驚愕!あんた何者!
三人と一匹をその場に降ろし、空になったバスは、エンジン音を高くして再びゆっくりと走り出す。
やがて、まるで違う世界に溶け込んでいくように、陽炎の中へ見えなくなるまで、バスの後ろ姿を三人は見送っていた。
「びっくりしましたデスよ」
風小がそう言って溜息をつく。
「タケちゃんはゲンクローズのOBなんだ!一昨年、バス会社に就職して今は夏の大会の日だけ司会やってる」
「恐るべし。浜茶屋源九浪」
一筋の冷や汗とともにレンレンが呟く。
ハリガネが、そんなレンレン達の前に一歩出て、付いて来いと言うように後ろを振り返ると歩き出す。
歩夢が麦藁帽子を押さえながら、一番最初に飛び出した。
「行くぞ!ネモ!風小!」
「何処へ行こうというのデスかねぇ」
訝しげに風小が言う。
風小はこの先に何があるのかを知らない。
だが、レンレンは知っていた。
そして、多分、ハリガネの行こうとしている場所もそこで間違いないだろう。
「まさか、ほんとにまた戻ってくるとはねぇ」
そう言いつつ、不敵な笑みを浮かべてレンレンが歩き出した。
「?」
レンレンの言動の意味を計りかねるように躊躇しつつも、風小がそれに従った。
三人はハリガネの後について山道を進んで行った。
時々風小が、周りの木々が風も無いのにざわめく様や、草花の色や鳥達の影に心奪われ、足取りを遅らせつつ、慌てて追いついて来る事を繰り返していたが、むしろそうしてもらう事を望んででも居るように、歩夢は、わざわざ風小が気にかけた花や鳥の名前を教えたり、町を見渡せる見晴らしのいい場所では、自ら進んで足を止めてガイドした。
「歩夢さんは本当に何でも知ってらっしゃるのですねぇ!」
お世辞ではなく、風小は心からそんな歩夢に感心している様子だった。
風小と歩夢が道草を愉しんでいる間、ハリガネは先を急ごうとはせず、その場に止まり、毛づくろいをしたり、その場に横たわり、ごろごと身体を道に擦りつけたりして時間をつぶす。
「そうね」
そう言ってレンレンが道端に横たわる大きな岩に腰を降ろした。
寄り道する風小を叱る理由など無い。
歩夢を急き立てる理由も無い。
自分達は、ハリガネの手伝いに来ているのだ。
そのハリガネが先を急がないのなら――。
常日頃、あれほど惜しいと思っていた大切だったはずの時間が、今この瞬間に、それとは違う大切であろうものに変わって行くのを感じた。
時間とは本来、こうやって存在している物なのかも知れない。
レンレンはふと、そんなことを思った。
「無駄なんて言葉。ここでは最初から無いのかも知れないわねぇ」
そう言うと、座ったままで後ろに手を着き、胸を張って目を閉じる。
微かな潮騒。
蝉の声。
肌にジリジリと感じる太陽の香りが、磯の香りと一緒に漂ってくるような気がした。
「ネモ!早く行かないと日が暮れちゃうぞ!」
声に驚いて目を開ける。
まっしろにフラッシュバックした世界に徐々に色が戻ってきて、歩夢の顔が目の前に出現した。
「そうね」
苦笑いしながらレンレンが答える。
「日が暮れちゃうわね」
なぜか、そんな当たり前の会話が今のレンレンには新鮮だった。
ほどなく、レンレン達の前に、壁一面に鬱陶しくも毒々しい、蔦を蔓延らせた廃墟が現れる。
ハリガネは建物の正面ではなく、敷地の周りに築かれた土手の上を通って裏手に回り込み、歩夢が後に続く。
「嫌な気が漂っておりますデスよ」
廃墟を前にして、風小が鼻をひくひくさせながら呟く。
「止めときなさい、鼻がひん曲がるわよん」
レンレンが、歩夢の後を追かけながら風小を追い越し際に、彼女の頭を小突いてそう言うと、小突かれた場所を押さえてたたずむ風小に、ついて来いと手招きした。
レンレンと風小が建物の裏側に回ったとき、歩夢は二人に背を向けるようにしてしゃがみ込み、何事かごそごそと作業している最中だった。
