妖怪!敵か味方か!
「あらよぉー!もう少し待ってオクレねぇー!手が空いたらすぐに取って来させるからねぇ!」
客でごった返す海の家『源九浪』の女将が、片付けものの皿やラーメンのどんぶりを抱えるようにして走り回りながら、席に座りって酒をあおっているレンレンに対して、二つ向こうのテーブルからすまなそうに叫んだ。
当のレンレンはまったく気にしていない様子で、昨日と同じ場所に陣取り、日本酒、『海亀』の一升瓶をテーブルに立てて茶碗酒と洒落込んでいる。
「べつにぃ。いつでもいいわよん。急いでないし、お酒呑んでるしィ」
休日が近いせいなのか、それとも祭りを観光しようと言う輩が押し寄せているのか。
浜茶屋源九浪は、昨日と打って変わって盛大な賑わいを見せていた。
「ネモ!焼けた!焼けてるよ!」
テーブルの上には小さな七輪が乗っており、貝や魚の干物を網の上に乗せて焼く趣向の『浜焼き』に、レンレンと歩夢は、舌鼓を打っていた。
「むー」
レンレンは、持っていた割り箸を口にくわえ、焼きあがったサザエのつぼ焼き目がけて慎重に醤油を垂らす。サザエの殻から零れた汁がじゅうじゅうと音をたてながら七輪の炭でコゲ、香ばしい香りを白い煙とともに立ち上げた。
「うーっあづいぃ」
小さいとは言え、七輪であった。
趣向的には大満足だが、何か、やはり早まったかも知れないと、レンレンは後悔していた。
しかも――。
「何してんよん!火が通り過ぎちゃうでしょ!サザエ、早く取りなさいよ!」
何気に、七輪奉行になっていた。
茶碗酒を一気にあおる。
気温と炭火でカラカラにされた咽喉には、もはやこの凶悪な酒の咽喉越しでも甘露であった。
七輪焼きが面白そうだと思って注文したのはレンレンだった。
彼女にしてみれば、後は干物の二、三枚も注文してじっくりと店の手がすくのを待ち、車を返してもらって帰るつもりでいた。
レンレンだけであればそうだった。
しかし――。
今日は歩夢がいた。
歩夢は予想外の行動に出た。
レンレンにしてみれば酒を『呑む処』である浜茶屋は、彼にとって見れば、美味しいものを『食べる処』だったのである。
レンレンが食事をしたいのだと勘違いし、あれもこれも美味しいからと、次々と注文に口を出す。
ついに『浜焼き』は『バーベーキュー』の様相をかもし出していた。
「だからぁ!ソーセージ喰ってないで、サザエ喰いなさいよん!」
言いながら、七輪の上のサザエを歩夢の皿に取り分けた。
ふう、と息をつき、額に浮き出る玉の汗を拭うと、酒のビンに手をのばす。
「そーいえば」
レンレンが茶碗に酒を手酌しながら歩夢に言った。
「そーいえば、キミ、何で私が『ものわけさん』にいるって思ったの?」
些細な疑問だった。
さっき出会った女の子は、歩夢の祖母が『歩夢はものわけさんにいる』と言ったという。
と、言うことは、歩夢はレンレンを探して初めから『ものわけさん』に向かったことになる。
特に何を意識して尋ねたわけでもない。
だから、答えも『昨日お祭りの話をしていたから』くらいの他愛の無いものが返ってくると思っていた。
「聞いた」
サザエを食い千切りながら歩夢がぶっきらぼうに答えた。
「聞いた?」
「うん」
ソーセージとサザエをいっぱいにほおばった口をむぐむぐと動かしながら歩夢が頷いた。
「ネモ、ものわけさんに行く前に病院に寄ったろ?」
「え?え?キミなんでそれを――」
混乱するレンレンに構わずに歩夢が続けた。
「あそこから、これからものわけさんへ連れて行くからって」
病院から、ものわけさんへ。
連れて行く?。
連れて行ったのは――。
ハリガネ!
「キミに私の居場所を伝えたのは、ハリガネなの?」
根拠のない確信がレンレンの口をついて出ていた。
だが、歩夢からは意外な答えが返って来た。
「ちがう。だってハリガネはネモと一緒にいただろ?俺に伝えられるわけ無いじゃん」
あまりに理路整然な歩夢の回答に、レンレンは自分の質問の脊髄反射っぷりに顔が赤くなるのを感じた。
「じゃ、じゃあ、キミは誰から私の居場所を『聞いた』ッテ言うのよん!」
「ソラミミ」
あっさりと歩夢が答える。
「空耳?」
「そうだよ」
聞こえたような気がしたと言うことか?
「空耳って、あの、幻聴とかの?」
「ゲンチョウって何?」
うーっと唸ってレンレンが頭を押さえる。
「ありもしない音や声が聞こえたような気がすることよん!」
「じゃ、違う」
そう言って歩夢は不思議そうな顔をしてレンレンを覗き込んだ。
「ネモ、ソラミミ知らないのか?」
自分の知っているそれが違うというならば、確かにレンレンはソラミミを知らなかった。
知ってる気がしない。
おずおずと口を開く。
「ソラミミって――。ナニ?」
「妖怪」
歩夢が答えると、レンレンの顔がこわばった。




