霊石!猫とお散歩!
「お名残は着きませんが、そろそろ御暇しようと存じますデスよ」
台所で朝食の片付け物をする老婆と、下げ物を手伝う歩夢に、風小がそう言って深々と頭を下げた。
「帰っちゃうのか?風小。お祭りまでいればいいのに――」
歩夢が寂しそうにそう言って風小の手を取る。
「私のここでの仕事は終わりましたデスよ。本分に戻らなければなりませんのデス」
そう言うと、そのまま歩夢の手を引いて老婆のそばまで行き、また頭を下げる。
「大変お世話になりましたデスよ。おばあさんのお料理はどれも大変おいしゅうございましたデス!とても勉強させていただきましたデスよ!中でも、お芋の煮っ転がしは天下一品でございましたデス!」
「そうかい、そうかい」
老婆はそう言うとまた洗い物を始める。
「なら、今晩は、お芋を炊こうかねぇ」
老婆の言葉に風小と歩夢が顔を見合わせる。
「あのう――、おばあさん」
「ばあちゃん!風小は――」
その時、不機嫌そうに廊下を大股で歩く足音が段々と大きく聞こえてきたかと思うと、レンレンが台所に入って来た。
「キミ!遅い!まったくぅ、いつまで待たせるのよん!食事が済んだならさっさと行くわよん!」
浴衣の朝顔の柄が、まるでレンレンの登場を讃えるラッパのように揺れる。
「?????」
「・・・・・」
混乱していた風小と歩夢が、さらに困惑の表情を浮かべた。
「ハリガネの手伝いをするんでしょ!一緒に行ったげるから早くしなさいよん!」
歩夢の顔が輝き、確認するように老婆に顔を向けると、老婆は黙って小さく頷いた。
「俺!準備して来る!」
歩夢がレンレンの脇を抜けて台所を飛び出す。
「戻って来なくていいのよん!庭で待ってるわん!」
レンレンが歩夢の後ろ姿にそう叫ぶと、歩夢は振り向いて「うん!」と大きな返事をして駆けて行く。
「あのー、レンレンさん」
申し訳なさそうに風小が言い出す。
「私、そろそろ御暇を――」
「あんたも!」
有無も言わせぬ勢いでレンレンが風小を指差す。
「姫緒にはさっき了解取ったから!あんた、もう少し私の手伝いをしなさいよん!」
「うえぇ?」
「さっさと庭に行けって言ってんのよん!」
蹴り飛ばす勢いでレンレンが怒鳴りつけると、風小は怯える小動物のごとく台所を飛び出して行った。
歩夢と風小の居なくなった台所。
食器の触れる音と、水の跳ねる小さな音だけがその場に漂う。
「ばばあ」
水仕事を続ける老婆にレンレンが声をかける。
「どーでもいいことなんだけどさ、一つだけ聞きたいことがあるのよん」
老婆の反応は無い。
「なんで、私にはラジオ体操――。勧めなかったの」
ふと、老婆の手が止まった。
「あんたは、大人じゃろう」
そう言って、再び洗い物を始める老婆の後ろ姿にあかんべをすると、レンレンは風小が待っている筈の庭へと向かった。
庭先で待つレンレンと風小の前に現れた歩夢は――。
それが、彼の言う『準備』なのか、麦わら帽子に植栽用のシャベル、白い大き目のウェストポーチと言ういで立ちだった。
「庭いじりでもなさるのでしょうかねぇ?」
風小が小さな声でレンレンに尋ねる。
「ネモ!そのカッコでいいのか?」
歩夢がレンレンの前まで駆けて来て、彼女の服装を見回す。
朝顔柄の浴衣に、赤い鼻緒のビーチサンダル。
確かに何処に行くにしても少しばかりヤバイかも知れなかった。
「いろんな意味で、ほっといて」
どうしてもと言うほどでやっている格好ではないが、いまさら人に言われるのも癪にさわる。
歩夢はそんなレンレンに頷くと、納屋に向かって声を張り上げた。
「ハリガネー!行こう!」
すると、納屋の暗がりの中から、一匹のネコがするりと現れる。
蒼灰色の体毛、ビロードの毛並み。
風小の瞳のように緑色の目。
やがて、全身が暗がりから現れると、尻尾の先が頭がわへ鋭角に折れ曲がっているのが見えた。
レンレンを竜宮町へ誘い、風小に泳ぎを教えた、はじまりのネコ。
ハリガネ。
「最初は石を掘らなきゃ!」
ハリガネが小走りに進み出すと、後を追うように歩夢が早足で追いかける。
「あ、歩夢さん!待ってくださいませデス!」
慌てて、風小も後に続いた。
何時の間にやら、そんな風小を追い抜き、驚くことにレンレンが歩夢に並んで歩いていた。
「石を掘るってどういうことよん?」
レンレンが尋ねる。
「役割なんだ、ハリガネが石を見つける!俺が掘る!後は、ばあちゃんが見立てたところへ埋めなおす!久々に見つけたから掘りに行こうって!」
歩夢が説明してる間に、ハリガネは車の影の無い大通りに出る。
そして誰もいない錆びたバス停の前で止まると、その場に座った。
三人も追いつき、ハリガネの後ろに歩夢、レンレン、風小の順に並ぶ。
「ネコって、バスに乗れたっけ?」
レンレンが誰に聞くとなしに呟いた。
「ハリガネは特別なんだ!」
歩夢はそう言うとしゃがんでハリガネの咽喉をさすってやる。
するとハリガネはころりとその場に横になり、歩夢の手の動きにあわせてくねくねと身体をくねらせて甘えた。
「利口なネコ様ですねぇ」
風小が関心する。
そう、それは、訓練された『器用さ』では無かった。
明らかに、自分の意思で行動している『利口さ』だった。
「キミ、さっき石を掘るって言ってたでしょ」
レンレンが歩夢に尋ねた。
「うん!これだよ!こういう石!」
歩夢は、ウェストポーチから赤い巾着袋を取り出すと、口を結わえた紐を緩め、中から小指の爪ほどの大きさの、数個の輝石のようなものを掌に転がした。
その石は大小の違いは有ったものの、一様に赤い系統の色をした石だった。
覗き見ていた風小の表情が見る見る驚愕のそれに変わる。
「こ、これわあー!『荒石』デスよ!!」
荒石――。
それは、非常に強い霊力を帯びて、他の霊力を持つ石と共鳴しあう名も無き石。
そんな石を、風小の姫様である姫緒の一族、鬼追師達は荒石と呼び、様々に細工をほどこし、退魔兵器として使用していた。
しかし、その石は大変希少なものであり、それゆえにその使い道もおのずと制限されてしまう。
そんな貴重な逸品でもあった。
「間違いないの?」
「じ、尋常では無い霊波が石から放出されています!一個でもこれほどのものがこれだけあるのに。一体どうして今まで、私は気がつかなかったのでしょう」
「この石は悪さをするからな。こうして――」
そう言って歩夢は石を袋に戻すと、口を結わえてしまった。
「こうやって封じておかないとダメなんだ」
「霊波が――。止みましたデス」
風小がそう言ってきょろきょろと辺りを見回す。
蝉の声。
山の木がざわめく葉ずれの音。
今、この世界でそれ以外の音を探すかのように。




