翻弄!こいつただの馬鹿じゃ無い!
突然の妖怪達の消滅に、戸惑い動揺する大勢の人々のざわめきが起こり、やがて、完全な沈黙。
――の後。
町中に歓声が上がった!
町は喜怒哀楽、すべてが複雑に絡み合う歓声の坩堝と化す!
妖怪達を退けた物が霊狩蟲で有ることを知る物は少なく、その霊狩蟲を使ったのが歩夢で有ることを知るものはもっと少なかったが。
竜宮町の山の物が何事かの力によって妖怪達を祓ったこと。
竜宮町の浪の物が自分達を導いてくれたことを感じている者達がいることは、あちこちで起こっている『ものわけさんばんざい!』のかけ声が証明していた。
その雑踏に紛れて。
「ぁそぼォ」
どこからともなく声がした。
「ぁそぼぉ」
小さな女の子の声のようだった。
「あそぼぉ」
利発な男の子の声のようでもあった。
「あそぼお」
夜空に浮かぶ霊狩蟲が作った日向の中心に、大きな黒い渦が出現し、その渦が段々と――。
段々と大きく成長していく。
渦は、日向から空間に吹き出しながら広がるように見えたが、或は、舞い乱れる霊狩蟲達を、まるで吸い込むように次々とその渦の中に取込んでいるようにも見えた。
よく見ると、その渦のように見えた物は、黒い、真っ黒な、漂う長い長い髪の毛で、髪の中心に当たる場所に、ボウっと白い人の形をした影が浮かんでいる。
黒髪は、次々と空間より湧き出して来て、霊狩蟲達を巻き込みながら、空一杯に広ったかと思うと、あっという間に霊狩蟲を一匹残らず取り込んでしまった。
すると今度は、空の端の方から黒い粘りけのある液体のように髪が溶け出して、トロトロとした闇となって地上にしたたって行く。
したたる闇に地上の光りが飲み込まれていく。
地上が闇に包まれていく。
「あそぼお」
やがて、空と大地が闇で一つになると、天空の中心にあった真っ白なヒトガタの影が色を持ちだして、それが遠くにあるにも関わらず、赤い和装の人形で有ることが、はっきりと、地上の人々にも確認出来た。
生川・ルークが所有する、赤き和装の球体間接を持つ退魔人形。
タルトがそこにいた。
「あそぼお」
タルトのその声に答えるように。
「おう!」
と言う声が闇のそこかしこからして、闇のあちこちが盛り上がったかと思うと、それらが形をなして固まっていく。
形成す物達は皆異形の形をして、楽しそうに笑い出す。
その数は、無差別に。無節操に増え続け。
「「「「「「「「「アソボオ!」」」」」」」」」
再び――。
妖怪が復活した。
「恐怖の感情はどうなってしまうのでちかねぇ」
レンレンに踏みつけられたままで生川がそう言って下衆な笑を浮かべる。
「霊狩蟲たちは精神を取込み言葉にする事が出来る。それは、精神を実体化するという事でち。ワタチの作った妖怪たちを見た、ニンゲンの『恐怖の精神』を霊狩蟲が取込み、消滅させたならば!それを開放してやれば『恐怖』を実体化!すなわち、人の心の作った恐怖の影、妖怪は再び実体化!そして、またその新たに出現した妖怪を見たニンゲンが心に抱えた『恐怖』を、妖怪達が取込んだ霊狩蟲によって実体化。恐怖は連鎖し、妖怪は無限に増え続ける!今度の妖怪は、霊狩蟲の実体化能力と人間の『強い恐怖の精神』より生まれ出た、実態と意思を持つ妖怪でち!今までの妖怪のように踊りまくるだけではないでちよ」
「あそぼお」
中央通りから離れたレンレン達にも、空に浮かぶタルトの姿と声は、はっきりと確認できた。
「新しい妖怪達は、人によって妖怪に対しての強い恐怖『敵意』を教えられて生まれたのでちよ!」
生川はそう言ってぷぷぷぷぷと笑った。
「そんなあ」
歩夢が泣き出しそうな顔で立ちすくむ。
「待っていたのでちよ。鬼追師が霊狩蟲を使うのを。ワタチの造った百鬼夜行など――。所詮は人の恐怖を呼び起こすための、呼び水だったのでちよ!」
「言うことはそれだけぇ?」
そう言ってレンレンが生川を踏む足に力を入れると、生川が『ぶう』と息を吐いた。
「あんたを殺しちゃえば終わるとか?」
レンレンが生川の顔を覗き込む。
「こわいでち~、こわいでち」
べそをかいていた生川の顔がニタリと笑う。
「こわいでちから」
トンっと自分の転がっている地面をノックするように叩いた。
「妖怪生まれちゃうー!」
生川の言葉とともに、地面が見上げるほどに盛り上がる。
思わず、レンレンが生川から足を外した。
「うんじゃった~!」
ゲゲゲゲゲと笑いながら、生川がそう言うと彼の背中の薄茶色の羽がバッと音を立てて左右に開き、ぶぶぶぶぶと言う音を立てて羽ばたき出し、生川の体が宙に浮いた。
「に、ニンゲンじゃねぇ――」
レンレンが嫌悪感を露わにして呟く。
「お前達はワタチの知能に負けたのでちよ!ワタチは頭がいいナラバ、だからお前達は頭が悪いのでち!さらばでちよ、ノータリンども!」
生川の姿がぐんぐんと上昇していく。
「ワタチはニンゲンでち~、ワタチはニンゲンでち~」
小さくなっていく生川が、歌うように繰り返した。
「なんと節操の無い奴なのデスか!」
空を見上げて風小が叫ぶ。
「ゴキブリになったり、空飛んだり!あまつさえ――」
そう言って振り返る。
「妖怪生んだり!」
見上げるほどの大きな影が其処にあった。
生川の恐怖が生んだ妖怪。
それは、岩で出来た巨大なゴリラのような格好をしていたが、体中には、岩で出来た無数の顔が、吹き出物のように張り付き、しかも、その顔が表情を変えるたびにぼろぼろと崩れて落ちて、また新しい顔が生えてくると言う、非常に鬱陶しい輩だった。
「逃げてくださいマセ!歩夢さん!」
妖怪に圧倒されたようにたたずんでいた歩夢と妖怪の間に、風小が庇うように割り込み、声を張り上げる。
歩夢は正気を取り戻したようにはっとして、ハリガネを抱いて妖怪から離れた。
「どいてなさいよん」
レンレンが、妖怪を睨みつけて威嚇する風小を手で退かせる
「チチユ!」
人差し指で空中に印を描きながらレンレンが飛び上がり、妖怪の体中に浮き出ている顔を、崩れる直前で足場にして蹴りながら、一番上についているゴリラ顔の正面まで駆け上がった。
レンレンの正面に黄色い短冊形の御符が出現し、彼女がそれを空中から剥ぎ取るように取り上げ、そのまま、弓なりになったかと思うと、思い切りゴリラ顔の眉間に叩きつけた!
「ヨクモキタ散レ!」
生木の裂けるような乾いた大きな音がした。
妖怪の額から全身に向かって蜘蛛の巣状の亀裂が走り、次の瞬間、妖怪の身体は消し飛んでいた!
「ネモ!」
歩夢が走り寄る。
「こんな危険な奴が町中に涌いていると言うのデスか」
風小が唖然とした面持ちで呟いた。
「俺が――。俺が」
歩夢ががっくりと肩を落とすと、抱かれているハリガネは、慰めるようにぺろぺろと歩夢の頬を舐めて慰めている。




