挑戦!雷神チャレンジ!
登りきってみると、目の前に大きく真っ赤な木製の鳥居がそびえ立った。
その鳥居の先には、そこそこ大きな祠が立っているのが見える。
これが老婆の言っていた『ものわけさん』か?
祠の周りは綺麗に下草などが刈り取られ、祠そのものも、古い建物ではあったが非常によく手入れがされているのが解り、むしろ古さが趣にすらなっている様相だった。
その祠の前に、常にそのような有様なのか?それとも祭りの装束か?人の丈の倍ほどある三本ののぼりが立っていた。
のぼりの旗の生地は、もともと白い生地だったようだが、今は、長い間使い古されたものらしい貫禄の染み出す、くすんだ色合いになっていた。
三本の旗には向かって左より『浪ノ物』『勿』『山ノ物』と大きく記されている。
『浪』が『海』とするならば、『浪ノ物』『山ノ物』とは海や山で採れた産物と読み取れるが――。
違和感を覚える。
通常、海や山の産物に感謝を捧げる記述であれば、『海の幸』『山の幸』と書くものだ。
『幸』の文字は『めぐみ』と読み、これを自然からの恩恵として、自らが土地の神々によって生かされていると言う感謝の意を表明する。
それを『物』とは?
神前に祭るのぼりである以上、これは神とする物へ捧げる記述であるはずである。
「この『物』ッて言うのはぁつまりぃ」
脾(内蔵)を提供する物の事か?
つまり『生贄』?
だが、それもおかしい。
屠殺場が祭場としてある以上、『命を奪う』と言う行為がその儀式の意義のはずであった。
『生贄』とされ、屠殺される『物』。
『山ノ物』ならば熊や鹿、猿でもイノシシでも――、あったかも知れない。
だが、『浪ノ物』とは?
海から生かされてこの場まで持ち込まれ、命を絶たれたものとはなんだろう?
何より、もし、そんなものを必要とするならば、この社はもっと海に近い場所に存在すべきではないのか?
真ん中に立つのぼりに目を向けた。
「勿。これは、戒めの事かしらねん」
この、のぼりのお互いの位置が何らかの意味を持つとするならば、これは――。
「つまりィ。真ん中の『戒め』を左右に付き添い『護る』『物』があるってことよねぇ。そんでもって、戒めている『勿』が神様だとすればぁ。護衛するものをわざわざ『物』としている理由は一つだわネん」
『物』の文字は、形のある物体をはじめとして、存在の感知できる対象。また、対象を特定の言葉で指し示さず漠然ととらえて表現する際にも用いられるものであり、仏・神・鬼・魂など、霊妙な作用をもたらす存在、妖怪、邪神などもこれに当る。
『物の怪』『物怪』などの日本語からもその片鱗を伺い知ることが出来よう。よって、人を『者』それ以外は『物』と標記されるのが本来なのである。
ならば、ここで言われる『物』とは?
「ヒトデナイモノってことになるのかしらん?」
改めて回りを見回してみる。ハリガネの姿は無かった。
「ほんとに勝手な奴ねぇ」
考えを整理してみる。
ひとつの仮説が浮かび上がる。
要するに、ここは『霊場』なのだ。
屠殺場で、生贄による祭りを行い、不浄はすり鉢形の地形と奇妙な石段の結界でそこへ封じ込め、霊力を受けた「物」達が、その力をこの霊場に運び込んで祈祷なりを執り行う。
『勿』――、つまり信仰を『物』が護ると言う様子から見て察するに、ここで言うところの『物』とは巫女のようなもので、一般の『者』と区別するために自らを『物』『ヒトデナイモノ』と名乗ったのではなかろうか。
「巫女の祈祷でネコがしゃべれるようになるってオチ?」
それでも構わなかったが、それではつまらなかった。
大体、この霊場はいかほどのご利益を持っているというのか。
「霊鑑の御符」
レンレンの立てた人差し指の先に赤い霊鑑の御符が現れる。
「探リ知レ霊解ノ鏡」
途端、霊鑑の御符が物凄いスピートで回り出した!ギョッとしたレンレンが態勢を整える間も無く、御符は数秒で波動の威力に耐え切れず、火の粉になって消滅してしまった。
計り知れない台風のようなエネルギーが霊場に集中し、何処かへ流れて行く。生贄の儀式が廃れた以上、この霊場は形だけのものになってしまっているハズだった。
いや、過去の祭事によって蓄積された霊力が、残留しているということはあるかも知れなかったが、いくら強い霊力でも、波動――、力の流れとして存在するにはその力を活性化させる何かが必要であり、ここの場所においては、その手段こそが、生贄だったはずなのだ。
いや、レンレンはそう思っていた。
「私の読みが違ったと言うことなの?もしくは――」
信仰が廃れて生贄を止めたのではなく、何らかの、もっと優れた方法が見つかったので手段を変えた……。
と、考えた方が、今のこの現状を説明するには都合がよさそうだ。
この霊場は現在も生きていたのだ!
