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鬼追師の姫緒外伝 悪夢の降る町  作者: カンキリ


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勘弁!クエストばかりが増えていく!

 ドン!と、そんなレンレンの目の前に、女将が酒の一升瓶を突き出す。

 歩夢に注がれていた、レンレンの隻眼の視線を海亀のラベルが遮った。

「あらよぉ、またせちゃってごめんねぇ。一杯おごるよう!」

 そう言って別の手に持っていたコップに並々と酒を注ぐと、レンレンの前に置く。

「あらよぉ、明後日の準備であんちゃん達がいなくてねぇ、あっ、そうだ!お嬢ちゃんもどうだい?出場してみるかい?」

 女将はそう言うと、前掛けの大きなポケットから、便せんほどの大きさのチラシを取り出し、テーブルの上に置いて軽く皺を伸ばす。

「な、なんなのよん?」

 そのチラシは、色とりどりのマジックインクで手書きされた物のカラーコピーらしかった。

 一番上に、一際大きな赤い文字で『恒例!竜宮町かき氷早食い大会』の文字が躍り、周りをオレンジ色の小さい花丸が囲んでいる。

 その下には日時やらの細々とした内容が豪快な青字で描かれ、一番下にはまたも赤色の字で、『主催『海の家・源九浪』詳しくはおばちゃんまで!』と描かれており、その脇には似顔絵らしい天真爛漫なパンチ頭女の、一筆書きのようなイラストが描かれていた。

 ちなみに、参加費は千円と書かれている。

「毎年、ものわけさんのお祭りが近くなると、源九浪がいつもやるんだ!かきごおりの早食い大会!」

 嬉しそうに歩夢が叫ぶ。

「あらよぉ!一位から三位まではゴーカな商品も出るからねぇ!地元で取れたハマグリ10キロと源九浪のお食事券が一位、二位、三位にそれぞれ三千円、二千円、千円!だよぉ!」

 胸を張る様にして説明するおばちゃんを、レンレンはげんなりとした表情で眺めながら口を開いた。

「なんで、私がそんな子供だましに出なくちゃいけないよん」

「ちがうよネモ!子供よりも大人の人のほうがいっぱい出るんだよ!」

 歩夢が身を乗り出して抗議した。

「そうじゃないって」

 ますます呆れ返ったと言う様に、レンレンが天井を仰いで呟いた。

「ねぇ、ねぇ!おばちゃん!今年も、しげちゃん出るんでしょ!」

「あらよぉ!もちろんさあ!」

 すっかり二人の世界に入った歩夢とおばちゃんを、レンレンはふてたように椅子の背もたれに身体を預けて傍観している。

「ネモ!ネモ!しげちゃんね、すっごいんだぜ!2年連続で早食い大会のチャンピオンなんだ!」

「あー、すごい、すごい」

 レンレンが、やる気のない返事を返す。

「しげちゃんほんとにすごいんだ!泳ぎもうまいし!素潜りもうまいし!カーキチだから、車の運手もうまいし!」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 『カーキチのしげちゃん』にレンレンが反応する。確か、確か、その名前は――。

「あらよぉ!三年目もいただきだよぉ!」

「待てって言ってのよん!」

 言って弾けるようにレンレンが立ち上がった。

 座っていた椅子が後ろに吹っ飛ぶ。

「その『カーキチのしげちゃん』ってばアンタの所の店員じゃないの!」

「あらよぉ、違うよぉ」

 キョトンとした顔つきでおばちゃんが続けた。

「しげちゃんはうちのアルバイトだよぉ?」

「一緒よ!いっしょー!」

 レンレンはおばちゃんの受け答えにずっこけそうになりながらも、辛うじて体勢を保ち、攻めるように彼女を指さした。

「身内じゃないのー!何よん!そのインチキ!」

「あらよぉ、何言ってんだい!」

 おばちゃんが腕組みしてにやりと笑う。

「富くじ引いたり、勝敗予想して賭博してる訳じゃないんだよ!勝ってるんだ!チャンピオンさ!むしろ誉め称えてしかるべきだと提唱さしあげるよ!」

「そうじゃないわよ!客を楽しませるためのアトラクションに、身内が参加するって何か違うでしょって話をしてんのよん!」

「違うね!」

 おばちゃんは燃えていた!紅蓮の炎で瞳が燃えていた!

