始動!浪の物!
町は妖怪であふれ返っていた。
そして、まだまだ増殖を続ける妖怪たちは、町を埋め尽くす勢いですらあった。
最初こそ、人を脅かしたり、悪さをしたりしていた妖怪たちだったが、時がたって増えていくにつれ、何の悪さをするでなく、各々がお囃子を口ずさみ、手足を上げ下げし、跳ね踊るだけになっていった。
♪トンツクテケテン妖怪復活!
トンツクトケテン復活!復活!♪
いたちの顔をして毛むくじゃらの人間らしく歩く物。
タダひたすらでかく、青々とした髭剃り痕の男の顔が笑いながら転がって行く。
かと思えば、顔だけ骸骨の猫。
三つ目の生白い坊主。
口が三つついた真っ白な亀。
黒い霧のようなものが舞うように渦巻いていたが、多分それも妖怪なのだろう。
尻尾が10本以上有る白い狐。
真っ赤な唇と全身ウロコの生えた女の姿をした物。
直立する毛の塊からギロギロとした目が覗くもの。
裂けた口から外に向かったキバを生やし、全身が青くかびた鬼。等々。
♪トンツクテケテン妖怪復活!
♪トンツクトケテン復活!復活!
奇妙なお囃子に奇妙な振りをつけ、踊りまくり、町を練り歩く妖怪達。
やがて妖怪たちは、踊りながら町の中央通りへと集結し始めていた。
浜茶屋源九浪の前。
砂浜に集まる、5、60人ほどの青年、中年達の男女を前にして、おばちゃんが気炎を上げている。
「あらよぉ!いいかい!おねえちゃん!あんちゃん達!女、子供やお年寄りだけの所帯はみんな頭ン中に入ってるね!各々持ち場の地区の家を片っ端から回って歩いて、困ってることがあったら手を貸してあげな!妖怪には気をつけてね!そいじゃ、たのんだよ!」
おばちゃんの号令の下、思い思いのバイクや車、スクーター、自転車に乗って、空母から飛び立つ戦闘機よろしく、気勢を上げて次々に町へと飛び出していく!
「すごいわねぇー」
レンレンがおばちゃんの横に立ってその様を楽しそうに見物していた。
「こいつら、みんなゲンクロウズなの?」
レンレンが尋ねると、驚いたことにおばちゃんは自嘲気味の笑いを浮かべた。
「あらよぉ、ゲンクロウズはおばちゃんの代だけだよ」
「おばちゃんの代?」
「昔は浪の物って呼ばれてたのさ」
おばちゃんはそう言うと、いつもの人なつっこい笑顔に戻る。
「!」
「あらよぉ、昔の浪の物は閉鎖的でねぇ。竜宮町に住んでいなければその資格が無かったんだよぉ。でもね、違うだろ?町を好きになるってことはさ。好きになってから住んだって構わないだろ?住めない事情だってあるだろ?」
おばちゃんの言葉を聞きながら、レンレンはあの大会の日の夜、おばちゃんから聞かされた話を思い出していた。
「あらよぉ、『血が薄くなる』ってねぇ。先代達は嫌がったものさ。だからおばちゃん、若い頃にねぇ、ちょっとやんちゃしてねぇ。浪の物達の青年部を勝手に作ったんだよ。資格は竜宮町が好きなこと――」
町へ散っていったゲンクローズ達を愛おしむような目で追いかけておばちゃんが続けた。
「ゲンクローズはねぇ。竜宮町が好きで好きでたまらなくて、ここを自分達のふるさとにした、町の外と町の中のおねぇちゃんと、おにいちゃんの集まりなのさあ」
「ねぇ、おばちゃん。今、先代って行ったわよねん。あんたひょっとしたら――」
レンレンがそう言っておばちゃんに擦り寄ると、おばちゃんは、にやりと笑って見栄をきった。
「あらよぉ!者の和を取り持って町を律する!浪の物総代!鯨浪お京!『浜のナンシー』の通り名はダテぢゃないよー!」
「おー!」
レンレンは思わず拍手していた。
と、その時。
「ぎゃー」
