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鬼追師の姫緒外伝 悪夢の降る町  作者: カンキリ


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激突!推して参る!

 キッコは走った、闇雲に走った!

 見慣れたはずの町の暗がりが、すべて別の世界に繋がるトンネルの入り口のように見える。

 すれ違う人たちが皆、自分にはわからない良くない事を考えているように思えた。

 何人かの知った顔がキッコの名前を呼び、事情を聞こうと寄って来たが、その人たちの背中が怖かった。

 何かが突然飛び出してくるのではないかと思うと、思わず大声を上げて逃げ出した。

 見上げた空には、何か、得たいの知れないものの影が、何匹も飛んでいた。

 日が落ちて、月明かりだけになった真っ黒な空。

 蝙蝠にしては大きすぎる。

 フクロウだろうか?人の大きさほどの――。

「きゃー!」

 突然、前を歩いていた女性が、叫び声とともにへたへたとその場にしゃがみ込んだ。

 彼女の前には、辛うじて人の形をしたどろどろに溶けた肉の塊が、くねくねと踊っていて、そいつが女性の悲鳴で踊るのをやめたかと思うと、両手で自分の腹の辺りの肉を、シャツを捲るように捲り上げた。

 其処には充血した大きな一つ目があって、その目がぎょろりと女性を確認すると、首の辺りが横に割れて口が現れ、大きくて黄色い歯をむき出して、楽しそうに『げげげ』と笑った。

 再び、女性が悲鳴をあげた!

 キッコは、つられて叫び出しそうになった自分の口を両手で押さえ、目を潤ませる。

 妖怪は、女性とキッコを一瞥したが、それ以上構うことなく、そのまま「とんつく、てけてん、とんつく、てけてん」とお囃子しを口ずさみながら踊って闇に消えていった。

 それを皮切りに、あちこちで悲鳴が上がり出す。

 女性の声、男性の声、若い声、年取った声!声!声!声!

 悲鳴、悲鳴、悲鳴――。

 キッコは走った。

 走るしかなかった。

 どこへ。

 ふと、足を止める。

 街中を抜けて、田んぼ道に出ていた。

 何事も無かったようにカエルの輪唱が辺りに溢れかえっている。

 いつもの竜宮町がそこにあった。

 旅館のみんな――。

 絵になっても自分を心配してくれた美土里さん。

 身を挺して守ってくれた、稲田さん。

 おかあさん!

 あれは、何だったのか?夢であってほしい。

 悪夢であって欲しい!

 自然と涙が流れてくる。

 正面には『ものわけさん』のある山が見えた。

 『どこへ?』あの麓。

 そうだ!そこには、歩夢が居る!

 走り出そうとしたキッコの前に、牛ほども有る大きさの、胎児のように頭の大きな坊主が『降って』来た。

 坊主の皮膚の表面はかさかさに乾いて、土気色をしており、まるで、樹木の皮のようになっている。

 坊主は、立ち上がる事が出来無いらしく、四つん這いで腹を擦ったまま、ジャリジャリと道の砂利を鳴らしながらキッコ方へとゆっくり、ゆっくりと這って来る。

「妖怪――」

 キッコはそう呟くと、今さっき走り出そうとして折角入れた足の力が、硝子が砕けるように崩れていき、その場にへたり込んでしまった。

 坊主が、嬉しそうにかさかさと皮膚の音を立てて、手を叩きながら微笑み「きゃっ、きゃっ」と笑った。

 突然、妖怪の後方――。

 黒い空間に、翡翠のように輝く両眼が見開かれた。

 その瞳が空に舞ったかと思われた瞬間!

 巨大な妖怪は、信じられないようなスピードで身をよじり、岩のような拳を瞳の主目がけて繰り出す!

 瞳の主が空中で軌道修正したかに見えた。

 が、妖怪の腕の長さが、驚くことに三倍ほどに延長し、さらに数カ所から折れ曲がったかと思うと、フレキシブルに瞳の主を追撃する!

 妖怪の拳が獲物を捕らえた!