「あらよぉ!これは闘いだよ!おばちゃん、余興や客寄せでこの大会を開催してるのとは違うんだ!コレは勝負!『ものわけさん』に奉納するガチンコ勝負!いわば『聖戦』なのさね!」

 おばちゃんの瞳の炎は今や体中に回り出し、炎に包まれたおばちゃんの身体は二回りばかり迫力をましていた。

「うぅっ」

 思わずレンレンが後退る。

「その闘いに勝ち続けるしげちゃんは、それが一体何者でアレ、ヒーローさ!勇者様だよ!文句があるなら勝てばいいのさね!」

「勝てばいい?」

 レンレンのコメカミがひくりと反応する。

「まさか。絶対負けないつもりでいるんじゃ無いでしょうね」

 レンレンの隻眼が氷の輝きをたたえる。

「やってみるかい?」

 おばちゃんがあざとい笑みを浮かべると、挑発するようにレンレンがズイと前に出た。

「私はねぇ、井の中の蛙が天狗になってるの見ると虫ずが走るのよん」

 紅蓮の微笑みと寒獄の微笑みがぶつかり合う!

「お会計して!帰るわよん!」

 レンレンはそう言いって踵をかえし、スタスタとレジに向かい出した。

「あらよぉ、お嬢ちゃん、車はどうするんだい!」

 怒りに我を忘れて、本来をすっかり忘れていた事に気づく。

 たが、今更後には引けなかった。

「勝負が終わるまで、預けておくわよん!」

 苦し紛れの言い訳をして振り向くと、おばちゃんがにやにやとイヤラシイ笑みを浮かべてレンレンを見ている。

 逃げる様に前に向き直るが、背中に注がれているであろう視線がイタイ。

「キミ!帰るわよん!」

 いたたまれなくなって歩夢を呼びつける。

「ネモぉ」

 歩夢が何故か乗り気の無い返事を返した。

「ネモぉ、もう少しここにいたほうがいいよぉ」

「何いってんの!」

「2万9せんえんでーす」

 レジの青年が素っ気なく金額を読み上げると、レンレンがお札を三枚、カウンターに叩き付け「おつり要らない!」と付け加えた。

「か・え・る・の・よ・今!すぐ!」

「えー、でもぉ――、風がぁ」

「もういい!キミも、猫といっしょ!やくたたず!」

 叫ぶと同時にレンレンは大股で店の外へ出て、そのまま早足で歩き始めた。

 その時――。

 空が、一天にわかにかき曇り出したかと思うと、当たると痛みを感じるほどの大きな雨粒がレンレンの頭頂部を直撃し、ほどなく、何事かと見上げた彼女の顔に、滝壺にでもいるかのように激しい雨脚の、にわか雨がなだれ落ちてきた!

 呆気にとられ、ただ雨に打たれるままにたたずむレンレン。

「ごめんねネモ」

 歩夢の声。

 声のする方へ視線を落とすと、歩夢はずぶ濡れになりながら、レンレンのそばに寄り添うように立ってた。

「風が変わったし、潮の匂いだって変わっただろ?だから雨が降るって知ってると思ったんだ」

 静かに見つめるレンレンから視線を外して歩夢が続ける。

「源九浪のおばちゃんに今、聞いた。ネモは天気も読めないし、ソラミミも知らないんだって」

「なるほどね」

 レンレンがそう言って楽しそうに笑った。

「何となく、見えてきたわよん。ここのしくみが」

 まるでレンレンの笑い声に応えるかのように、遠雷が空に鳴り渡り始めるのが聞こえた。


「着替えはここに出しとくよ」

 歩夢の祖母が引き戸の閉まった脱衣所の前に歩夢用とレンレン用に区別した衣類を置きながら声をかける。

 引き戸にはめ込まれた曇りガラスには、小さな子供の影と、大きな女性の影がもぐもぐと動く姿が映り、中からは、騒々しい歩夢の上声とレンレンのたしなめるような声が騒々しく上がっていた。

 やがて、引き戸が勢いよく開くと、すっかり茹であがった真っ裸の歩夢が飛び出して来て、もどかしげにパンツを履きながら奥の祖母に向かって叫ぶ。

「ばあちゃん!ネモのおっぱいでっけかったぞー!」

「久しぶりに肌を晒したのがこんなガキとは――。あたしも焼きが回ったもんだわよん」

 桜色に上気した顔で、身体の胸から下をバスタオルで覆い、タオルで髪を整えながら、歩夢の後ろからレンレンが現れる。

「なあ、ばあちゃんも見てみろよ!源九浪のおばちゃんとどっちがおっきいかなあ!」

「があー!」

 レンレンが獣のような叫びを上げた!

