うれしはずかし!ボーイ・ミーツ・ガール!
階段を下り切った歩夢は、広場の中央あたりまで行くと、くるりと振り向き、遅れてやって来るレンレンを待った。
やがて、投げやりにも見える歩調でレンレンが階段を下りてきて、自分に近づいて来るのを見て取ると、得意げに口を開く。
「ネモ!ここで太鼓や餅つきをやるんだよ!」
歩夢の言葉に、反射的に周りを見回す。
特に興味があったわけでも、歩夢の言葉を確認したかったわけでもなかったが。
何も無い赤土の埃っぽい広場。
「…………なんだってさ!」
「え?」
歩夢の一言をレンレンが聞き返す。
その言葉は。
聞き取れなかったと言うよりは、にわかに信じられなかったと言った方がよかったかもしれない。
「だからあ!むかしはここで、牛を殺したんだって!」
影すら真っ白にしてしまいそうな太陽の光と、乱反射するような容赦の無い蝉の声が溢れかえる。
知っているのか?いや、間違いなく歩夢は知っている!今、本人が言ったではないか。
ここは屠殺場であった――と。
「い――今は!?」
レンレンが尋ね返した。
「?」
「だから!今は!?今はどうしてるの?!」
「太鼓と餅つき」
「そうじゃなくて!!」
「相撲大会?」
「そうじゃなくて!!!」
「!」
レンレンに迫られて、気後れした歩夢がたじろぐ。
「あっ」
レンレンは、何時に無く熱くなってしまった自分に気づき、きまりが悪るそうに横を向くと歩夢から離れた。
「悪かったね」
ぼそりとレンレンがそう言うと、歩夢は否定するように一生懸命首を振った。
「うううん!ちょっとびっくりしたけど――。ネモ、こえーな!」
そう言って、レンレンの前に回りこむ。
「ネモ。なんか知りたいことが有んのか?俺、祭りの事は良くわかんないんだ。ばあちゃんなら良く知ってると思うぞ!」
そいつに聞けるならこんな苦労は端からしていない。
レンレンは苦々しく笑うと歩き出した。
「さ!早く海のおばちゃんとこに行きましょうぉー!」
「うん!」
「おばちゃんとこ行って、オイシイお酒呑むー!」
「俺!お酌するー!」
「おー!お?」
盛り上がる二人の前で。
立ち上る陽炎の中から湧いたように、女の子が立ちつくしているのに気づく。
年は歩夢と同じくらいだろうか?背丈は女の子の方が頭一つ高いので年上かも知れない。
やせっぽちの身体に不釣合いの大きな麦藁帽子をかぶり、袖無しのワンピースを着ている。
ワンピースは、初め黄色の水玉模様かと思われたが、良く見ると、細かな黄色い花柄だった。まっ黒く焼けた肌がますます女の子をやせっぽちに演出している。
「お、おはようございます!」
緊張した面持ちでそう言って、女の子はちょこんと頭を下げた。
そして、すぐに歩夢の方を向き直ると子供らしい表情に戻る。
その仕草から、最初のおはようは歩夢では無く、自分に向けられたものだったことをレンレンは悟った。
「なんだよキッコ」
めんどくさそうに歩夢が女の子に向かって言った。
「だれ?」
意地の悪い笑いを浮かべて、レンレンが歩夢に尋ねる。
「友達――。旅館の子でキッコって言うんだ」
相変わらずめんどくさそうに歩夢が答えた。
「あっちゃんと、ヨッちゃんと、ちーが沢でカニを捕るんだって!歩夢くんも行くかもしれないと思って。うちに行っておばあちゃんに聞いたら、ものわけさんに行ったって言ったから――」
毅然とした態度で女の子――、キッコはそう言うと、レンレンを見てすぐに視線をそらす。
「いかない?沢。きのう、ちーがすっごくおっきなカニを見たんだって!怖くて捕れなかったって!歩夢くんなら捕れるかも――」
「だめだ」
歩夢が静かに答えた。
「だめだよ、今日はネモに町を案内しなけりゃいけないんだ。ばあちゃんにも頼まれたし、ネモにも頼まれてんだ!」
そう言って歩夢はレンレンを覗き込み「な、ネモ!」と同意を求めた。
レンレンはただ意地悪そうな笑みを浮かべる。
「歩夢くん!大人の人を呼び捨てにしちゃいけないんだよ!先生に言いつけるよ!」
キッコの、日に焼けた顔が薄っすらと高揚しているのがわかる。
「いいんだよー!ネモは『さん』付けしちゃいけないんですー!なっ!ネモ!」
歩夢がそう言うと、レンレンは『くふん』と鼻をならし、歩夢の頬に顔を近づけた。
「キミだけ――。特別なのよん」
見る見る歩夢の顔が真っ赤になっていく。
かわいすぎる!さすがにこれには耐え切れず、思わずレンレンは笑い出していた。
「……!」
言葉も無く立ち尽くすキッコの責めるような視線から逃れるように、歩夢はレンレンの手を引いて歩き出していた。
「あっ!」
去ろうとする歩夢の後ろ姿にキッコが叫ぶ。
「沢でカニを捕った後に、ひろじの家に見せに行ってると思う!そのあとはご飯食べに家に戻ってぇ――。お昼からはみんなとわたしんちでゲームやると思う!新しいの――ほら!こないだ――」
どんどんと遠ざかっていく、歩夢の後ろ姿が小さくなっていく。
「ねぇ!」
キッコが、両手を拡声器のように口に当てて今まで以上に大きな声で叫ぶ。
「ねぇー!どこいくのよー!」
「『源九浪』ー!」
歩夢の答えが返って来た。
だが、足を止めようとはしていない。
「あたしも行こうかなぁー!『源九浪』ー!」
咽喉がかすれるほどの大声!
「今日はだめだからなー!」
歩夢がそう答えたのを聞くと、キッコは口に当てて拡声器を作っていた両手を腕がちぎれるほど振り下ろした。
「あたし!もう!ぜーったい!『源九浪』にはいかなーい!」
唇を噛んで、二人の後ろ姿を睨むキッコにレンレンの笑い声が聞こえたような気がした。




