消滅!だがしかし!
鬼ごっこは続いていた。
風小はまだ、生川を捕まえられずにいた。
いや、はた目から見れば、絶対捕まえられない。
捕まえられそうに無い状況だった。
だが、風小はそれを信じたくなかった。
「くぉのー!いい加減、向かってきたらどうなのデスかあー!」
一体、何度そうやって挑発したことだろう。
「ぷぷぷぷぷぷぷ。負けでなければ勝ちなのでつ!ワタチの勝ちならばオマエの負けーでち!ぷぷぷぷぷぷ」
「があー!ムカツク、ムカツク、ムカツク、ムカツクー!」
再び鬼ごっこが始まる。
「オマエ一体、何がやりたいのデスか!こんな不毛なことしてていいのですか!」
風小が追いかけながら叫ぶ。
「待っているのでちよ」
「待ってる?」
風小の足が止まった。
「そうでち。今いる妖怪たちはただ百鬼夜行をやりたいだけの恐怖の影。だから広い踊り場――、町の中央通りに集まっているのでち。所詮、誘い水――なのでちよ」
「どういうことデスか!」
「知る必要は無いし、今更知っても――」
そう言いながら、生川の視線が風小の後ろに泳いだ。
「何者でち」
「町のおねいちゃん」
その声に、振り向く風小が見た人物は。
「レンレンさん!」
思わず駆け寄る風小!
「なーにやってんよん。ゲテモノ相手に――」
「ゲテモノな上に卑怯なのデス!その上、外道デスよ!」
「あらん、素敵ぃ」
そう言うと、レンレンは唇を突き出し、キスをする真似をして見せた。
「デブでなかったら抱きしめてあげるのにぃ」
ゴキブリはスルーか?
「お前達、ほんとーに失礼な奴らでちねぇ!」
生川はそう言うとレンレンに殴りかかって来た。
「邪魔よん!」
レンレンは風小を弾き飛ばすと、そのまま生川の懐にもぐりこみ、身体の向きを回転させ後ろを向いた。
その不審な挙動に生川には戸惑いが生まれ、動きが一瞬止まる。
次の瞬間。
レンレンは、強烈な肘打ちを生川の剥き出しの顔に叩き込む!
「ほげぇ!」
生川が吹っ飛ぶ。
レンレンは素早く、クルリと円を描くように生川の後ろに回り込むと、飛んで来る背中にカウンターの回し蹴りを叩き込んだ!
そして、前のめりに崩れようとする生川の顔を、下からひざで蹴り上げると、のけぞる生川の首の部分に足をかけて後ろに反り返らせ、そのまま断頭台のように叩き落す!
背骨がゴキリと音を立て、首に掛かった足が完全に喉元を潰す!
声も無く哀れに横たわる生川。
「あ、あのゴキブリ野郎を捕らえたというのデスかあ」
風小が目を潤ませながら感激している。
「いつも言ってるでしょ?防御は攻撃のきっかけ、攻撃は防御の準備って」
レンレンがそう言いながら、ごほごほと喉を鳴らして転がる生川の腹を踏みつけた。
「言ってませんデスよ」
「そうだっけ?」
悪びれる様子も無くそう言ってレンレンが笑った。
「いたいでちぃ~。いたいでちぃ~」
胃液を吹き出し、鼻血で顔をぐちゃぐちゃにしながら、滝のように涙を流してレンレンの足下で生川が唸る。
「お前達ぃ~、こんなことして後で後悔してもしらないでちよー!世界の支配者になるワタチにこんなことちて~!」
「何いってんの?このゴキブリデブ?」
レンレンが、足下で嗚咽を堪えている生川を踏みつける足に力を入れると、生川が『ぶう』と息を吐いた。
「何か企んでるらしいのデスよ。待っているとか言ってましたデスよ」
風小がそう言うと、レンレンが生川をにらみ付ける。
「何を企んでるってぇ?」
「いたいでち~、いたいでち~」
とぼけているのか、それとも本当にそうすることしか出来ないのか。
生川はべそべそと泣きじゃくっている。
「言いたくなければ、言わなくていいけど。先に後悔するのはアンタよん」
レンレンがそう言ってアイパッチに手をかけようとしたとき、辺りが急に昼間の様に明るくなる。
風小が叫んだ!
「レンレンさん!霊狩蟲です!」
旅館が燃えていた!
いや、その様に見えるほどの霊狩蟲が内側から湧きだして、窓や排気口、建物の隙間という隙間から溢れ出している。
建物の中から、小さな影と、もっと小さな影が飛び出してくるのが見えた。
歩夢とハリガネ!
「わが敵の念いをかこめ!かこみて滅せよ!」
歩夢が霊狩蟲達に向かって叫ぶと、蟲達は大きな帯状になって漂い、町へと河のように流れていく!