どんな理由があるにしろ、この期を逃す手は無いと思った。
此処ならば出来るかもしれない。
レンレンの脳裏に、姫緒の姿が思い浮かぶ。
風小の言葉を信じるならば、(そして、それは信じざるおえない事実であろうが)姫緒は、自分が使うことが出来なかった雷神の御符を発動させることが出来たと言う。
符術においては、技術的にも、知識でも、レンレンは姫緒に勝っているはずだった。
その姫緒が使えて、自分が使えない理由があるとすれば、それは御符使いとしての資質よりも、もっと別な要因と考えるのが妥当だろう。
その際にまず、考えられるのは――。
そんなことを考えるだけで屈辱なのだが。
御符を発動させる際の力、霊的な精神力の不足。
認めたくは無かったが、可能性として完全に否定する事は出来ない。
否定するには消去法以外に方法は無いだろう。
つまり――。
やってみると言う事。
姫緒と自分との力の差は、さほどにあるとはレンレンには思えなかった。
この霊場の力を借りて、雷神の御符が応えれば力不足を認め、後、『ほんのちょっと』の姫緒との力の差を埋めるように努力すればいいし、雷神の御符が応えようとしないのなら、また違う理由を考えればいい。
「そ、そうよ!そう言うことよん!」
レンレンは、自分を奮い立たせるようにそう言うと、祠と向かい合い仁王立ちする。
静かに目を閉じ、瞑想し、場の気を探る。
霊鑑の御符を秒殺した、あの波動が渦巻く姿を肌で感じた。
信じられないくらいの大きな力だった。
大きな波動が、何処からか流れ込み、何処かへ流れて行く。
この霊場は確かに今も生きている。
ここは大河のような波動の終着駅であり、始発駅なのだ。
「ちょっと力を貸してちょうだい」
波動に自分の波長をあわせて行く。
そうして、レンレンは波動を取り込み、自分の力へと練り上げていった。
やがて、霊場の波動と一体となるまでに同調すると、それを完全に制御した。
「雷神の御符!」
祠とレンレンの中間に、短冊形の雷神の御符が静かに出現する。
「ソノチカラ!我ガ前ニ示セ!」
叫びと同時に、一気に練りこんだ波動を御符にぶつける。
御符は波動を受け入れず、波動の流れを巨大な渦の流れに変えていく!渦巻く波動は大氣を押しつぶし、ねじり切り、猛烈な旋風となって悲鳴のような音を上げた!
三本ののぼりはぴしぴしと言う乾いた音を立てて暴れるようにはたたき、辺りに落ちていた小枝や小石は命を与えられたように舞い上がり、レンレンと祠に容赦なく叩きつける!
「こんにゃろー!☆▼□¥ー!!」
レンレンがアイパッチに手を掛けて――、躊躇した。
もし、ここでこの奥の手を使い。
もし、それでも雷神の御符が応えなかったら!