複数の悲鳴が鳴り響く。
何事かと振り向くおばちゃんとレンレンの目前に、3メートルは有ろうかと思われる、巨大な直立したネズミが3匹、踊りながらコチラに向かってくるのが見えた。
ネズミの一匹は、頭にすっぽりと閉じた唐傘を被り、その後ろに、手ぬぐいを姉さんかぶりしたネズミと、吉原かぶりしたネズミが続く。
逃げ惑う人々。
その人垣の中からスイッと進み出る、隻眼の女性――。
レンレン。
「あらよぉ!お嬢ちゃん。危ないよう!」
レンレンは、おばちゃんのその声に不敵に笑い、右手に握られた短冊形の符札を妖怪に突きつけるようにかざした。
「ちょっとばかり虫の居所がわるいのよん。派手に行くわよ!」
レンレンに握られた符札が宙に浮くと、それは5枚に分裂する。
「黒影」
その言葉と同時だった。
宙に浮く符札が黒い炎を上げて燃え上がったかと思うと、たちまち妖怪達を囲み込み、天をも焦がす勢いになる。
そしてそのまま、もがき苦しむ妖怪の身体を燃やし尽くしてしまったのだった。
町は妖怪に埋め尽くされそうになっていた。
何をするわけではない、ただ、お囃子を口ずさみ、踊っている。
だが、人外である。
怖い姿をしていた。
それでも、怖いことは罪ではない。
怖がるのは勝手。
ならば、妖怪が人を怖がらないのも勝手。
鍵を閉めようが、ドアを破って家に入ってくる。
邪魔だから。
妖怪に家の観念は無い。
何故入ってはいけないかを、誰がこのあふれ返る妖怪たち一匹一匹に説いて回るというのか?
犬をけしかけようが、まったく気にしない。
そもそも、犬が何であるかの認識が無い。
怖くないし、噛まれたら噛み返せばいい。
それがルール。
勿論、交通ルールも守らない。
だが、誰がそれを責めると言うのか?
律儀に妖怪を避けようとした車同士がぶつかる。
建物に突っ込む。
ガードレールを破壊する。
人は傷つくが関係ない。
人は他にもたくさん居る。
人の命が何であるかを知らない。
大体――。
命とはなんだ?
人々は勝手に恐怖し逃げ惑う。
何かをされるかも知れない。
なにもしないかも知れない。
そんな事は妖怪たちにも解らない。
やりたいことをやる。
イヤなら止めればいい。
止メラレルモノナラバ。
まだまだ増殖を続ける妖怪たちは、町を覆い隠す勢いですらあった。
何の悪さをするでなく、ただ、各々がお囃子を口ずさみ、手足を上げ下げし、跳ね回る。
そしてニンゲンが逃げ回る。
トンツクテケテン妖怪復活!♪
♪トンツクトケテン復活!復活!
奇妙なお囃子に奇妙な振りをつけ、踊りまくり、中央通りへと集結していた。
歩夢たちが旅館豊玉に着いた時、そこには妖怪たちの姿はすでに無かった。
人気もなく、周りに明かりも無い中に、豊玉の各部屋の窓だけが不夜城の如く煌煌と明かりをたたえている。
「とりあえず内へ!」
風小がそう言って、旅館の格子戸を開けて飛び込こんだ!そして――。
ぎょっとして立ち止まる。
目の前に、歩夢がこちらを向いて立っていた。
その傍らにはハリガネもいる。
「い、何時の間にお入りになったのデスか?」
自分は一番先に、旅館へ突入したはずだった。
「違うよ!」
歩夢に言われて、風小が周りを見回す。
どう見ても外だった。
「飛び込んだ途端に風小が外に出てきちゃったんだよ」
状況を説明する歩夢も呆気に取られているのが感じられる。
「そんな――」
そう言って振り向いた風小の後ろには豊玉の建物が。
ご丁寧に格子戸が開いたままでたたずんでいる。
「もう一度!」
再び、今度は開け放たれた格子戸目がけて頭から飛び込む!