「ネモ!」
レンレンを見つけた歩夢が驚きの表情で駆け寄ってきた。
「何が起こったの鬼追師」
レンレンが歩夢にそう言ってにやりと微笑む。
「『河』デスよ!」
風小が興奮したように答えた。
「河?」
「はい!そうデスよ!霊狩蟲を使った究極の呪術デス!呪術によって強制的に霊狩蟲を増殖させ、敵をその中に誘い込むことによって精神の崩壊――、もしくは生存の自我そのものを崩壊させるという大技デスよ!でも――」
風小が空を漂う霊狩蟲の群れを見てため息を漏らした。
「町を覆い尽くすような、こんなに大きな物は見たことがありません。しかも、この技は河の中に敵を誘い込むのが本来デス。河を操って敵のもとへ移動させるなんて!」
霊狩蟲はみるみる空一面に広がりだし、まるで真夏の日だまりのように辺りを照らし出した。
「今回は、うまくいったんだ!」
うれしそうに歩夢が言った。
「この前、やったときは失敗しちゃった。病院の建物の中に溜まった嫌な気をソラミミに取り込ませようとしたんだけど。よそのお兄ちゃんと、おねぇちゃんが入ってきちゃって――」
言って、歩夢が頭を掻きながら舌を出した。
聞いていたレンレンが吹き出す。
「キミだったのね!」
この町に着いたその日におばちゃんに教えられた病院のタタリの話。
その意外なタタリの正体。
愉快そうにレンレンが笑い続ける。
「キミ、最高よん!見込み有りすぎー!」
「お取り込み中、申し訳ないでちけど――」
レンレンに踏みつけられたままになっている生川が、恐れかしこまるようにしながらも口を挟んだ。
「なによん!気分いいんだから邪魔しないで!」
レンレンが生川を押さえつける足に力を込めると、生川は、一瞬『ウッ』と唸って顔をしかめたが、すぐに冷たく笑いだした。
「教えてあげますでつ。これから何が始まるか。楽ちい、楽ちいお祭りのはじまりでちよ!」
町は妖怪に埋め尽くされていた。
何をするわけではない、ただ、お囃子を口ずさみ、踊っていた。
何の悪さをするでなく、ただ、各々がお囃子を口ずさみ、手足を上げ下げし跳ね回る。
そしてニンゲンが逃げ回っている。
空に異変が起こった。
最初それは――。
空に輝く、星の数が増え出したかのように見えた。
しかし、その光は、星のように瞬くものではなく、あたかも、空に開いた針の穴から差す日の光のように、小さいが強い光だった。
やがてその光が、まるで空に敷き詰めた黒い布を中心から焦がして広がっていくいくように増えて行き、夜空に溢れ、大きな『日なた』を空に出現させると、地上は夏の日差しに包まれ、鳥がさえずり、蝉が鳴きだした。
妖怪達が戸惑い、踊りの手を止めて空を見上げる。
戸惑っていたのは妖怪ばかりではなかった。
人々が驚愕の面持ちで空を見上げた時、日なたが、天空より、静かに降り始めた。
粉雪のように。
或は火の粉のように。
光りのカケラは、熱くは無く、強い輝きにも関わらず、直視しても眩しくは無い。
降り注ぐ光達は、地上に落ちると丸くなり、ころころと地面を転がって、また天空へと帰っていく。
何処からとも無く、声が聞こえる。
(かこめ、かこめ)(かこめ、かこめ)(かこめ、かこめ)
歌ってようにも、謳っているようにも感じられる。
(かこめ、かこめ)(かこめ、かこめ)(かこめ、かこめ)(かこめ、かこめ)
歩夢が霊狩蟲達に込めた指令「わが敵の念いを『かこめ』!かこみて滅せよ!」
妖怪達がざわめき出した。
「あやかしだ!」「あやかしが降ってきた!」「あやかしが俺たちを喰いに来た!」
「「「「「あやかしなんぞに、負けるかよお!!!!」」」」」
妖怪達が踊り出す!トンツクテケテン妖怪復活!トンツクトケテン復活!復活!
トンツクテケテン妖怪復活!
トンツクトケテン復活!復活!
トンツクテケテン妖怪復活!
トンツクトケテン復活!復活!
妖怪達の歌と、あやかし――霊狩蟲達の歌が混じり合う
トンツクテケテン妖怪復活!(かこめ、かこめ)
トンツクトケテン(かこめ、かこめ)復活!復活!
トンツク(かこめ、かこめ)テケテン妖怪復活!
トン(かこめ、かこめ)ツクトケ(かこめ、かこめ)テン復活!復活!
溢れんばかりの日なたの中で、きらきら照りきらめく霊狩蟲達が乱舞し、妖怪達が跳ね踊る!
霊狩蟲達は、妖怪が、己を形作る核になる感情、恐怖の波動を吸い上げだした。
波動を吸い上げた霊狩蟲達は妖怪の中に歩夢から受けた言いつけ――『かこめ』の感情を流し込み、己を活性化することでその数を次々に増殖させていく!
『恐怖』を吸い上げる!『かこめ』を置き換える!増殖して『恐怖』を吸い上げる!
恐怖の波動が消えていき、妖怪達の生存の自我そのものが崩壊していく!
トンツク(かこめ、かこテケテン妖怪復活!
トンツめ、かこめ)クトケ(かこめ、かこテン復活!復活!
トンツクかこめ、かこめ)ン妖怪復活!
ト(かこめ、かこめ)!復活!
妖怪達の力強く振り上げていた手が、ふらふらと宙を漂うような動きに変わっていく。
蹴り上げていた足並みの、メリハリが消えていく。
ふらふらふらふら。
やがて、おぼつかない足取りになり、何かを求めるように手を突き出し、空を探る。
ふらふらり。
妖怪達が歌い出す。
「かーこめ、かこめ」「かーこめ、かこめ」「かーこ――」
町を埋め尽くした妖怪達が、真夏の日差しのような日なたの中で、『かこめ、かこめ』と歌い出し。
歌いながら溶けていく。
まるで亡者の群れが、天に召されていくように妖怪達が光りに変わって行った。
トンツクテケテン妖怪復活。トンツクトケテン復活復活と、奇妙なお囃子に奇妙な振りをつけ、踊りまくっていた妖怪達は、中央通りから跡形もなく消えてしまった。