背筋に冷たいものが走った。
ゆっくりとアイパッチにかかった手をおろし、制御していた波動を開放する。
喧騒が嘘のように消えた空間に、蝉の声が沸き起こった。
雷神の御符が何事も無かったかのように宙に張り付いている。
御符に近づき、浮かんでいる雷神の御符を取り上げるように空間から引っ剥がすと、御符はレンレンの手の中で音も無く黒い炎に変わって消滅した。
祠に近づき、階段に腰をおろし。
ぼんやりと目の前にそびえる赤い鳥居を眺める。
とりあえずは、これでよかった。
これで、御符を発動させる際の力が足りないのでないのはハッキリした。
それどころか、これだけ大きな力をもってしても受け入れてもくれない。
原因は別にあるのだ。
そう、それならそれでよかったのだ。
ふと、一つの思いが過ぎった。
『あの時。アイパッチを外していたらどうなったのだろう?』
何故、力を使うことを躊躇したのか。
答えはわかっていた。
レンレンは自分の邪眼の能力が天性のものであることを理解していた。
知識の集積で組み上げられた物でもなければ、努力とか、訓練とかで習得した物でもない。
己の力ではあるが、自分では生み出すことの出来ない力。
いずれ――。
消滅してしまうかもしれない不安定な力だ。
もし、この力が誰かに負けることがあれば、彼女はさらなる力を得る事は出来ない。
勝てないレンレンには存在の意義はないのだ。
負けるわけにはいかない!
敗北は彼女の死を意味する。
自分は、役立たずになってしまうから。
あの時。
邪眼の力を解放し、それでも雷神の御符が応えなかったとしたら。
それは、己が姫緒に敗北する事なのだ。
それはすなわち――。
心が消えて無くなるような、例えようの無い心細さに飲み込まれそうになった時。
人の気配を感じて身構えた。
「居た、いた!」
階段を駆け上がり、鳥居の下に現れたのは白いTシャツと緑の半ズボン姿の歩夢だった。
「ネモ!おはよう!」
「あら」
レンレンは立ち上がりながら言葉を続ける。
「なにか御用ぉ?」
いつものように小狡い笑みを浮かべようとしたが、心なしか引きつってしまう。
「何してたの?」
「観光よん。ガイドさんに置いてけぼりにされちゃったの」
あながち嘘ではない。
「町の案内なら俺がしてやるよ!ばあちゃんもそうしてやれってさ!」
「そう?じゃ、お願いしようかしらん」
少なくとも、ネコよりは言葉が通じる分だけマシだろう。
「ここは『ものわけさん』!もうすぐお祭りがあるんだ!出店なんかは海岸の方に出るんだけど、この下の広場で、相撲大会や、餅つきがあるよ!境内で太鼓なんかもやるし!」
「ふーん」
相撲や、餅つき、太鼓。
いずれも奉納の意味があるものではあるが、それしきの儀式が『生贄』の儀式に変わって、ここに溢れるような霊力を生み出すとは到底思えない。
祭りは形式的なもので、やはり何か――。
別の神事によってこの霊場は維持され、活性化されていると考えてよさそうだった。
歩夢が駆け寄ってくるのを見てレンレンは立ち上がり歩き出した。
「どこに行くの?」
すれ違う自分を意に介しないように歩いて行ってしまおうとするレンレンに歩夢が不安げに声をかける。
「変なおばちゃんのいる浜茶屋。車を預けたままになってるのよん」
「『源九浪』だよ!」
歩夢がレンレンに走り寄った。
「ネモが昨日行ったのは『源九浪』!」
「あら」
レンレンが傍らを小走りについてくる歩夢に微笑みながら視線を落とした。
「あなた、何でも知ってるのねぇ」
そう言ってレンレンが再び微笑むと、歩夢は得意そうに鼻の下を人差し指の背でこすって見せる。
「知ってるのならありがたいわん。ふらりと入った店だったからよく覚えてないのよん。早速案内してもらおうかしら?」
レンレンがそう言うと歩夢の顔が輝いた。
「うん!行こう!ネモ!」
「ホント。ネコよりは役に立ちそうねん」
駆け出して先を行く歩夢の後姿を見ながら、レンレンが呟いた。