着地で受身を取り、一回転して――。
歩夢とぶつかった。
「やめよう、風小!危ない」
風小に巻き込まれて転んだ身体を立て直しながら、歩夢が提案する。
「あひゃあ――。申し訳ありませんデスぅ」
ぶつかった拍子に目を回したらしく、ひっくり返った状態で風小が答えた。
「(歩夢)」
歩夢の周りに霊狩蟲が漂っていた。
「(歩夢)(侵入させないための)(結界が)(張り巡らされて)(いる)」
そう言ってハリガネは尻尾を振ると霊狩蟲の動きを監察した。
「(今)(ソラミミに)(探らせて)(いる)」
ハリガネがそう言って目を閉じる。
「解る?」
歩夢の問いにハリガネは答えなかった。
「いかがなさったのデスか?」
風小が尋ねる。
「ハリガネが今、ソラミミが探った空間の歪を読んでるんだ。パズルを組み合わせるようにして結界の形を読んで、相殺の結界を石の力で作る!」
「おー!」
風小が感嘆の声を上げた。
それから暫く、霊狩蟲が舞い飛ぶ中でハリガネは目をつぶったままだったが、歩夢と風小はただ手をこまねいて待っているしかなかった。
「眠ってらっしゃるのでは――」
風小がそう言いかけた時、ハリガネが目を開けた。
風小が自己嫌悪で顔を赤らめる。
「(解ったよ)(なかなか面白い)(だけど)(理屈を)(教えている)(時間が惜しい)(ボクの)(言うとおりに)(石をおいて)」
「うん、解った!」
歩夢が返事をするや否や、ハリガネが走り出していた。
後を追う歩夢と風小。
「(ここに)」
そう言って前足で旅館の庭先を指し示す。
「(甲寿)(そして)」
また別の位置に走る。
「(ここには)(烈火)」
次々にハリガネが指示を出すと、歩夢が的確に荒石を選りすぐり安置していく。
「(戻って)(水緋だ)」
石の設置の仕方には、場所だけが重要と言うわけでは無くその順番も重要らしく。
行ったり来たりを繰り返したかと思うと、建物の裏手に回ったり、離れたり、近づいたり。
後を追ってついて回る風小の目が回りかけたその時――。
大きな風車が回り出すようなイメージの、軋んだ音がしたかと思うと、旅館の上空に豊玉旅館の建物が影のように浮かび上がった。
しかし、上空の旅館は窓の光が全て消えており、そのうえ建物の前後が逆で浮いていて、下の旅館の玄関側に立っている歩夢達からは、裏側が見えている。
「(解除完了)」
ハリガネの言葉と同時に、上空の旅館が、前後の向きを元に戻すようにゆっくりと回転しながら降りて来る。
と、見る間に下の建物と上の建物の影が完全に重なって――。
一つになった。
明るく点っていた窓の明かりは全て消え、建物自体の古臭さも手伝って、不夜城の面影は一瞬にして廃屋のそれに変わる。
「いこう!風小!ハリガネ!」
歩夢が走り、格子戸に入ろうとしたその時。
突然現れた人影に蹴りを喰らい、歩夢が外に吹っ飛んだ。
「ガキやネコの分際で、生意気でち!」
そう言いながら、紫色の紋付袴姿の巨漢をぶよぶよとゆすり、暗がりから現れたのは――。
胡散臭い男。生川・ルークその人だった。
「何者デスか!」
風小が威嚇する。
「ワタチを知らないとは、もぐりでちね」
一体何のもぐりなのかと突っ込みたくなるのをこらえて、風小は生川が名乗るのを待った。
が――。
「うあっ!」
生川は、そんな風小との会話の流れを無視して、起き上がろうとする歩夢の顔面に蹴りを入れた。
歩夢の瞼が切れて血が流れる。
「げ、外道ー!」
風小は叫び、慌てて歩夢のそばに走り寄ると、庇うように抱える。
「大丈夫だよ、風小!」
歩夢が流れてくる血を手で拭い風小に微笑んだ。
「あの百貫外道は、私にお任せ下さいデスよ!歩夢さんは、ハリガネさんと一緒に旅館の中へ!」
「(行こう)(歩夢)」
風小の脇からハリガネが顔を出す。
「よし!」
歩夢が跳ね起き、そのまま旅館へと走りだした。
「ダメだといってるのが解らないのでちか!」
言ってねぇよ。
歩夢の行く手を阻もうとする生川の前に風小が踊り出る!
「こい!外道ブタ!」
こいつも大概だった。




