の事?じゃあ、ひょっとして『物』って――」

『物』の文字は『牛』の形声と『勿』の音符をもつ。『勿』はその意味に切り刻むとの一説を持ち、よって『物』と言う文字には、切って神に供える牛の肉――、贄と解する考えがあった。

 つまり。

 改めてレンレンが広場を眺め回す。

 平らだと思われた広場の形態は、上り坂と下り坂に挟まれた地形のために起こっていた錯覚に近い感覚で、よく見れば、緩やかにすり鉢状の形を取っていて、中央が低くなっているのが確認できる。

 再び石碑に近づき丹念に見回してみる。

 石に彫られた『物の脾』の文字の下に僅かに別の文字の頭が見え、この石碑の幾分かが、埋まっているのだと言うことが判った。

「『塚』とか『塔』とかの文字と言ったところかしらねぇ」

 つまり、このすり鉢状の広場は、昔の形態より埋め立てられた状態で、以前は今よりも深いすり鉢の形状を取っていたと推測する事が出来る。

 間違いない。

「ここ、屠殺場だったのねぇ」

 この広場の上には神の祀られる社のような物が在り、『物の脾』とはそこに供えられるべき供物。生け贄。

 そして、その生け贄になるべき家畜は、この『広場』で行われる『祭』により屠殺された。

 この空き地の形状がすり鉢状であるのは、その不浄の血がまわりに流れ出ないようにするための工夫であろう。

 そしてまた、この奇妙な石段も、ここに漂う不浄の『気』を上にあげない為の細工だと推測できた。

「供養塔」

 レンレンは理解した。

 この石碑は、切り刻まれて神に臓物を捧げられた、家畜達の供養塔なのだ。

 その生け贄が、レンレンの考えるように祭事に使われた物で在るのならば、教派神道とは違う、地元に根付いた極々身内の信仰の神社である可能性が高い。

 もっとも、儀式そのものは、その祭場たるこの広場が埋め立てられた経過から見て、今はすたれてしまっていると考えるのが妥当だろう。

『ものわけさん』

 昨夜、老婆の言っていた近々祭りのある神社と言う言葉が蘇る。

「ふーん」

 上へと急な角度で続く石段を見上げる。興味が湧いてきた。

「なんか、いい手応えねぇん」

 子供のような笑みを浮かべ、レンレンは石段をゆっくりと登り出した。

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