初陣!山の物!
あたりの浜茶屋は店じまいを始めていた。
だが、浜茶屋源九浪がただ一軒、そんな様子を微塵も感じさせずに営業している。
客はレンレンただ一人。
彼女は頬杖をついていつもの席に座り、海を見ながら茶碗酒をあおっていた。
いかに察しの悪い酔っ払いと言えどもこの状況は、店が気を使って営業してくれていると言うことは押して知るべしだった。
しかし当のレンレンは、むしろ追い出される事をきっかけに退散しようとしていたために、すっかりじきを外してしまい、今更どうしたものかと考えあぐねていると言った状況だったのだ。
「あらよぉ、まだやるのかい?」
そんなレンレンの心の中を見透かすようにおばちゃんが声をかける。
「あら?閉店のお時間かしらん?」
やれやれと言った口調でレンレンが答えた。
「あらよぉ、うちは客がいる間は店を開けとく主義だよ」
おばちゃんはそう言うとレンレンの隣の席に腰掛ける。
「何があったか知らないけど。酒はそんな風に呑むもんじゃないって、お譲ちゃん良く知ってる人だとおばちゃん思ってたけどねぇ」
おばちゃんの言葉にレンレンがチラリと視線を送り、すぐに戻した。
「ねえ、おばちゃん」
真っ暗な海を見ながら酒の入った茶碗をレンレンが口に運ぶ。
「あらよぉ、なんだね?」
苛立ち、不安、憔悴感。
なぜ?答えはわかっていた。
竜宮町。
人と鬼追師がつくった町。
その町を――。
レンレンにとって絶対超えなくてはならない敵。
鬼追師。
その鬼追師たちのつくった町を、レンレンは――。
「私は――」
レンレンが言いかけたその時、しげちゃんが電話の子機を持って飛んで来た。
「おばちゃん!電話っス!深山のばあちゃん――いえ、山の物から電話だって言えっていってるッス!」
しげちゃんの言葉に、おばちゃんの顔色が変わった。
立ち上がり、奪い取るように電話を掴むと、挨拶もなしに話し出す。
「何があったんだい!」
おばちゃんは、話を一言も聞き逃すまいとするかのように電話を両手で握り、耳に強く押し当てると、目を大きく見開き、ぎょろぎょろさせて頷きもせずに話しに聞き入っていた。
しばらくした後、「わかったよ!」とだけ言って電話をしげちゃんに返すと、店中に聞こえる大声で叫ぶ!
「今残っているあんちゃん達!ケータイで他のあんちゃん達を呼び出しとくれ!ゲンクローズ緊急召集だよ!」
たちまち、店の中に居た四、五人の『あんちゃん』達が電話をかけまくり出したのを確認しておばちゃんがレンレンに言った。
「あらよぉ。舌の根の乾かないうちで悪いんだけど、今日はもう店じまいさせてもらうよ」
「何が、あったの?」
レンレンがゆっくりと立ち上がりながら尋ねる。
「あらよぉ。あんた妖怪信じるかい?」
「町の方は浪の物達に任せるとしよう」
黒電話の受話器を置きながら老婆がそう言うと、風小やキッコと居間に座って成り行きをうかがっていた歩夢が口をひらく。
「俺達は妖怪退治だな!」
歩夢が威勢よく立ち上がった。
「キッコの話によれば、生川と言う男が、妖怪を呼び寄せる結界を豊玉に作ったという。それがどんなものか解らぬが、まずその結界を封じる事が先決じゃ」
老婆はそう言って歩夢を制した。
「旅館のみなさんも助けなればいけませんデスからね!」
キッコをいたわりながら座っていた風小がそう言って歩夢を見上げる。
キッコは深山の家に着くなり、今までの事を歩夢と老婆に話した。
一生懸命話すのだが、話せば話すほど、感情が高ぶってしまい、泣いたり、叫んだり、気を失いそうになったりしながら――。
それでも必死に語り上げ、精も根も尽き果てた様子で放心し、ぐったりと風小に身をゆだねて座っていた。
「よし!じゃあ、まず豊玉だ!」
歩夢の言葉にハリガネがにゃあと鳴いて答えた。
「これをもってお行き」
老婆が荒石の入った白いウェストポーチを歩夢に差し出すと、歩夢はそれを受け取り、腰に巻く。
「キッコ!」
歩夢に呼ばれたキッコが放心していた顔を上げた。
「まってろ!すぐ、みんなを助けて帰ってくる!絶対!」
「うん!」
キッコは目に涙を溢れさせて大きく首を縦に振った。
「歩夢くんならぜったい出来る!だから待ってる!だから早く帰ってきてね!」
「おう!」
「私も、お供させていただきますデスよ!」
風小が立ち上がりガッツポーズをとって見せる。
「鬼追師の姫緒さまの忠実なる式神!あやかしの風小!鬼追師のハリガネさま、歩夢さまに助太刀上等デスよ!」
「鬼追師の姫緒?!」
歩夢が驚きの声を上げた。
「姫緒って!あの姫緒か?『ななつさま』を倒したって言う!じゃあオマエ、『あの』風小なのか!」
「あれあれ」
今度は風小が驚く。
「姫さまは意外と有名なのですか?」
「者の魔を取り祓って町を律する」
老婆が呟いた。
「それが、我ら山の物の務め。骨はばあちゃんが拾ってやる!行ってこい!」
老婆の声に弾かれるように、部屋を飛び出す歩夢と風小をハリガネが追った。
「偉かったねぇ、キッコ。さすがは玲子さんの娘だ」
老婆がそう言ってキッコの脇に腰を下ろそうとしたその時。
電話が鳴り出した。
「電話が終わったら、布団を敷いてやろう。少し横になるといい」
そう言いながら、老婆が受話器を取る。
「これは、これは町長様。はい――、存じております。はい、はい――」
暫く背中を丸めて聞き役だった老婆が、ハッキリした口調で口を開いた。
「それならば心配ご無用です町長様。山の物次期総代、深山歩夢。すでに初陣してございます」