「この辺?」
歩夢が、傍らに寄り添うハリガネに尋ねるように言って、手に持ったシャベルで土手の中腹当たりを突つく。
すると、ハリガネはレンレン達の方を振り向き、二人に良く見ていろと言うような視線を向けてすぐに向き直ると、折れ曲がったシッポを掲げ、ふらふらと振りだした。
「レンレンさん!あれ!」
ハリガネの前の陽だまりに、突然、木漏れ日のように透き通る光が湧きだした。
それはまるで、水面がキラキラと輝く様に良く似ている。
その日向の中の木漏れ日は、やがて、蛍ほどの小さな光の固まりに分かれ出して飛び交い、辺りに溢れかえった。
「レンレンさん!あやかしです!『霊狩蟲』です!」
風小が驚きの声を上げる。
「霊狩蟲?」
「霊的エネルギーに集まり、これを自身の増殖に使うあやかしです!」
「どうゆうことよん?」
「生き物の思考を身体に溜め込み、これを他の生き物の感情へ流し込む事によって活性化――、増殖するのデス!その際、流し込む思考と引き換えに、流し込まれた生き物の思考をわずかですが身体に溜め込みます。溜め込んだものと同種の思考を持った生き物と接触すると、霊狩蟲に溜め込まれた思考が声になって聞こえることがあり――」
「ねえ、つまりそれってぇ」
レンレンが興奮する風小の言葉を遮った。
「他人の思考が『ソラミミ』になって聞こえるってことぉ?」
レンレンの言葉に、風小が意外だというような顔をする。
「知ってらっしゃったのデスか?はい、そのとおりデスよ。俗にその現象を『ソラミミ(空霊神)』と呼び、妖怪として扱われる事も有るようデスよ」
再びハリガネが尾を振るい出すと、霊狩蟲達は蚊柱のように一カ所に集まりだし、空間に大きな日向の中の日だまりを浮かびあげた。
宙に浮く透き通った日だまりは、まるで空間が裂け始めようと輝いている様に見える。
「ここだな!」
歩夢がそう言ってシャベルで陽だまりの下の土手の土を掘り出した。
「霊的エネルギーを関知する霊狩蟲を鵜飼いの鵜のように使い、荒石を探して掘り当てているのデスか!」
風小が驚きを隠せない表情のまま、霊狩蟲の柱に近づいて見つめる。
触ろうとして手を近づけると霊狩蟲達は弾ける様に散ってしまうが、次の瞬間にはまた集まり、柱を形作った。
「このネコ様は、霊狩蟲を操る事が出来るのデスよ!」
風小はそう言ってハリガネを指差した。
すると、ハリガネの周りに飛び交っていた数匹の霊狩蟲が、今度は一斉に、風小とレンレンに向かって舞って来たかと思うと、二人の周りを飛び交い出した。
そして――。
「(こんにちは)(レンレン)(風小)(やっと)(おはなし)(できたね)」
「なに?」
レンレンが霊狩蟲を追い払いながら困惑する。
「レンレンさん!ダメです!」
風小が、レンレンの手を止めて制した。
「霊狩蟲の思考が流れ込んで来ているのデス!いえ、これは――」
風小の視線がハリガネに注がれる。
「あなたなのデスか?ネコ様!」
蚊柱を作っていた霊狩蟲たちが一斉に散らばり出し、風小とレンレンの周りを飛び交い出す。
二人の視線はハリガネに向けられたままだった。
「(そう)(ボクだよ)(ハリガネです)(あらためまして)(初めまして)(竜宮町へようこそ)」
ハリガネが目を細め、にゃあと鳴いて見せた。
「あやかしを操るネコなんて――、聞いたこと無いわよん」
レンレンがあきれたようにそう言うと、物凄いスピードで辺りを舞っていた霊狩蟲達はゆっくりとしたスピードになって漂い出した。
「霊狩蟲を操る鬼追師の話を聞いたことがありますデス。たしか――、言霊使いのお方で、お名前は『丙五郎』様」
「丙五郎は俺の死んだ爺ちゃんだ!」
風小の呟きに答えるように、歩夢が叫んだ。
その手には紫色の荒石が握られていた。