 弾かれるように飛ばされる瞳の主は、空中でバランスを取り戻すと両足を開いて着地し、力を入れて踏みこたえ、そのまま後ろに引きずられるように砂利の上を滑走して止まった!

「あなたは、あやかしでは無いようでございますデスねぇ。すると、物の怪。或いは――、妖怪でございますデスか?」

 涼やかな声でそう言いうと、瞳の主が妖怪の前に進み出る。

 月明かりの中、ぼんやりと浮かび上がったその姿は――。

「風小!」

 キッコが瞳の主に呼びかける!

 妖怪の乏しい表情は、それでも明らかに怒りをあらわにしていたが、きゃっ、きゃっと言う笑い声は相変わらず続いていた。

「あなた様には何の遺恨もございませんが、この娘さまには私、少々所縁がございますのデスよ」

 風小はそう言ってその場にしゃがみこみ、地面に人差し指で円を描いた。

 すると、風小の足下にマンホールのような、黒い空間が出現する。

 すかさず左手を突っ込むと、探るような仕草をし、再び引き出した彼女の左腕に装着されている風水板のような物は、鬼追い師の必殺兵器。

 風水銃!

属性石(キャラクタル)!・遊光石(フラッパー・ストーン)!」

 風小が叫ぶと、彼女の額が輝き出した!

 その光の圧力が、額を隠していた亜麻色の前髪をさわさわと湧き上げ出すと、光りは額の中心に集中しだし、やがて、小指の爪ほどの大きさの、深い緑色の中に小さな七色の光りが小刻みに輝く石となって、そこに固定された。

「属性は!『奇蹟』!」

 本来、風水銃は『あやかし』撃退用の兵器である。

 あやかしは木・火・土・金・水、いずれかの属性を持っており、その属性の相反する属性をぶつける事によって相殺して退治する。

 この風水銃はその相殺の属性を、『属性石』と呼ばれる五種類の輝石を媒体として発生させ、打ち出すことが出来るのだった。

 しかし、今回、風小の額に輝く『属性石』はあやかし撃退用の属性石とは違う。

 その石は、風小自身が、おのれの霊力を高めるために身に付ける『パーワー・ストーン』だ!

 属性石の属性が風水銃に流れ込み、上部の回転盤が高速で回りだす。

「お覚悟デスよ!」

 回転盤は幾重にも同心円状に分かれていて、分かれた盤同士の回転速度の違いから火花を散らし、やがて銃そのものが火の粉で包まれた。

「くらうがいいデスよ!破魔の風!」

 叫び声とともに、風水銃と属性石によって強化された風小の霊力が、轟音と共に光りとなって妖怪に向けて放たれた!

 光りに包まれた妖怪は、まるで岩が風化していくようにぼろぼろと崩れて行き、ついには、消滅したかのように跡形も無くなった!

「すごい」

 目の前の出来事に驚き、目を大きく見開いたキッコが思わず呟いていた。

「大丈夫ですか?キッコさん?」

 風小がそう言って道端に座り込むキッコを抱き起こして、埃を払ってやる。

 嬉しさのあまり、風小に抱きつこうとしたキッコが、急に疑心暗鬼になり躊躇う。

「風小――、どうして此処に――」

「はい!レンレンさんを源九浪までお迎えにあがるところでございますデスよ!レンレンさん、今日は色々ご機嫌よくなくて――。朝から源九浪に入りびたりなのデスよ」

 風小がそう言いながら、海の方角へ思いを向ける視線を移すと、突然、キッコが抱きついてきた。

 不意をつかれてよろけながらも、風小はキッコを受け止める。

「風小!風小!風小!」

「怖かったでございましょう。あ、でもでも!心配はいりませんデスよ!こいつら怖がらなければどーってことないレベルの下っ端でございますデスから!」

 そう言いながら風小はキッコの震える背中を抱きしめてやる。

 やがてキッコは、にわかに何事かを思い出したように風小から身体を離すと、彼女を見つめて手を握った。

「風小!お願い!私を歩夢くんの所へ連れてって!」

「わかりました」

 風小が握り返したキッコの手は、恐怖の為かまだ小さく震えている。

「道中、お守りさせていただきますデスよ!」

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