「あんな粗品と一緒にすんなあ!」

「ソシナ?」

 青いTシャツと白い半ズボンに着替え終わった歩夢が小首を傾げた。

「『そしな』ってなんだ?」

「『ガキにはお似合い』って意味よん!」

 そう言って、床に置かれている、老婆が用意してくれた『着替え』を持ち上げると、木綿の単衣ひとえが、はらりと床まで伸びる。白地に大きな金魚の柄の浴衣ゆかただった。

「あっ」

 歩夢が小さく叫び、レンレンは一瞬そちらに気を取られたが、またすぐ浴衣に視線を戻し、しみじみと眺め回す。

 浴衣は、右から左に泳ぐ、上を向いた赤に白斑の琉金と、左から右に泳ぐ、下を向いた藍色の琉金がそれぞれ上下に描かれ、それが正面で向き合っているという構図だった。

 多分、大人用であろうと思われたが、レンレンには少し小さいような気がする。

「亡くなった嫁の形見だ」

 いつのまにか、傍らに老婆が立っていた。

「うちには、おまえ様が着れらるような大きな女子おなごの服は無い。浴衣なら何とかなるじゃろ」

 老婆はそう言うとにっこりと微笑んだ。

 レンレンは歩夢の表情を伺った。

 歩夢は目をまん丸くして浴衣の金魚を見据えていたが、レンレンが自分を見つめているのに気づいて慌てて目を反らした。

 が――。

「ねえ、キミ」

 レンレンに呼ばれて再び目を合わせる。

「私、この浴衣、着てもいいかな?」

「なんで、俺に聞くんだよ」

 すねたように歩夢が答えた。

「そーねぇ」

 レンレンはそう言って顎にひとさし指を当てて、考える風な態度をして続ける。

「絆かな?」

「きずな?ってなんだ?」

 歩夢が尋ねた。

 するとレンレンは、初めて歩夢に見せる優しい表情をして答えた。

「キミがお母さんをどれだけ好きかって言うことよん」

 言われて、はっとするような表情をした歩夢は、少し考え込むようにして静かに口を開いた。

「俺、写真で見たおかあちゃんしか覚えて無いけど――。でも、大好きだぞ!でも、ネモがこの浴衣着るのも嫌じゃないぞ?」

「そう」

 答えるが早いかレンレンは、身体に巻いていたバスタオルを振り払うように剥ぎ取ると、一糸まとわぬその素肌に浴衣をひっかけ、一気に両腕を袖に通す!

 前を合わせて、老婆が差し出した帯を受け取り手際よく結び止めると、レンレンの身体に二匹の琉金が舞った!

 浴衣は、やはりレンレンの身体には小さくて、袖は七分袖ほどになってしまい、丈に至っては、浴衣の合わせ目からこぼれ落ちそうなほど大きな胸が、着物を上に引っ張り上げてしまっているためにより短く、膝より上のあたりにとどまって、太ももを露わにしてしまっている。

「気に入ったわん!」

 浴衣の着こなしを直しながら、レンレンが言った。

「これからどうなさる?まだ日も高いが――。また、出かけなさるか?」

 老婆がレンレンを見上げるように覗き込み、尋ねた。

「もう、今日はいいわん。見えてきたし――」

 そう言って、相変わらず微笑んだままの老婆に探るような視線を向けると、老婆は少し感心したような声で「ほう?」と言ったが、そのまま奥に引き込もうと歩き出した。

 その後ろ姿にレンレンが声をかける。

「あんたからもらった宿題はちょっと後回しよん、先にけりをつけなきゃならない事が出来たの!」

「ゆっくりなさいませ。竜宮町は良い所じゃて」

 老婆はそう言って、そのまま奥へと見えなくなると、歩夢がレンレンの手を引いた。

「ネモ!またお酒飲むのか?持ってこようか?」

「そうねぇ――」

 そう言うとレンレンは不敵な笑みを浮かべた。

「派手に前祝いといこうかしらね!」

 レンレンの満面の笑みを見ると、歩夢は何故か自分がたまらなく幸せな気持ちになるのを感じた。

 そして歩夢は――。


 それから歩夢はその日一日中、床につくまで、レンレンのそばを離れたくなくて――。

 だから、ずっとはなれようとしなかった。

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